83話 試用
その日、沙耶の率いる第二部隊は任務に当たっていた。地下シェルターからやや離れた位置に小規模のゲートが確認されたとのことで、高城からメッセージが届いたのである。
装甲車の中には、第二部隊の全員が収まっていた。それでもまだ、スペースには余裕があるようだった。
沙耶が装甲車に揺られながら戦いのことを考えていると、第二部隊副隊長である遥が近付いてきた。
「ねー沙耶っち。この任務終わったらさ、久しぶりにどっかに食べにいこうよ」
「そうですね、そうしましょうか」
「よーし! ならさっさとイーターを倒そう!」
遥は拳をぎゅっと握って声を上げた。遥はいつもこの様子なので、隊員たちも微笑ましそうに眺めていた。
やがて、装甲車は目的地から少し離れた位置に到着する。全員が装甲車から降りたのを確認すると、沙耶は整列させた。
「クロエさん、聞こえますか?」
『ああ、感度良好だ。ゲートの様子はどうだ?』
「特に以上はありません。予想通り、レベルスリー相当だと思います」
『了解。レベルスリーとはいえ、何が起きるか分からないから油断しないようにな』
「了解です」
クロエとの通信を切ると、沙耶はゲートに視線を向ける。小規模とはいえ、黒い靄のようなものが渦巻いているのは不気味だった。
「総員、戦闘準備!」
そんな暗い気分を振り払うために、沙耶はいつもよりも力を入れて声を上げた。沙耶の号令に従って隊員たちが武器を構える。
「沙耶っち、私たちも」
「はい、遥さん」
互いの顔を少し見つめてから、気恥ずかしくなって沙耶が先に顔を背けた。遥はそんな沙耶の反応にニヤニヤしつつ、量産型機装を胸の前に構える。
「銃剣機装――装着!」
「救護機装――装着!」
二人の周囲に展開された装甲は、一点の曇りさえ存在しない純白の装甲。背中に広がる翼は天使の羽のように軽やかだ。沙耶の手元には二つの銃剣。遥の手元には大盾とハンドガンが現れる。
従来の量産型機装ならば、装着はここで終わっていただろう。しかし、二人の機装には新たに強化が施されていた。二人の周囲に、追加の装甲が展開される。
装甲のデザインは変わり、本来の量産型機装の姿とは全く異なるものになっていた。量産型機装の装甲は丸みを帯びており、作りも単純である。
だが、二人の付けている装甲はどちらも尖ったデザインになっており、装甲のパーツの数も大幅に増えていた。見た目はオリジナルの機装に近く、性能も同等といえた。
これは、東條が全力で作り上げた作品の内の一つである。まだ試作段階ではあるが、戦力として扱うには十分だ。性能のテストをした際には、オリジナルに近い性能を発揮していた。
二人は今回、東條から実戦での試用を頼まれていた。出力はオリジナル相当だが、実戦でどれだけ戦えるかは分からない。二人の意見を聞いて、東條はさらに改良を加える予定である。
「総員、攻撃開始!」
沙耶が銃剣をゲートに突きつけながら声を上げる。凛とした少女の声の後に、隊員たちの気合いの入った声が続く。
沙耶と遥は先陣を切る。戦闘力の高い二人が出来る限り多くの敵を引き受ける。隊員の安全の為もあるが、今回は性能を試すという目的もあるため、データを多く取りたいというのもあった。
二人の戦闘は安定していた。蜘蛛型や蟷螂型が現れても、以前より強化された機装を以てすれば恐れるほどの相手ではなかった。
「これすっごいよ、沙耶っち! 威力が今までのと全然違うよ!」
「こっちも良い感じです。イメージした通りに戦えています」
使用感は上々だった。もともと二人が使っていた量産型機装と同じタイプの装備のため、その差は非常に分かりやすかった。
量産型機装がオリジナルの機装に劣るのは、適応率が低い者でも扱えるように性能を下げているからである。
イメージ伝導値というものがある。これは武器の強さの指標とされている数値で、現在最も高いのは舞姫の持つ槍である。これは東條が使用者の負担を考えずに作ったもののため、実用性は低い。ちなみに七海の大剣も同等のイメージ伝達率を持っている。
イメージ伝導値の理論を提唱したのは鈴木だった。彼は東條の助手をやることも多いが、基本的にはイーターの生態を研究している。
鈴木はなぜミサイルが効かないのに機装の攻撃が効くのかを調べていた。殴っても駄目。撃っても駄目。核ならばある程度のダメージを与えられることが証明されているが、それ以外の方法で立ち向かうことは不可能だった。
イーターの生体は未だ謎に包まれているが、一つだけ分かっていることがあった。イーターは想像生命体であるということだ。
鈴木の理論においてイーターは『こういう存在である』といったイメージが実体化したものだとされている。そのイメージを破壊、もしくは上書きすることでイーターにダメージを与えられる。その強弱を表すのがイメージ伝導値だ。
量産型機装に関しては、総じてこの数値が低い。扱いやすさを求めたため仕方ないとも言えるのだが、これから先の戦いのことを考えると量産型機装は力不足だ。
現在の地下シェルターの状況を考えると、適応率の高い者を増やすといったことはなかなか難しい。有希たちのような少女が珍しいだけで、同年代の少女たちにはそれだけの心構えを持つことは期待できない。
人材はこれが精一杯。ならばどうするか。東條が考えついたのは、イメージ伝導値が高く、なおかつ使用者への負担が低い機装である。
量産型機装をそのままオリジナルの機装と同じ出力まで強化したとして、その負担はオリジナルよりも重くなってしまう。負担を出来る限り軽くして、扱いやすさと強さの両立を目指している。
東條が目指すのは、自分でオリジナルの機装と同等のものを開発することだった。
しかし、現実はそう上手くはいかなかった。
「ッ!?」
戦闘中に遥が頭を押さえて一瞬固まる。機装の負担による頭痛はこれが初めてだった。まだ軽度ではあるが、戦闘を継続するには危険と判断する。
「沙耶っち!」
「分かりました!」
遥の様子を見て、沙耶はすぐにフォローに入る。遥の周囲のイーターを一掃すると、遥に離脱するように促した。遥の離脱をサポートするために、男性隊員が五人ほどサポートする。
それから少しして、沙耶にも頭痛が始まった。痛みは軽度だった。
「クロエさん、残りのイーターの数はどれくらいでしょうか?」
『もうほとんどいないな。後は他の奴らに任せて下がってくれ』
「了解です……離脱します、援護を!」
沙耶が声を上げると、近くで戦っていた隊員たちが沙耶の離脱を手伝う。敵の数も少ないため、後は他の隊員たちに任せておけば問題ないだろう。
東條の予想は悪い意味で外れてしまっていた。レベルスリーのゲートならば頭痛が来る前に終わるはずだったが、まだ東條が思っているほどの成果は出ていないようだった。
(この結果を告げるのは、ちょっと心苦しいですね……)
最近の東條は切羽詰まった様子だった。焦燥感に駆られ、研究詰めの毎日。そんな東條に悪い知らせをするのは気が引けた。
とはいえ、虚偽の報告をするわけにもいかない。沙耶は心苦しく思いながらも、東條への報告書を作り始めた。




