93話 再会
そこには、無数のイーターの死骸があった。既に目から光を失っており、こちらに向かってくるイーターは一体もいない。
空は酷く曇っていた。大地は黒一色に染まり、モノクロの世界となっていた。
そんな世界の中で、色を持った者がいた。有希と唯、舞姫の三人である。彼女たちの前には今、巨大なゲートが渦巻いていた。
「ここが、原因体の居場所なんだね……」
有希が呟く。ゲートは真っ黒に見えたが、よく見ればその奥に空間が続いていることが分かる。今までのゲートとは、何かが異なっていた。
その異様さに息を呑む三人に、クロエから通信が入る。
『三人とも、そろそろ機装を装着しておいてくれ。ゲートに入れば、いつイーターが襲ってくるかも分からないからな』
「うん、わかったよ」
有希は頷くと、自身の右側に視線を移す。唯が緊張した面持ちで頷いた。
今度は、自身の左側に視線を移す。舞姫が力強く頷く。
三人は右腕の機装を高々と掲げる。
「神速機装――装着!」
「万能機装――装着!」
「殲滅機装――装着!」
凛とした声が響き、漆黒の装甲が展開される。赤、緑、黄。それぞれの装甲に鮮やかな光が走った。
「行くよ!」
有希の合図で、三人はゲートの中に飛び込んでいく。中の空間は、異様な雰囲気だった。
ただ一つだけ分かることがあった。ここは、不気味だ。
足場は奈落を覗き込んでいるかのような、深い闇のように見えた。赤黒い壁はドクドクと脈動し、生命体の内部に入ったかのようだった。
その異様さに圧倒されつつ、三人は進んでいく。どこまで続いているのか、先は見えない。奈落のような足場は、一歩進むことを躊躇わせる。
その先頭を行くのは舞姫だ。恐れを感じさせない力強い足取りで、舞姫は歩いていく。その背中が頼もしくて、二人も恐怖を感じずに前へ進めた。
どれだけ歩いただろうか。幾何かの時が過ぎたが、三人はそれを気にしない。倒すべき敵はこの先にいるのだから、迷う必要はなかった。
やがて、長い道のりは終わりを迎える。三人はやや広い空間に出る。
そして、ソレは姿を現す。人の形を模した、人ならざる者。その体躯は大きく、巨大な岩山が聳え立っているかのような錯覚に陥る。
ソレの姿は、十年前の時と何一つ変わらない。見間違えるはずがないのだ。その胸元に妖しく輝く赤黒い水晶。そこには、一花が眠っているのだから。
「――原因体ァッ!」
舞姫は殺気を迸らせ、両の手に持ったライフル型の銃で攻撃を仕掛ける。その威力は、十年前とは比べものにならないほど強力だ。
光弾は原因体を捉えた。その胴体に炸裂し、大きく弾けた。
目立った外傷は無かった。しかし、舞姫は確かな手応えを感じていた。昔の自分とは違い、今ならば戦える。
舞姫の攻撃によって、戦闘が始まった。有希と唯が左右から攻撃を仕掛ける。
「はあああああっ!」
「らあああああッ!」
ぴたりと息のあった攻撃に、原因体は両手を突き出して迎え撃つ。自身の身長ほどもある巨大な手が迫り、二人は回避する。
両手が外側に突き出されれば、舞姫にとっては的にしか成り得ない。わざわざ隙を晒しているというのに、攻撃をしないわけがなかった。
「斉射」
再び、光弾を撃ち出した。先ほどは違い、十八の銃も加えた舞姫の最大級の攻撃である。
狙いは原因体の足である。破壊できずとも、ダメージを与えれば動きは鈍るだろう。
合計二十の銃から撃ち出された閃光は二つに分かれ、強大なエネルギーの固まりとなって原因体の足に向かっていく。
その照準に狂いはない。そして――原因体の姿が掻き消えた。
「何が……」
何が起きたの。そう言おうとした舞姫だったが、言葉は紡がれなかった。それを言う前に、舞姫の体が弾き飛ばされていた。
痛みに呻いている暇はない。舞姫は空中で体を捻り、自分が立っていた場所を見る。しかし、そこには原因体の姿はない。
嫌な予感がして、舞姫は地面に閃光を撃ち込んだ。反動で体が浮き上がり、その直後に何かが自分のいた場所を通り過ぎていった。言うまでもない。原因体の攻撃である。
躱したとはいえ、近距離でそれだけの攻撃が振るわれたのだ。余波を受けて、舞姫は吹き飛ばされてしまう。
「舞姫さん!」
有希が声を上げ、駆け出す。壁に叩きつけられそうになった舞姫を間一髪受け止めた。しかし無理な体勢で受け止めたせいで、有希は倒れてしまう。
致命的な隙だった。原因体が迫ってくるのを感じ取り、舞姫は慌てて体勢を立て直そうとする。だが、間に合わない。
瞬きをした瞬間、視界には原因体が現れた。その動きを舞姫は捉えられなかった。
――拙いッ!?
