98話 終結
有希が駆け出すと、一花は迎え撃つように槍を構えた。その威圧感は、攻撃する余地がないのではと思わせるほどだ。
しかし、強大な敵を相手に有希の動きは鈍らなかった。むしろ、今までよりも遥に速くなっているほどだった。
神速の槍を突き出すと、赤い閃光が弾けた。確かな手応えと共に一花が弾き飛ばされる。
砂埃が舞い上がり視界が悪くなるも、有希は槍を振るうだけで視界を晴らした。
前方を見据える。そこにいるのは、相変わらず笑みを浮かべている一花の姿だった。この戦いの間、ずっと笑っていた。
高城の言う通り、これはゲームなのだろう。一花にとっては単なる暇つぶしにすぎないのかもしれない。あの笑みは、そう思わせるほどに邪悪なものだった。
チェスをするように人類を追い詰め、それを楽しんでいる。有希には、その感覚が理解できなかった。理解しようとも思わなかった。
ただ、一つだけ分かることがある。それは、(マザーイーター)は悪であるということだった。
ならば、自分はヒーローになればいい。背後で倒れている唯を、七海を、舞姫を。地下シェルターの皆を。全てを守れるような、理想のヒーローになれば良い。
故に、有希は槍を振るう。いつしか一花の笑みは無くなり、変わりに苛立ちが現れていた。一花の戦闘力が高まるも、有希はそれに食らいつく。
有希は誓ったのだ。一花に託された想いに応えると。どれだけ劣勢になろうとも、その度に有希は進化していく。
ヒーローは人々を守るために、絶対に挫けない。それは一花の言葉だった。一花の憧れだった。一花は神速機装と共に、有希に希望を託した。
だから、有希は挫けない。何があろうとも、最後まで諦めずに戦い続ける。仲間を守るために、絶対に挫けない。
一花の表情が焦りに変わった。どれだけ突き放しても追い付いてくる有希に焦りを感じていた。このままでは、自分が消されかねない。
一花は距離を取ると、空高く飛び上がって槍を構えた。それは、先ほど舞姫と七海が打ち倒された一撃。否、それ以上か。
槍の先端に禍々しく赤黒い瘴気が集まっていく。一花の全力の一撃は、先ほどの一撃など比ではなかった。下手をすれば、世界が壊滅するかもしれない。
そんな瘴気の塊を前に、有希は迎え撃つように槍を構えた。これが、最後になることを感じ取っていた。
手首に付けた神速機装に視線を向けた。神速機装はこちらにいる。
そこで、有希は気付いた。一花の手首に付いた機装の存在に。よく見れば、赤黒い水晶が不気味に輝いていた。
有希は槍を突き出すように構えた。これは何度も練習を重ねて習得した、一花の攻撃の構えだった。その先端に赤い光が宿る。
そして、有希は地を蹴った、背中の翼を展開させ、中空の一花に向かって飛んでいく。
そして、槍が交差した。赤い閃光と赤黒い瘴気がぶつかり合う。空にいるというのに、余波だけで周囲の地面を破壊していた。
「ぐっ……」
僅かに一花の力が上回っていた。有希は歯を食いしばるが、徐々に押されていく。
「有希!」
声が聞こえた。見れば、地上で唯たちが有希を見守っていた。唯たちだけではない。地下シェルターでも、高城たちがその勝利を望んでいた。
ここに来るまでに、有希は沢山の想いを託された。自分のために、唯たちが時間を稼いでくれたのだ。皆のためにも、有希は信頼に応えなければならない。
「はぁぁああああああッ」
有希は声を上げた。その気迫に、一花が気圧される。僅かにだが、有希の槍が押し返し始めた。仲間を守りたい。そんな思いが有希の力となっていた。
有希は一花の目を見つめる。そこには恐怖の色が見えた。有希を恐れていた。
やがて、決着が付く。一花の槍が耐えきれずに折れてしまったのだ。その直後、有希は一花の手首に付いた機装のようなものを切りつけた。
手首からそれが外れ、地に落ちていった。同時に、一花の体から瘴気が離れていく。闇色の装甲が消え去ると、元の一花の姿に戻った。
一花はそのまま意識を失ってまう。有希は落下しそうになった一花を優しく抱き留めると、地上に戻った。
有希は一花を横たえると、最後の使命を果たしにいく。有希が視線を向けると、、そこにはすっかり力を失ってしまった原因体の姿があった。
赤黒い水晶にはひびが入っており、周囲の黒い霧もほとんど残っていなかった。もはやそこには、圧倒的な強さを誇っていた姿は見る影もなかった。
原因体は有希を見るなり逃げ出そうとする。しかし、神速機装を装着した有希からは逃れられない。
有希は素早く回り込むと、原因体の赤黒い水晶を破壊した。
戦いはここに終結した。
七章終了。
次回で最終話になります。




