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機装少女アクセルギア  作者: 黒肯倫理教団
七章 Encounter with the cause

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91話 前夜

 人気のない中層の風景は、有希に明日には戦いが始まるのだと思い知らせる。静寂の中、有希は一人で歩いていた。

 覚悟はもう出来ている。緊張はするが、恐れはない。強い意志の籠もった瞳を見れば、有希の覚悟を感じ取れることだろう。

 とはいえ、夜を一人で過ごすのは寂しいものである。誰かと一緒に時間を過ごしたかったが、クロエは自分の用事があるらしくどこかへ行ってしまった。

 有希は誰かと会えないかと思い、中層を歩く。そして、いつもは見たことのない静かな中層に寂しさを感じる。

 有希は見晴らしの良い場所に来ていた。誰かを探すならここから見下ろした方が見やすいと思ったからだ。

 ふと、誰かの気配を感じて顔を上げる。その人物は、手摺りに肘を付いて物憂げな表情で景色を眺めていた。

「舞姫さん」

 有希が名前を呼ぶと、少し遅れて舞姫がこちらを向いた。

「有希じゃない。どうしたのかしら?」

「ちょっと、散歩してたんだ。舞姫さんは?」

「私は、この景色を眺めようと思ったのよ」

 それも、目的の一つではある。見晴らしの良いこの場所は、地下シェルターでも知っている者は少ない場所だった。ここからの眺めは良く、舞姫は度々訪れていた。

 しかし、それはあくまで目的の一つである。本来の目的は別にあった。

 有希が隣に来ても、舞姫は黙ったままでいた。景色をじっと眺めている舞姫の瞳は物憂げだったが、そこに秘められた感情は複雑すぎて有希には分からなかった。

 しばらくして、舞姫がおもむろに語り始めた。

「……私は、怖いのよ」

 ぽつり、呟くように言った。だが、その表情は恐怖というよりかは不安に見えて、有希は疑問に思った。

 そんな有希の心中を察して、舞姫は首を横に振った。

「戦うのが怖いというわけじゃないのよ。原因体マザーイーターと戦えるなら本意よ。再び相見えるのを、私は長い間待ち望んでいたのだから」

 話を聞くほどに、舞姫が恐怖を感じる要素はないのではないか。有希はそう思った。

 舞姫は何を恐れているのだろうか。舞姫は、自身の恐れを把握していた。

「私が怖いのは、一花のことよ。映像を見る限りでは外傷はないみたいだけれど、一花が生きていると確信を持てるほどの情報じゃないわ」

 原因体マザーイーターと戦うことには一切の恐れもない。長い間溜め続けた恨みを晴らせるのだから、寧ろ本望だった。

 舞姫が恐れているのは一花の生死だった。これまでずっと一花の無事を信じて戦い続けてきた。かつて、七海に現実を受け入れさせるために厳しいことを言ったが、舞姫自身が甘い考えに縋っていた。一花は生きているのだと。

