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機装少女アクセルギア  作者: 黒肯倫理教団
六章 Anguish of researchers

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86話 浸食

「総員、戦闘準備!」

 莉乃の号令によって、第一部隊の隊員たちが武器を装備する。莉乃たち機装少女も機装を装着インストレーションした。

『ゲートは少数のイーターが守っている程度だ。だが、油断するなよ』

「分かっているわ。ちょっとの油断が命取りってことでしょ?」

『ああ。機装ギアは攻撃面に関しては優秀だが、防御面はめっぽう弱いからな』

 機装部隊ギアフォースがイーターを一撃で葬れるように、イーターもまた機装部隊ギアフォースを一撃で葬ることが出来る。些細なことが命取りとなるため、数が少なくても警戒を怠ることはなかった。

 ゲートはまだ視認できる距離にはない。莉乃たちは周囲を警戒しつつ、ゆっくりと歩みを進める。

 周囲には風化した都市が広がっていった。建物が障害物となって見晴らしは悪い。だが同時に、こちらも敵に気付かれにくいというメリットもあった。

 比較的イーターによる被害が少ない地域は、このように建物が形を残していることも多い。だがそれでも無傷というわけではなく、所々に崩れている建物もあった。

 静寂の中、第一部隊の足音だけが辺りに響いていた。ゲートに接近してきたというのに、イーターの一体も未だに現れない。

「クロエ、敵がいないわ。本当のこっちであってるの?」

『ああ、もうすぐ見えるはずだが……』

 クロエもこの状況を疑問に思っていた。なぜだか、今回は敵襲がない。ゲートに近づけば大抵はイーターが向かってくるのだが、それがなかった。

 不気味なまでの静けさ。莉乃はより一層警戒を強めた。

「紬は後方の警戒をお願いできる?」

「任せて」

 言葉少なに返事をすると、紬は後方へ移動する。莉乃が前方を、紬が後方を担当することで、不測の事態にも備えられるようにした。

 やがて、ゲートが姿を現した。円形のやや開けた空間の中央に黒い靄が渦巻いている。

「ゲートを発見。見える範囲にイーターはいないみたいよ」

『こっちも上空からサーチしてるが、反応はないみたいだ』

「妙ね。放置されるような理由もないだろうし……」

 莉乃は考えるも、答えは浮かばなかった。クロエの言葉を信じるなら、ここら一帯にイーターは存在しない。

「とりあえず、ゲートだけ破壊しておくわ。イーターがいない理由は分からないけれど、戦わずに済むのならそれに越したことはないし」

『分かった。だが、気を付けてくれよ』

「はいはい。じゃ、いくわよ……」

 莉乃は右腕を大きく後ろに引いた。莉乃の扱う工作機装クラフト・イミテートの武器は背中から生えた左右の巨大なアームである。自分の腕の動きに連動するように動くため、違和感なく動かすことが出来る。

 莉乃はゲートへ駆けて行く。後方の紬が率いる隊員たちの放った光弾がゲートに着弾し、それに続くように莉乃の右腕が振り下ろされた。第一部隊の総攻撃によって、ゲートは跡形もなく消し飛んだ。

「ふう、これで終わりみたい……ッ!?」

 ゾクリ、嫌な感じがした。背中を這う悪寒に、莉乃は危険を察知する。

「全員退避! 早くッ!」

 莉乃の鬼気迫る形相に驚くも、隊員たちは慌てて走り出した。しかし、ゲートを破壊した直後で気が緩んでいたせいか、反応が僅かに遅れる。

 行動が間に合わなかった者の前に黒い壁が広がった。




「なにが起こっているんだ!?」

 司令室にクロエの声が響きわたる。だが、それを気にする余裕がある者はその場にはいなかった。皆がスクリーンを見て愕然となっていた。

 上空から衛生映像で第一部隊をサポートしていたが、急に画面が暗転したのだ。音声は無事のようだったが、そこから聞こえるのは無数の断末魔である。

「が、画面の範囲を拡大してくれ!」

「了解!」

 職員が端末を操作すると、表示範囲が拡大された。そこに映ったものを見て、クロエは驚愕する。

「なんだ、これは……?」

 少なくともクロエは、この現象を知らなかった。タイムスリップをする前でさえ、こんなことは無かった。

 スクリーンに映し出されていたのは、巨大なドーム状の黒い靄だった。

 ここから先は、未知の領域である。




「全員退避! 早くッ!」

 莉乃の言葉にいち早く反応した紬は、抱えられる限りの隊員をかき集めて退避する。救護機装エイド・イミテートの素早さがなければ出来ない芸当だった。

 その際に盾を落としてしまったが、この際仕方ないと紬は割り切る。

 一体何事か。紬が疑問に思って振り返ると、そこには巨大なドームがあった。靄よりも濃いそれは、資料でいつか見たことがあった。

 霧型。それはかつて、一花たちが敗れた相手である。こちらの攻撃は通らず、迂闊に近寄れば取り込まれてしまう。そんな危険な存在であった。

 それも、数え切れないほどの数だった。ドーム状の霧は、よく見ればたくさんの霧型が蠢いているのが分かる。

 冷静に観察している暇はなかった。紬は霧型と相対したことはないが、この状況の危険さだけは分かっていた。ドームの中にいる莉乃たちを早く救出しなければ取り込まれてしまう。

