87話 開発
「……というわけだ」
第一部隊の壊滅。それについての情報を、クロエは自身が知る限りを話した。会議室内は重い沈黙に包まれる。
現在、中央塔の会議室では臨時会議が行われていた。時刻は午後十一時。住民たちは既に寝静まっている時間帯だったが、中央塔内は慌ただしかった。
戦力の低下は危険な域にまで達していた。一度半減したものが、さらに半減してしまったのだ。機装部隊の隊員数は四分の一にまで減ったしまった。
「とりあえず、映像を見せてくれないか」
「ああ、分かった。だが、見ててかなりキツいだろうから、辛くなったやつは一時的に退室してくれてかまわない」
高城に促され、クロエはスクリーンに映像を映し出す。クロエとしては、この映像はあまり思い出したいものではなかった。
会議室内にいるのは高城、遠藤、舞姫、沙耶の四人である。東條と鈴木は機装開発のために欠席をしていた。
映し出された映像は、凄惨なものだった。突如、画面が暗転する。真っ暗な画面の向こうからは、数え切れないほどの断末魔が響いていた。画面の表示範囲を広げると、その異様さに皆が目を見開いた。
「霧型が、こんなに……」
呟いたのは舞姫だった。どれだけの数の霧型がいるのだろうか。黒いドームをよく見れば、霧型が蠢いているのが分かった。その奥に、微かなシルエットしか分からないが、もがき苦しむ隊員たちの姿も見えた。
「酷い……」
呟いたのは沙耶だった。顔を真っ青にしながら、呆然と画面を見つめることしかできなかった。
やがて、ドームが霧散する。そこに残っていたのは真っ黒に染まった隊員たちの姿であった。
クロエの必死な声が響く。もう手遅れだというのに、紬が莉乃に歩み寄っていったからだ。位置の関係か、紬にはまだ莉乃が無事のように見えたらしい。
紬が歩み寄っていく最中にも、莉乃の体は浸食されていた。髪の長い莉乃は、後ろ姿だけならば無事のように見えなくもなかった。
紬が莉乃の肩を叩いた。莉乃が振り返る頃には、既に彼女はイーターとなっていた。艶やかな亜麻色の髪は、一瞬にして黒く染まった。
莉乃の変化に、紬は反応が遅れてしまう。何が起きているのか。それを理解する頃には、すでに腕に捕まってしまっていた。
そこから始まるのは、霧型による浸食だった。徐々にその肢体が黒く染まっていく光景に、会議室内の皆が顔を背けたくなった。沙耶は限界が近いらしく、体をガタガタと震わせていた。
そんな沙耶だったが、決して顔を背けなかった。吐きそうなほどに気持ち悪くなっていた。漏らしてしまいそうなほどに恐怖していた。だが、この映像から目を逸らしてはいけないと思った。
やがて、浸食があと少しで終わるといったときに、紬に助けられた隊員たちによってその拘束から逃れる。全速力で退避した紬だったが、もはやそこにあるのは人と呼べるかも怪しい状態の紬だった。
クロエの呼びかけにも反応しなかった。ふらふらとした足取りで、紬はどこかへ去ってしまった。
映像が終わると、再び会議室内は重い沈黙に包まれた。どうにか目を逸らさずに耐えた沙耶の頭を舞姫は優しく撫でた。
沈黙を破ったのは、またしても高城だった。彼にしか、この重い沈黙を壊すことが出来なかった。
「紬は、今はどこにいる?」
「位置はこっちの方で把握できているぞ。量産型機装には位置情報も分かるようにしてあるからな」
クロエがスクリーンに紬の位置情報を映し出した。現在も移動中らしく、ゆっくりとだがその反応は動いていた。
「紬は何をしているのかしら?」
舞姫が疑問を口にした。まだ紬はイーターになっていない。辛うじて人間として存在していた。その紬がなぜ放浪しているのか気になった。
「紬は、ゲートを破壊してまわっているみたいだ」
クロエはあれから会議が始まるまでの間、ずっと紬のことを衛生映像で追っていた。紬が何をしているのか、何をしようとしているのかを知るために。
その結果、一つだけ分かったことがあった。
「紬は、イーターやゲートの位置が分かるみたいだ」
「そんなことが、本当にあるのか?」
「ああ。こっちが出現を把握する前のゲートも紬は見つけだしている。当てもなくさまよっているようには、俺にはとても見えない」
僅かに残った人間の部分が、イーターを狩ることを覚えていた。クロエはそのせいだと考えている。
「それが本当なら、いずれ紬はイーターとの戦闘で命を落とすかもしれん。クロエ、紬の救出は出来ないのか」
「分からない。こっちの呼びかけにも応じないし、紬は手遅れの可能性が高い」
「だが、だからといって見捨てるわけにはいかないだろう。それに、あいつはイーターを狩っている。ならば、まだ人間だ」
高城は悲痛な表情で言った。よく知る者たちが次々に消えていく中で、僅かな可能性に縋りたかった。
とはいえ、紬が正常な状態ではない以上、指導者として、高城は現実的な判断をする必要があった。
迂闊に近寄ってこちらに危害を加えられてしまえば、被害は増えてしまう。紬を救出するリスクの重さを考えると、現状では行動すべきではなかった。
紬は諦める。高城がその言葉を口にしようとしたとき、会議室の扉が勢いよく開かれた。入ってきたのは、白衣を身に纏った二人の人物だった。
「ふふん、待たせたな! 地下シェルター内最高の頭脳の私が来たぞ!」
