81話 団結
「なっ……」
目の前にいる少女が有希だと気付き、唯は目を見開いた。頭痛に顔をしかめながらも、その姿を見つめる。
有希の動きは洗練されていた。かつて、蜘蛛型を相手に惨敗した有希と同一人物とは思えないほどに。その動きは速く、機装の負荷で能力を引き出せない今の唯では、それを目で追うことすらままならなかった。
有希は槍を横凪ぎに一閃する。それだけで、唯に迫っていたイーターはその悉くが消し飛ばされた。有希の攻撃の威力は、既に唯と同等のレベルまで昇華されていた。
波のように押し寄せるイーターを相手に、有希は一歩も引かずに戦い続ける。動けない唯を守るように、上手く立ち回っていた。
「なんでだよ……」
唯は呟いた。納得がいかなかったのだ。一度は死に屈したというのに、自分は生きている。生かされている。
「なんでなんだよッ!」
それが、唯にはたまらなく悔しかった。一人で生きて、一人で死ぬ。そう決めたはずなのに、目の前に広がる光景は一体なんだろうか。
有希に守られているという事実が、唯のプライドをズタズタに切り裂いていく。だというのに、今の自分にはどうすることも出来ない。有希に守られていることしかできなかった。
体が思うように動かない。頭痛で立っていることさえ叶わない。無理に動いたとして、今の自分では犬型さえ倒すのは一苦労だろう。
有希もいずれ、自分のように倒れてしまうのではないか。唯の頭にそんな心配が過ぎった。しかし、有希の姿を見ていると、そんなことはあり得ないと思えた。なぜだか、安心できた。
気付けば、有希は見違えるほど強くなっていた。今の自分と肩を並べられるほどになっていた。自分より弱いと見下していたはずの有希が、少し見ない内に自分と同等以上に強くなっていた。
唯には有希の背中がとても頼もしく思えた。それに縋りたいと思ってしまう自分がまた、どうしようもなく情けなく思えた。
「くそっ……なんでなんだよ……」
再び視界が涙で滲む。今度は恐怖ではなく、悔しさからだった。
舞姫の言う通り、個の力には限界がある。それは、今回のことで唯も痛感していた。しかしそれでも、唯は諦めきれなかった。
唯は再び涙を拭うと、声を上げる。
「なんで……なんで、あたしなんかを助けるんだよ!」
「友達だからだよ!」
返ってきた言葉に、唯は言っている意味が分からないとばかりに目を丸くした。
「あたしは、お前と友達になった覚えなんて……」
自分の態度を振り返ってみても、有希に優しくした覚えなどなかった。一方的に絡んでくる有希に対して、唯はいつもドライに振る舞っていた。少なくとも、唯はそう思っていた。
「そんなことないよ! 私たちは友達だよ!」
しかし、有希はそうは思っていなかった。本当に嫌っているならば、自分のことを無視したりするだろう。唯はなんだかんだ言いつつも、自分の相手をしてくれていた。
有希と唯が一緒にいた時間はあまり長くはなかった。しかし、その短い時間だけでも、有希は唯と友達になれたと思っていた。
戦況は未だに変わらない。むしろ、有希が徐々に押され始めていた。ゆっくりとだが確実に、有希は後退していく。
しかし、その後ろには唯がいる。これ以上支えられなければ、唯はあっという間にイーターの波に呑み込まれてしまうだろう。それだけではなく、自分の命さえ危ういくらいだった。
有希の動きも徐々に鈍っていく。これまでにかなりの数のイーターを葬ったはずだったが、その数は全く衰えを見せなかった。絶え間なく襲い来るイーターに、有希の限界も近づいていた。
なぜ、これだけ倒しても終わらないのか。その疑問は、クロエからの通信によって明らかになった。
『二人とも、聞いてくれ。今あるゲートの横に、レベルフォーのゲートがもう一つ発生した』
それは、絶望的な状況だった。敵の数は衰えるどころか、さらに数を増やしていたのだ。二つのゲートから同時にイーターが現れるため、その勢いは倍になっていた。
支えることすら困難だったというのに、イーターはさらにその勢いを増してしまった。当然のことながら、有希にかかる負担も増えていく。
険しい表情を浮かべながらも、有希は槍を振るい続けていた。押し寄せるイーターを一体たりとも逃さずに仕留めていた。しかし、支えきれずに徐々に後退していく。
このままでは、二人ともイーターの波に呑み込まれてしまう。唯は声を荒げる。
「もういいだろ! あたしなんか放っておけばいいじゃねーかよ!」
「そんなことできないよ!」
「あたしなんかどうでもいいだろ! 早く逃げろって」
「唯ちゃんを見捨てるなんて、そんなことは出来ないよ!」
頑なに拒む有希に、唯はもどかしくなる。なぜ、そうまでして自分を守ろうとするのか。唯には理解できなかった。
「なんでお前は、そこまでして戦うんだよ!」
「私が、唯ちゃんを守りたいからだよ!」
「っ!」
有希がそう言った瞬間、唯は目を見開いた。有希の姿が天川と重なって見えたからだ。
自分を守りたいと言ってくれた有希の姿が、どうにも天川の姿と重なってしまい、唯はそれ以上反発することが出来なかった。
頭痛はピークに達しており、立ち上がることすらままならない。万能機装は弱々しい光を放つばかりである。唯はただ黙って、有希が戦う姿を眺めていることしかできなかった。
しかし状況は劣性のままである。有希はもうこれ以上下がれなかった。一歩でも下がれば、唯もろともイーターに呑み込まれてしまう。