「そ、総員、攻撃を! 霧型を散らして!」

 普段は無口な紬だったが、今は有らん限りの声を出して叫んだ。紬の他に逃れることが出来たのは、紬が救った二人の男性隊員だけだった。

 彼らは事態の重さを即座に察し、霧型に攻撃を試みる。紬と共に、ひたすら光弾をドームにぶつける。

『無駄だ! 霧型に攻撃は効かない!』

「なら、どうすれば」

『逃げろ! 急がないとお前たちまで取り込まれるぞ!』

「逃げるなんて……」

 出来るわけがなかった。ドームの内側からは断末魔が聞こえてくるのだから。同じ機装部隊ギアフォースとして戦ってきた仲間が取り込まれそうになっているというのに、退けるわけがなかった。

『その数じゃ無理だ! 逃げてくれ!』

 クロエの呼びかけに応じず、紬はドームに攻撃を続けた。そのせいだろうか。ドームに異変が起きた。

「消えた……?」

 急にドームが消滅した。先ほどまでいた霧型はどこへ消えたのか、今はただ静寂が広がるばかりである。

 莉乃の背中が見えた。周囲には他の隊員たちもいる。別段変わった様子もなくて、紬は安心する。

「よかった、無事で」

 そういいながら莉乃のもとへ歩み寄る。だが、莉乃の反応はない。すぐ後ろにきても、莉乃は振り返らなかった。

『ダメだ、紬ッ!』

「莉乃……?」

 クロエが制止する理由が分からなかった。紬は首を傾げつつ、莉乃の肩を叩いた。

 そこでようやく、莉乃が反応した。

 くるりとこちらに顔を向けた莉乃は黒かった。何もかもが真っ黒。唯一もとの色を保っていた髪の毛も、振り返るのと同時に黒く染まっていた。

『紬ッ!?』

「あっ……」

 気付いたときには遅かった。工作機装クラフト・イミテートの巨大なアームに掴まれ、紬は身動きが出来なくなってしまう。

 そのアームから何かが放出されていた。ゆらりと揺らめく黒いソレは、紛れもなく霧型であった。

 紬は助けを求めようと後ろを振り返る。紬が先ほど助けた二人の隊員は、すでに他の浸食された隊員たちに取り押さえられていた。

 霧型が紬の体に纏わり付く。その白く華奢肢体を黒い霧が浸食していく。

「いやっ……うぁ……」

 まともに抵抗することも出来ず、紬は苦しそうに呻くことしかできない。徐々に黒く染まっていく体に、紬はひたすらに恐怖した。

「あ、ああ……ッ!?」

 霧型が自分を浸食してくる。その恐怖に、紬の体はガクガクと震えていた。死を前にして、体を震るわせることしかできなくなった。

 意識が消えかける。体が何かに乗っ取られる。もう無理だと諦めた瞬間、体に強い衝撃を感じて覚醒する。

 見れば、莉乃イーターの腕が吹き飛んでいた。そのおかげで、拘束から逃れたらしい。紬を救おうと、助けられた二人の隊員が放った攻撃によるものだった。

 その気を逃すわけにはいかなかった。紬はその場から退避する。紬を助けた隊員たちはもう手遅れだった。

『紬、聞こえるかッ!?』

 紬が離脱したのをスクリーンで確認したクロエは通信を入れた。しかし、紬から返事はない。

 もともと紬は無口だったが、最低限の会話は出来ていた。今それが出来ていないのは、紬が正常ではなかったからだ。

 既に、体の八割は黒く染まっていた。僅かに残った人の部分が、紬をイーターにせず人のままで留めていた。

 だが、それだけである。意識はあるが、それだけである。今の紬には、自分が何者であるかすらも分からなかった。ただ分かるのは、自分がイーターを狩る者だということ。

 紬はふらふらと歩き始めた。地下シェルターとは全く別の方向に。霧型と一体化したせいか、同じ霧型の位置が手に取るように分かった。

 そうして、紬は姿を消した。

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