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機装少女アクセルギア  作者: 黒肯倫理教団
七章 Encounter with the cause

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97話 時間

 それは神速機装アクセルギアのようだった。奈落を覗いてしまったかのような、不気味なまでに暗い闇色をした装甲。禍々しく赤黒い瘴気を纏った槍。

 赤く輝く目は、その色とは真逆に凍えるような冷たさを孕んでいた。シルクのような純白の髪は左右で結ばれ、見る者に天使の翼を想起させた。

 一花マザーイーターが槍を振るうと、瘴気がその背から噴き出した。悪魔が両腕を広げ、この世の全てを覆い尽くさんとするような威圧感。よく見れば、それは翼だった。

 これは、今までの原因体マザーイーターとは比べ物にならない。万物から畏怖されるような存在。全てを超越する天涯だ。痛みを錯覚するほどの殺気を肌に感じ、舞姫はそう思った。

 一花マザーイーターは視線を治療中の舞姫たちに向けた。目が合うと、舞姫は動けなくなってしまう。抵抗するだけ無駄だと、体が本能的に感じ取っていた。

 動けるのは七海のみ。唯と舞姫は体の損傷が酷く、この戦いに参加するのは難しいだろう。比較的軽傷な有希ならば、間に合うかもしれない。

 一番重傷な唯が治療を受けていた。このまま放っておくと、唯の体は持たないだろう。しかし、唯はクロエの治療を遮る。

「あたしは後でいい。それより、有希を治せ」

 苦しそうな表情で唯が言った。呼吸も荒く、動けなくなるのは時間の問題だろう。それが分かるからこそ、クロエは頷けなかった。

「だが、お前が一番重傷なんだぞ?」

「分かってる。けどよ、今優先すべきは有希だ。舞姫もそう思うだろ?」

「そうね。私たちでは、間に合わない」

 内臓を損傷しているというのに、唯は有希を優先するように促す。手足を折られた舞姫も、有希を優先するように促す。

 クロエは逡巡するも、二人の意見を聞く他無かった。下手をすれば唯は命を落としかねない。かといって、七海一人で戦える相手ではない。

 もしかすれば、有希ならやってくれるかもしれない。根拠のない希望だったが、それは皆が思っていることだった。これまで奇跡を起こし続けてきた有希ならば、一花マザーイーターにも勝てるのではないか。

 クロエは頷くと、七海に声をかける。

「七海! 少しで良い、有希の治療が終わるまで時間を稼いでくれ!」

「了解!」

 七海は治療を始めたクロエを視界の端で見てから、一花マザーイーターに大剣を向けた。その手は震えていたが、七海は武者震いだと決め付けた。恐怖は既に克服している。ならば、恐れなど無いはずだ。

 七海は一花マザーイーターを見つめる。髪や目の色は変わり、余計な物が沢山取り付いている。しかし、そこに浸食の痕は見られない。ならば、一花は生きている。

 互いに見つめ合っていた。僅かでも体を動かせば、この戦いは始まるのだろう。七海は額に汗が伝うのを感じながら、じっと身構えていた。

 始まりは七海からだった。大剣を構え、地を蹴って一花マザーイーターに肉迫する。自分でも予想以上の速さが出ていた。親友を前にして、後少しの所まで来ている。一花を助けられるかもしれない。

「はあああああッ!」

 大剣を振り下ろす七海の視界に映ったのは、妖しく笑みを浮かべる一花マザーイーターの姿。それも一瞬のことで、その姿が掻き消えた。

 地面に振り下ろされた大剣は巨大なクレーターを作るも、やはり一花マザーイーターの姿はない。遅れて、恐ろしいほどの殺気がやってくる。

 危険を感じ取り、慌てて大剣を盾にする。まともに受け止める体勢も出来ていない状態で、七海は一花マザーイーターの攻撃を受け止めた。

 手が酷く痺れていた。大剣も今の一撃で歪んでいる。その後ろからひょっこりと顔を覗かせた一花マザーイーターの姿は可愛らしかったが、ニヤリと笑みを浮かべる姿は悪魔のようである。