黒い壁が迫ってくるようだった。絶え間なく襲い来るイーターに、有希の限界も近づく。
「ッ!?」
ズキリと有希の頭に痛みが走った。攻撃を受けたわけではない。長時間の戦闘に、脳が限界を迎えたからだ。実際は少し前までも頭痛はあったのだが、有希はそれに気付かないくらい戦いに集中していた。
その痛みを認識した瞬間。その一瞬だけ、有希の集中力が途切れた。常人から見た一瞬は、戦いの場においては致命的な隙となる。
有希の死角から、巨大な鎌が振り下ろされる。
「有希ッ!」
そんなことはさせてはならない。考えるよりも先に体が動いていた。既に体は限界を迎えているが、それを強靱な精神力で動かす。
唯の意思に呼応するように、万能機装が一際大きく光を放った。直後には、蟷螂型が崩れ落ちる。
「あっ……」
しかし、唯ももう体を動かせなくなってしまう。機装が強制解除されると、唯はそのまま崩れ落ちる。
「唯ちゃん!?」
有希は近くのイーターを倒すと、慌てて唯のもとに駆け寄る。唯は非常に辛そうな表情をしていたが、意識はまだあるようだった。
有希は唯を抱き起こすと、その背中を支える。
「くそ、情けねーな……」
あれだけ強がって見せたのに、結果はこれだった。それどころか有希まで巻き込んでしまった。だというのに、有希は自分のためにここまでしてくれていた。
それが申し訳なくて、唯は謝る。
「悪かったよ、冷たくして。あたしが間違ってたみたいだ」
くだらない意地など張らなければ、もっと違った結果になっていたのかもしれない。唯はここにきて、自分の選択を後悔していた。
「だから、な。頼むから。早く、逃げてくれ……」
諭すように、唯は有希に語りかける。しかし、有希は涙を流しながら首を横に振った。
「私は、ずっと一緒にいるよ」
「有希……」
有希は唯の頭を胸に抱いた。優しい暖かさに包まれる。有希の鼓動が聞こえてきて、生きているのだと実感できて、唯は安心できた。
ずっと一緒にいる。その言葉が、唯の心に響いていた。
「ありがとな……」
唯は感謝の言葉を伝える。心から、有希に感謝していた。これから死を迎えるとはいえ、穏やかな気分だった。
「ん?」
そこで、唯は疑問に思った。こうしている間にもイーターは襲ってくるだろうに、なぜかそれがない。視界は有希の胸で塞がれていて真っ暗だが、まだ自分は死んではいないはずだった。
「おい、有希。イーターはどうした?」
「え? あれ、どうしたんだろう」
そう言われて有希が辺りを見回すと、イーターはこちらを見つめたまま固まっていた。否、唯の背後にいる人物を見つめて警戒していた。
「そろそろいいかしら?」
全方位に向けて突き出された銃。その数は二十。その中心にいるのは、イーターが攻めることを躊躇するほどに威圧感のある人物――舞姫だった。
舞姫に尋ねられ、二人は状況を理解できず、ただ頷くことしかできなかった。なぜ舞姫がいるのか、二人には理解できない。
「二人とも、伏せてなさい!」
有希は唯を抱えたまま慌てて伏せる。刹那、二人の上を極大の光が通過していった。
舞姫の全力を注ぎ込んで放たれた全方位への射撃は、轟音とともにイーターを呑み込んでいく。僅かな隙間すらない舞姫の弾幕は、押し寄せるイーターを纏めて消し飛ばした。
殲滅機装の真価は、一対多での戦闘にあった。
さすがに今の一撃は消耗が激しいのか、舞姫は頭を押さえながら変身を解除した。ゲートの付近にはまだ少しイーターも残っていたが、沙耶がその相手をしていた。
「どういうことなんだよ?」
いつの間にか舞姫と沙耶が現れて、戦いがほとんど終わっていた。未だに状況が掴めず、唯が首を傾げた。有希も同様に首を傾げている。
『二人とも、無事か?』
「うん、大丈夫だよ」
「ああ、平気だ。けどよ、これってどういうことなんだよ?」
『俺も今さっき知らされたところだから、何が何やら。高城に変わるぞ』
クロエは通信機を高城に渡した。
『おう、上手くいったみたいだな』
「うまくいったって、どういうことなの?」
『詳しいことを話すと長くなるんだが』
「構わねーから、全部教えてくれよ」
『そうか。実はな……』
高城から計画の内容を聞くと、唯はため息をはいた。
「確かに、迷惑かけてたみたいだからな。悪かったよ」
『もう大丈夫なのか?』
「ああ。もう、一人で戦うなんて無茶は言わねーよ」
『それは良かった』
「それと、頼みがあるんだけどよ」
『なんだ?』
「有希と、また組みたいんだけどよ。ダメか?」
「私も唯ちゃんと一緒に戦いたいな。いいでしょ、高城隊長?」
『当たり前だ。舞姫も、構わないな?』
「えっ……私は、有希と一緒にいたいのだけれど……」
「なら、三人で組もうよ!」
そう言われて、舞姫は唯を見つめる。三人で組むと、有希を独り占めに出来ない。無言で唯を威圧していた。
唯は気圧されつつも、譲らなかった。自分にこれだけのことをしてくれる有希を、誰かに渡したいとは思わなかった。
じっと睨み合う二人を余所に、有希と高城で話が進む。
『それもいいかもしれないな。分かった。これからは三人で一組として扱う』
「やった!」
睨み合っている内に話が決まってしまい、二人は呆けてしまう。しかし、有希の笑顔を見ていると、そんな些細なことはどうでも良くなった。
「唯ちゃん、舞姫さん。よろしくね!」
有希から差し出された手を、二人は優しく握り返した。




