82話 結果
「っていうことがあったんだよ」
「へえ、大変だったんだね」
有希の話を聞き終えると、七海は有希の頭を撫でながら言った。有希がしっかりと役割を果たせていることが嬉しくて、七海の頬が緩む。
あの戦い以降、三人は行動を共にすることが多くなっていた。今日は有希に連れられて七海の家に来ていた。
舞姫は定期的に七海と会っていたため、この空間にも慣れていた。適当なところに座って、自分の家のようにくつろいでいる。
対して、唯は七海と会話をしたことはないため、ひどく緊張していた。有希の初陣の際に顔を見たくらいであるため、会話するにしてもどう接して良いか分からなかった。
だが、七海は人当たりが良いため、唯もすぐに打ち解けることが出来た。緊張も解れ、楽しそうに会話に参加している。
「あ、それで最近、舞姫の機嫌が良かったんだ」
七海はなるほどと頷いた。最近会いに来る舞姫は以前よりも落ち着いており、ピリピリした雰囲気もなくなって柔らかくなっていた。以前の舞姫は本人の気づかぬ内に殺気を垂れ流しにしていた。
「有希には感謝しているわ。あのままだったら私は、いつか潰れていたかもしれない」
舞姫は有希を膝の上に乗せると、ぎゅっと抱きしめた。有希もスキンシップを取るのは好きなので、されるがままである。
「おい、なにやってんだよ」
その行為を唯が咎める。自分もそうしたいと思うが、恥ずかしくて行動を起こせない。ならばせめて、舞姫をやめさせようと試みる。
「文句でもあるのかしら?」
それに対して、舞姫は殺気を全開にして唯を押さえ込みにかかる。十年もの間、舞姫は人を突き放し続けた。今では、殺気をピンポイントに当てるくらいの操作は容易い。
周りに気取らせずに唯だけを威圧する。唯は額に汗を流すも、屈せずにどうにか睨み返す。しかし、舞姫は唯の渾身の殺気を受けても涼しげだった。
舞姫も唯も、その本質は臆病な少女である。どちらも虚栄ではあるが、舞姫のそれの方が大きかった。威勢が良いだけの唯と本気の殺気を放っている舞姫とでは格が違った。
唯は気圧されつつも、気合いでどうにか耐える。その様子を見て、先に折れたのは舞姫だった。
「はあ、仕方ないわね」
「うわわっ!」
舞姫は有希を抱き上げると、唯の方に歩み寄る。舞姫が何をしようとしているのか理解できず、唯は首を傾げた。
「少しだけ、貸してあげるわ」
「ん、それってどういう……っ!」
あぐらをかいて座る唯の上に、舞姫は有希を座らせた。いきなり有希を上に乗せられ、唯は顔を真っ赤にした。
「な、なななにすんだよ!」
「あら、羨ましかったんでしょう?」
「そ、そんなわけねーだろ! 有希を膝の上に乗せて喜ぶなんてそんな」
「そう? 嫌なら返して貰うわ」
「え、いや、嫌ってわけじゃねーけどよ……」
唯もまんざらではない様子だった。一人状況の分からない有希は唯の膝の上で首を傾げていたが、あれこれ考えても仕方ないと思い、七海の作ってくれた手料理に手を伸ばした。
「ん、この唐揚げすごくおいしい!」
「有希好みの味付けにしたからね」
七海は料理を誉められて恥ずかしそうに微笑んだ。有希が久々に遊びに来たため、七海は自身の持てる力を尽くして御馳走を作ったのだ。
「唯ちゃんも食べてみて。七海お姉ちゃんの唐揚げすっごくおいしいよ」
「ん、どれどれ……お、確かに美味いな」
もぐもぐと唐揚げを咀嚼しながら唯も同意する。からっと揚がっていて、鶏肉もジューシーである。だが、もぐもぐと口を動かしていた唯の表情が見る見る内に赤くなっていく。
「か、辛いじゃねーか! 何で唐揚げが辛いんだよ!?」
「有希好みの味付けにしたからね」
「そう言う意味だったのかよ……」
水をゴクゴクと飲みながら、涙目の唯が呟いた。有希好みの味付けとは、とにかく辛い料理であった。
「そういえば、舞姫さん」
「何かしら?」
「今更なんだけど、舞姫さんの名前が知りたいな」
「名前……?」
舞姫には、有希が突然訳の分からないことを言い出したようにしか思えなかった。七海と唯は有希の言いたいことをある程度察しているのか、苦笑いしていた。
「舞姫さんのこと、もっと知りたいなって思ったんだよ。コードネームだけじゃなくて、本名も知りたいな」
そこで、舞姫もようやく有希の言いたいことを察する。舞姫という名前は、確かにコードネームのように思えなくもない。それに、言われてみれば今まで舞姫が自分から名乗ったこともなかった。
「榊舞姫。これが私の名前よ」
「あれ? もしかして、本名だったの?」
「そうよ……」
有希は純粋に疑問に思っただけなのだが、舞姫はそれが恥ずかしくてたまらなかった。有希は機装部隊に入隊する以前からの疑問が解消されて嬉しそうだった。
それからしばらく雑談をして、やがて夜遅くなるとお開きとなった。三人は七海の家を後にすると、寮へ戻る。
「それじゃあ舞姫さん、また明日」
「ええ、また明日」
舞姫は自分の部屋に入っていった。二人の部屋はその隣にある。
部屋に入ると、有希はそのままベッドに倒れ込んだ。ずっと喋っていたせいか、少し疲労が溜まっていた。
唯も少し疲れていたため、そのままベッド倒れ込むように寝転がった。ごろんと寝返りを打って、仰向けになる。天井を見つめながら、唯は考え事に耽る。
(色々あったけど、これで良かったんだよな)
自分の選択に迷いはない。もう、一人で生きていくなんて寂しいことは言わない。これからは、有希と共に戦っていこう。
唯はちらりと横で寝転がっている有希に視線を向ける。が、そこに有希はいなかった。
疑問に思っていると、直後に唯のベッドが軋み、ごそごそと布団が動いた。唯が布団に視線を向けると、有希の頭がひょっこりと出てきた。
「だからなんであたしのベッドに入ってくるんだよ!?」
「だって、一人で寝るのはさみしいよ」
「ったく、仕方ねーな……」
唯は有希の顔を見つめる。思っていたよりも有希の顔が目の前にあり、唯は恥ずかしくなって背を向ける。
「明日も出撃があるんだから、お前もさっさと寝ろよ」
「うん」
背を向けたまま言うと、すぐ近くで有希の声がした。それが恥ずかしくて、唯は目を瞑る。
少しして、体に圧迫感を感じて目を開いた。有希の手が唯の体に回されていた。いつの間にか、唯は有希に抱きつかれていた。
「抱き枕かあたしはっ!」
そうツッコミを入れるも、有希を振り解くことはしなかった。耳元で聞こえる寝息に顔を赤くしつつ、唯は平常心を保とうと努力する。
(前のあたしなら、振り解いてたんだろうな)
以前の荒れていた時期の自分を思いだし、唯は苦笑した。こうやって有希と親しくできていることが、唯は嬉しかった。
五章終了。
次回から六章に入ります。




