88話 起源
どこまでも広がる空虚な闇。そこには何も存在せず、ただ静寂が広がっているはずだった。
そんな虚無の中に、一輪の花が咲いていた。赤黒い水晶の中で、一花は膝を抱えて眠っていた。
やがて、一花は目を覚ます。寝ぼけ眼で辺りを見回して、首を傾げた。
――わたしは、どうしてここに?
未だ冴えない頭を働かせて、一花は思い出す。自分がどうしてここにいるのかを。
自分は屈してしまった。酷く残酷な現実に。だが、心の折れてしまった一花は、今更抵抗しようとは思わなかった。
それから、一体どれほどの時間が経過したのだろうか。一花の意識が冴えてくる。何かを考えられる程度には頭も働いていた。
だが、その目は虚ろだった。無感情に虚空を眺めるばかりである。時折、呻き声も出ていた。
一花は何も考えず、ただ、敗北を受け入れるだけだった。何かを考えてしまえば精神が壊れてしまいそうな気がして、考えることを放棄していた。
一花は天涯だった。他を寄せ付けぬ圧倒的な力を持っていた。だが、それに伴う精神が育っていなかった。
一花は戦いにおいては天賦の才脳を持っていた。それこそ、十年もの鍛練を積んだ舞姫でさえ、当時の一花には及ばない。
しかし、一花はまだ十四歳の少女である。凄惨な戦いに付いていけるはずがなかったのだ。まともな心構えも出来ない内に、一花は折れてしまった。
ここはどこだろうか。一花は見回してみるが、どこまでも闇が続くばかりである。よく見れば、その闇は霧のように揺らめいていた。
「あなたは、だれ……?」
一花は霧に向かって尋ねた。返答を期待していたわけではなかったが、なんとなく呟いてみた。それだけだった。
「ッ!?」
刹那、酷い頭痛が襲ってきた。自分の外側から、何かが流れ込んでくるようだった。本来ならば人の脳では処理しきれないほどの膨大な情報だったが、一花はそれを受け止めて見せた。
情報の送り主は原因体だった。
永遠とも思える時が流れ、やがて膨大な情報の流れは収まった。静寂の中で、自身の荒い息だけが聞こえていた。
一花は愕然とした表情で肩を上下させる。原因体がどのようにして生まれ、この地球に現れたのか。どのような生を辿ってきて、どれだけの命を奪ったのか。
それは、十四歳の少女が知るにはあまりにも残酷すぎる話だった。
この戦いの全てを知った一花は、多くを知ってしまったことによる疲労から再び意識を手放した。