 七海は慌てて距離を取った。焦りのあまり動きは隙だらけだったが、一花マザーイーターはそれを楽しそうに眺めるだけだった。

 七海は再び大剣を構える。今度は防御に主体を置いて、一花マザーイーターの攻撃を迎え撃とうとしていた。

 七海の意図に気付いたのか、一花マザーイーターは槍を構えた。その矛先は七海ではない。

「なッ!?」

 槍は治療中の有希たちに向けられていた。穂先に赤黒い瘴気が集まっていくのを見て、七海は有希たちを庇おうと移動しようとする。

 そのせいで、七海の構えは解除される。一歩踏み出した刹那、槍は七海に向けて突き出されていた。

「えっ?」

 七海が理解するよりも早く、槍から瘴気の塊が放たれた。当然、七海は反応できない。

「七海ッ!」

 クロエが叫ぶ。七海は慌てて防御態勢に入ろうとするも、間に合わない。

 そして、瘴気の塊が炸裂する。七海は何も出来なかった。一花マザーイーターを相手取るには、あまりにも戦闘経験が不足していた。

 瘴気が辺りを覆い、七海の安否は分からない。心配そうに見つめるクロエだったが、そこであることに気付いた。

 近くにいたはずの舞姫がいなかった。

 突如、辺りに暴風が吹き荒れた。瘴気が散らされ、中から七海と、もう一人の人物が姿を現した。

 一花マザーイーターと同じく槍を構える人物は、言うまでもなく舞姫だった。右手と右足が折れて戦う余裕はないだろうに、毅然とした様子で槍を構えていた。

「油断は命取りよ?」

「あ、ありがと」

 礼を言うと、七海は大剣を構えた。限界の近い舞姫が手伝ってくれているのだ。今度こそ、失態は許されない。

「七海。有希が回復するまで、絶対に支えるわよ」

「もちろん!」

 七海と舞姫は一花マザーイーターに攻撃を仕掛ける。十年ぶりの連携だったが、二人の意志疎通は完璧だった。

 能力は高いが練度で劣る七海を舞姫は上手く補助する。さすがに正面から一花マザーイーターの相手をする余力はないが、戦闘経験の豊富な舞姫は上手く立ち回っていた。

 それでも、一花マザーイーターは圧倒的だった。破壊機装ブレイクギアを操る七海でさえ、打ち合えば力負けしてしまう。舞姫の補助があるとはいえ、命をつなぎ止めるのがやっとの状況だった。

 じわじわと追い詰められていく。長時間の戦闘になれば、肉体的にも精神的にも負担は大きくなっていく。七海も舞姫も脳への負荷は限界が近付いてきていた。

 二人の動きが鈍っているのがクロエにも分かった。後少しで有希の治療は完了するが、それまで耐えられるほどの余裕はなさそうだ。

 せめて、舞姫が万全に動けたなら。クロエはそう思うも、無い物ねだりをしたところで状況は変わらない。状況は好ましくはないが、それでもやるしかなかった。

「うあああああッ!」

 七海が声を上げながら大剣を振り回す。頭痛は限界まで来ている。そうでもしなければ意識が飛んでしまいそうだった。

 しかし、どれだけ気合いを入れようと、鈍った動きでは一花マザーイーターを抑えられない。二人の連携の隙を突き、一花マザーイーターは距離を取った。

 七海は咄嗟に追いかけようとするが、舞姫に制止された。直後、七海の前方に瘴気の塊が炸裂した。舞姫に止められなければ、自分は今頃あの場所で息絶えていたのだろう。背中に冷たい汗が流れているのを感じた。