一人は東條だった。かつての自信に満ちた東條の姿がそこにあった。その覇気に満ちた姿は、もしかすればそれ以上かもしれない。
その横にいるのは鈴木だった。彼はアタッシュケースを抱えていた。
「どうした、東條。やけに元気みたいだが、もう大丈夫なのか?」
高城は東條のことを気遣って尋ねる。最後に見た東條は、酷く追い詰められている様子だった。
しかし、今の東條にはそんな様子など微塵もなかった。
「ふふん。私を誰だと思っているんだ? この東條にかかれば、あの程度の挫折など人生の一ページにすぎないのだ!」
言っていることはよく分からなかったが、とりあえず東條が大丈夫だということは理解できた。
「それで、急にどうしたんだ?」
「私の研究の成果を見せてやろうと思ってな。鈴木!」
「はい!」
鈴木はアタッシュケースを机の上に置くと、ロックを解除する。中から出てきたのは、二つの腕輪型の機械だった。
「これが私の作り上げた機装だ!」
その言葉に、会議室にいる皆は東條の作った機装を見つめる。純白の機装が二つ。その性能は、東條の表情を見れば理解できた。
「オリジナルに匹敵する機装……ついに完成したのか!」
最近は悪いこと続きだったが、久々の朗報に高城の表情が明るくなる。沙耶たちも期待に満ちた目でそれを見つめていた。
「皆から見て右側にあるのが強襲機装。これは沙耶、君のだ」
「私の機装……」
東條に渡され、沙耶は強襲機装をまじまじと見つめる。今までの量産型機装とは比べものにならないほどの力を感じた。
「戦い方の基本は銃剣機装と同じだ。若干の違いはあるが、使いやすいはずだ」
「分かりました」
「そして、もう片方が鉄壁機装。この場にはいないが、遥の機装だ。救護機装の戦い方を基礎に、さらに治癒能力を実装した」
「治癒能力? それなら以前にもあったんじゃないのか?」
クロエが首を傾げるが、東條は人差し指を振った。
「ちっちっち。私のこれはもっとすごいぞ。鉄壁機装の治癒能力は、他者にも使えるのだ」
それは、今まで再現できなかった能力だった。機装の使用者自身を回復させることは出来ても、他人にまで治療を施せる機装は今まで存在しなかった。
皆の視線を受けて、東條はドヤ顔で説明する。
「今までの理論を根本から見直したのだ。そうしたら、今まで出来なかった様々なことが、可能だと判明したのだ」
鈴木と共にひたすら開発を続け、東條はついに完全な理論を組み立てることに成功した。その理論は、かつてオリジナルの機装が開発された時のものと同じ理論だった。
「沙耶は後で遥と一緒に訓練場に来てくれ。そこで、使い方を一通り説明しよう」
「分かりました」
「それと高城、これだけじゃないぞ」
「まだあるのか?」
「ふふん、私だからな」
東條は手を腰に当てて胸を張る。その横で、鈴木は端末を操作してスクリーンに画像を映し出した。
「これは……強化機装か?」
「そうだ」
スクリーンに映し出されていたのは巨大な漆黒の鎧だった。三メートルを超える高さは、機装と比べると厳ついイメージを覚えた。
強化機装は以前から開発が続けられてきたものである。適応率の低い男性でも扱えるように性能を抑えた代物で、現在でも男性隊員の身体能力向上のために使用されている。
これがなければ、高城のような傑物でない限りはイーターとまともに戦うことは出来ない。
とはいえ、やはり性能を抑えたものでは大した戦力にはならない。犬型や鳥型のような小物ならば兎も角、蜘蛛型や蟷螂型の前では気休めにすらならない性能だった。
「サイズはやや大きくなってしまったが、性能は機装に近いぞ。量産型機装以上、機装未満といったところか」
「それと、スコーピオンも完成しました」
鈴木が端末を操作すると、巨大な銃の画像が映し出された。銃身には巨大な刃が付いており、近距離用の武器としても使用可能だ。
「強化機装用の装備として作ったのがスコーピオン壱型です。試作型と比べてサイズは大きくなりましたが、これは強化機装と合わせるためです」
「凄いな、これは」
高城が感心して呟いた。これならば、自分も前線で戦える。
「サイズが大きいせいで量産は出来ませんが、これより少し小さいサイズのものは五十機ほどあります。大型は高城隊長の専用です。後ほど沙耶たちと同時に使い方を説明するので、訓練場に来てください」
「ああ、分かった」
これで、戦力についての心配はなくなった。人数は減ってしまったが、地下シェルターの戦力は確実に向上している。
有希の神速機装。何よりも速い神速の槍。
唯の万能機装。機動性を重視した獰猛な爪。
舞姫の殲滅機装。圧倒的な火力を誇る戦慄の砲撃。
三つのオリジナルの機装に、新たな機装が加わる。
沙耶の強襲機装。あらゆる状況下でも戦える二つの銃剣。
遥の鉄壁機装。他を寄せ付けぬ鉄壁の大盾。
高城の強化機装。長年戦い続けた歴戦の戦士。
そして叶うならば、七海の破壊機装も数に入れたかった。しかし、無理強いは出来ないと高城は頭を振った。
高城は残りの心配を片付けようと、再び紬の話題に戻そうとする。
それを遮るように、再び会議室の扉が勢いよく開かれた。入ってきたのは慌てた様子の職員だった。
「ほ、報告! 紬副隊長の反応が消失しました!」
突然の報告に、会議室内に再び沈黙が訪れた。
六章終了。
間章を一つ挟み、七章に入ります。