 原因体マザーイーターとの戦いで、答えが分かってしまう。一花がもし死んでいたならば。舞姫は今更になって心配になっていた。

 だから、舞姫は不安そうだったのだろう。有希は納得する。

「大丈夫だよ、舞姫さん。一花ちゃんは、絶対生きてるよ」

「……どうして、そう言いきれるのかしら?」

「だって、一花ちゃんは一花ちゃんなんだよ?」

「一花は、一花……」

 舞姫は有希の言葉を反芻する。一花は一花なのだから、絶対に生きている。

 一花の姿を思い出すと、なぜだかそんな気がしてくるから不思議だった。一花は大丈夫。絶対に生きている。

 有希のような少女が安心しているのというのに、自分がくよくよ悩んでいては仕方ない。

「……そうね。心配せずとも、一花は大丈夫。一花は、一花なのだから」

 舞姫は自分に言い聞かせるように呟くと、有希に微笑んだ。

「ありがとう、有希。貴女には、助けられてばかりみたいね」

「えへへ」

 舞姫から感謝されたのが嬉しくて、有希の頬が緩む。

「私はしばらくここで景色を眺めているわ。唯にも、会いに行ってあげなさい」

「うん、行ってくるね!」

 有希は舞姫の方を何度も振り返りつつ、去っていった。舞姫はそれを見送ると、再び景色を眺める。

 一切の憂いもなかった。景色を眺めるその瞳には、確固たる決意が宿っていた。




 唯は一人、中層を歩いていた。特に用事はなかったが、決戦前の夜を有希と過ごすのが単純に照れくさかったのだ。

 その手には串焼きが入った袋が握られている。有希がよく好んで買っていた屋台の串焼きだ。避難が終わるギリギリまで串焼き屋がやっていたため、どうにか買うことが出来た。

 有希のために買ってみたは良いものの、贈り物をするという経験がない唯はどうすればいいか分からなかった。

 唯はあれからずっと歩いていた。避難していく住民たちからはすれ違いざまに激励の言葉を貰い、改めて自分の任務の重大さを思い知る。

 しばらく歩いていると、いつの間にか夜になっていた。静寂に包まれた中層は酷く寂しいものに感じた。

 どこかで有希と会えたら。そうしたら、この串焼きをプレゼントしてみようか。そんなことを思いながら歩いていたが、ついに夜になってしまった。

 すっかり冷めてしまった串焼きを見て、唯は悲しそうに眉を下げた。携帯端末で連絡を取ればそれで済んだのかもしれないが、唯はそこまでの勇気が持てなかった。

 もし有希と縁があれば、きっと見つけてくれるだろう。普段とは違う少女らしい考えに唯は苦笑したものだったが、この時間まで出会えないとさすがに不安になってしまう。

 自分は、有希と一緒にいられないのだろうか。弱気になっていることに気が付くと、余計に不安になる。

 唯は見晴らしの良い広場のベンチに腰掛けた。ベンチの空いているスペースが気になって、唯は寂しくなった。もともと気の弱い唯は、一人になるとこういった面が出やすかった。

 静寂は嫌いだった。昔、瓦礫の下に生き埋めになっていた頃。唯は生き延びるために呼吸を押し殺し、怯えながら暮らしていた。

 そんな静寂は、急に掻き消えた。どこからか、慌ただしい足音が聞こえてくる。その足音の主は、考えるまでもなかった。

「唯ちゃん!」

 有希だった。ぜえぜえと息が上がっていたが、その瞳はしっかりと唯を見つめていた。

「ど、どうしたんだよ有希。そんな急いで」

「寂しかったから、唯ちゃんを捜してたんだよ」

 舞姫と別れる際、有希は唯の姿を見つけていた。見晴らしが良かったためか、運が良かったためか。どちらにせよ、有希は唯を見つけることが出来た。

 有希は唯の隣に腰を下ろした。唯はその横顔を少し見つめた後、手に持っていた串焼きを差し出した。

「これ、やるよ」

「いいの?」

「ああ。つっても、冷めっちゃってるけどな」

 冷えてしまった串焼きを申し訳なさそうに差し出すが、有希は特に気にした様子もなく串焼きを受け取る。そしてそれを頬張ると、幸せそうな表情を浮かべた。

「おいひぃよ」

「口に食べ物入れながら喋るなっての」

 唯は有希の嬉そうな顔を見て、ほっと胸をなで下ろした。冷めてしまって美味しくないかもしれないのではと心配だったが、杞憂だったようだ。

「唯ちゃん、ありがとう」

「べ、別に、感謝されるほどのことじゃねーよ……」

 有希の顔が近くて、唯は思わず顔を背けた。顔が熱くなっていた。

 そうして、しばらくベンチに座って雑談をしていた。時間はあっという間に過ぎてしまい、夜遅くになっていた。

「そろそろ、寝るか」

「うん、そうだね」

 二人は寮に戻る。風呂は早い時間帯に入ってしまったため、パジャマに着替えれば後は寝るだけである。

 唯はベッドに寝転がる。その隣に有希が寝転がるが、唯はそれを咎めない。近くにいる有希を意識しつつも、唯は平然を装う。

「ねえ、唯ちゃん」

「ん、なんだ?」

「えいっ」

 そんな可愛らしい掛け声と共に、有希の手が唯の胸に添えられた。そっと添えられただけである。

 唯はそんな有希をジト目で見つめる。

「……何の真似だ?」

「えっとね、遥ちゃんがよくやってたからやってみたんだ」

「そうかよ。なら……」

「え、あっ……ひゃっ」

 唯は有希に覆い被さるような体勢になると、その肢体に優しく撫でるように手を這わせた。腰に、脚に、くすぐったいような感触。有希は思わず声を上げてしまう。

 詰まるところ、くすぐっているだけだった。

「ゆ、唯ちゃ……んぅっ……」

 とはいえ、有希のこんな反応を見ていると、唯も理性を失ってしまう。遊び半分でやっていたはずだったが、唯の体はスイッチが入ってしまった。

「……有希」

「んぅ、な、なに……?」

 ようやく唯のくすぐりから解放された有希は、頬を上気させながら唯を見つめる。そんな表情に、唯はもう我慢が出来なかった。

 有希は同性だが、そんなことは気にならなかった。今はただ、有希のことがどうしようもなく愛おしい。

 有希の顔を両手で押さえつけると、強引にその唇を奪った。

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