 巻き上がる瘴気の奥には一花マザーイーターの姿があった。二人に向けて突き出された槍に、禍々しく赤黒い瘴気が集まっていく。

「あれは、さすがに厳しいわね……」

 舞姫が呟いた。どれほどの威力秘めているのか。まだ放たれていないというのに、大地が震えていた。極大のエネルギーが集まっていく。

 舞姫はちらりと背後を見た。そこには重傷の唯と治療中の有希がいた。クロエもいる。躱すことなど出来ない。

「舞姫、手伝って!」

 七海は大剣を高々と掲げた。余力の全てを注ぎ込んで、一花マザーイーターの攻撃を迎え撃とうとしていた。

 それを見て、舞姫も頷く。翼を解除し、銃を構えた。両手のライフル型と浮遊する十八の銃。舞姫の最大火力攻撃である斉射だった。

 二人の準備が整うのと一花マザーイーターの準備が整うのはほぼ同時だった。七海と舞姫は声を上げながら己の最大攻撃を放つ。

「「はぁぁぁあああああああッ!」」

 放たれた青白い閃光が轟音と共に突き進む。その様は地に這う大蛇のように荒々しく、天に舞う鳥のように美しい。

 迎え撃つように、一花マザーイーターの槍から禍々しく赤黒い瘴気が放たれた。極大のエネルギーが集束された一撃が襲いかかる。

 始まりは拮抗だった。二つがぶつかり合った余波で周囲の空間が崩れていく。大地が割れ、壁にひびが入っていく。

 一花マザーイーターが楽しそうに笑う。ゆっくりと瞬きをすると、瞳の赤い光が強く輝いた。

 途端に槍から放たれる瘴気の威力が増した。七海と舞姫は全力で押し返す。そして、再びの拮抗。

 ぱちり。一花マザーイーターが二度目の瞬きをした。瞳が妖しく光り、口元は三日月型に歪められる。その瞬間、一花マザーイーターの体から瘴気が迸る。

 これ以上は耐えられなかった。

「ご、ごめ、ん……もう、駄目……」

 七海の装着が解除される。よほど辛かったのか、そのまま気を失ってしまった。一人で支えるとなれば、舞姫に掛かる負担も相応の量になる。

「ぐ……あ……」

 頭が割れそうなほどの頭痛に襲われ、舞姫の装着が解除された。薄れゆく意識の中で、槍だけは解除せず握りしめていた。

 無防備になった二人に。後ろにいる有希たちに。一花マザーイーターの一撃が襲いかかる。

 そして――その軌道が僅かに逸れた。

 瘴気は全てを破壊しながら突き進み、遂にはこの空間ゲートをも破壊してしまう。その余波に煽られ、舞姫は槍を手放してしまった。

 ゲートが破壊されると、辺りは廃墟だった。よく見ればそこは、十年前に原因体マザーイーターに敗北した場所だった。

 辺りは暗く、空には星が輝いている。舞姫の槍が夜空を舞い、やがて地面に突き刺さった。

 クロエは冷や汗を掻いていた。自分の僅か数センチ横の地面が抉られていたからだ。後少しでもクロエが横にずれていたら、そのまま消し飛ばされていたことだろう。

 一体何が起きたのか。疑問に思うクロエの視線の先には唯がいた。

 普通なら動くこともままならない状態だというのに、苦しそうに呼吸をしながら拳を突き出していた。その拳は一花マザーイーターの槍に横から突き出されていた。

 まともな攻撃をするほどの力は残っていない。だが、槍を横から殴りつければ軌道ぐらいは変えられる。唯はそんな無茶をやってのけたのだ。

 唯は苦しそうに呼吸をしながらも、犬歯を剥き出しにして笑みを浮かべて見せた。それに苛立ちを感じたのかは分からない。だが、一花マザーイーターは酷く冷たい視線を唯に向けた。

 そして、槍が振るわれた。

「……?」

 一花マザーイーターは首を傾げた。何かに阻まれたかのような手応え。しかし、視界に映っているのは自分の槍と、先ほどと変わらず笑みを浮かべている唯だけだった。

 刹那、何かが恐ろしい速度で視界に現れた。赤い光が迫ってくるのを感じ取り、咄嗟に防御をする。だが、思っていたよりも重い一撃に、一花マザーイーターは弾き飛ばされてしまう。

 宙で体勢を整えて着地する。前方を見ると、その人物が姿を現した。

「もう、許さないよ」

 舞姫の槍を手に、有希が駆け出した。

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