振り上げられた腕を見て、舞姫が焦る。
回避は間に合わない。有希が後ろでバランスを崩している。ならば、どうにかして受け止めるしかない。舞姫は身構える。
勢い良く振り下ろされた手は、しかし、舞姫に届かなかった。
「ぐぎぎぎ……」
唯が二人を庇うように立っていた。両手の爪で迎え撃ち、その攻撃を受け止めたのだ。
だが力の差は大きく、徐々に唯が押されていく。しかし、唯は恐れもせず、笑みすら浮かべていた。
「そんな攻撃なんて……効かねーよッ!」
唯は吼える。後ろにいる仲間を助けるためには、自分がやらなければならなかった。その思いは、唯の力となる。
力任せに原因体の腕を振り払う。よろめいたところにさらに追撃を仕掛け、二人が体勢を整える時間を稼いだ。
さすがに原因体も警戒したのか、三人から距離を取った。それを見て、唯が笑みを浮かべる。
「なんだよ、ビビってんじゃねーか」
挑発的な言葉を言い放つ。その言葉を理解したのかは定かではないが、原因体は再び襲いかかってきた。その速さは、常に集中して見ていなければ見失ってしまうほどだった。
だが、目で追えないというほどではない。強大な敵ではあるが、戦う余地はある。こちらの攻撃も通じている。
迎え撃つのは有希だった。有希は槍を突き出すように構えると、腰を落とす。原因体の動きを見切り、地を蹴った。
刹那、鈍い音が響く。すれ違いざまに有希が切りつけたのだ。重い衝撃に、原因体がよろめく。
その隙を突いて唯が襲いかかる。唯は大きく飛び上がると、両手の爪を叩きつけるようにして振り下ろした。原因体は体勢を大きく崩した。
そこに、舞姫の斉射が放たれた。強大な攻撃を何度も喰らい、ダメージが蓄積しているのが分かる。
このままいけば、勝てるのでは。三人はそんな思いを抱いていた。ギリギリの攻防が続くが、三人の方が若干優勢だった。
有希には二人とは違い、原因体の動きが見えていた。神速機装はその速さ故に、使用者の動体視力を高めている。神速で動くには相応の動体視力が必要だ。
そして何より、原因体よりも有希の方が速かった。しかも有希は、この戦いの中でさらに加速していく。
しかし、成長しているのは有希だけではなかった。
原因体は有希たちから距離を取る。そして、胸元の赤黒い水晶が妖しく光を放った。
ぐにゃりと、原因体の体が歪む。右腕は巨大な剣となり、左腕は巨大な盾となる。放たれる威圧感は高まり、舞姫ですら冷や汗を流すほどだった。
そして、その足下に人型の何かが現れる。地面から沸き出してきたそれは、見知った人物の顔をしていた。
「紬……」
黒一色に染まった彼女に、もはや人の部分は残っていなかった。その姿に、三人は見ているのが辛くなる。
原因体と紬。有希たちとの戦力差は、覆される。
強化された原因体だけでも脅威だというのに、紬の存在がそれに拍車をかけていた。紬単体でも、有希と唯が二人がかりでやっとである。
このまま混戦になっていたら、いずれこちらが負けてしまうだろう。戦力の差は明白だった。
舞姫は瞬時に最適解を導き出すと、隙を見て声を上げる。
「私は原因体を抑えるわ。二人には紬を!」
「うん!」
「任せろ!」
本当ならば、二人に紬を任せるのは心苦しかった。しかし、今の原因体を抑えるには、二人では経験が足りていなかった。
とはいえ、舞姫も原因体を抑え続ける自身はなかった。せいぜいが時間稼ぎくらいだろう。自分が耐えている間に、二人に紬を倒してもらう。
そのためには、舞姫も限界を超える必要があった。全ての銃を翼に取り付けると、舞姫は取って置きを呼び出した。
それは、舞姫の最大の武器だ。赤い光を纏った長柄の武器。それは、大切な親友との思い出。
「――模擬神速機装」
穂先を原因体に突きつけ、舞姫は不敵に笑う。




