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機装少女アクセルギア  作者: 黒肯倫理教団
五章 The girl who fights lonely

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77話 二人

「はー、満足満足っ」

 遥が食べ物で膨れたお腹をさする。その横では、沙耶が苦笑いをしていた。

「遥さん、さすがに食べ過ぎでは……」

「そうかな? でもまあ、私たちは食べた分だけ動いてるんだしさ」

 沙耶は手首に付けた量産型機装イミテートを沙耶に見せる。

「それに、今日はさすがに疲れたからねー。しっかり栄養を補給しないと……胸が小さくなるかも?」

「ひゃあ!?」

 遥に胸を鷲掴みにされ、沙耶が声を上げる。その声に反応した通行人たちの視線が突き刺さり、沙耶は顔を赤くした。

「ほらほら、ただでさえ小さな沙耶っちの胸が、いつも以上に小さどはっ!?」

 沙耶の拳が後頭部にクリーンヒットし、遥がその場に倒れ伏した。

「うぐぐ……まさかこの私が不意をつかれるとは……がく」

「はあ、もう……」

 そのまま動かなくなった遥に呆れ、沙耶はため息を吐いた。

 そんなこんなもあって、二人は研究区域に到着した。

「って、あれ? なんで研究区域?」

「ちょっと用事があるので。遥さんは先に帰ってていいですよ」

「いいや、私はついてくよ!」

「胸を張って言われても……わかりました」

 沙耶は遥を連れて歩き出した。目的地は東條の研究室である。

 沙耶は夕食前に舞姫と交わした会話を思い出す。自分の適応率が九十を超えているかもしれない。長い間戦い続けてきた舞姫に言われたのだから、間違っていることはないと沙耶は思った。

 もし適応率が九十を超えていたならば、それは驚くべき事態である。有希や舞姫のことも含め、気合いで適応率をどうにか出来るということを証明できるからだ。

 問題は本当に適応率が上がっているかだが、沙耶は自分の適応率が九十を超えているという自信があった。

 沙耶はここ最近の戦いでは今までよりも格段に活躍していた。役に立ちたい。そのために強くなりたい。その意志は確実に沙耶を強くしていた。

 不安はなかった。むしろ、早く自分の適応率が九十を超えているのだと証明したかった。普段は謙虚な沙耶が、ここに関しては絶対の自信を持っていた。

 二人は東條の研究室に到着する。

「やあ、よく来たね。何の用かな?」

「うわ、鈴木……」

「その反応は失礼だと思うよ!?」

 東條の研究室を尋ねると、二人を出迎えたのは鈴木だった。出会って早々に遥に嫌悪感剥き出しの反応を見せられ、鈴木は声を上げた。

 ちなみに、遥の反応はネタでもなんでもなく、素の反応である。遥が素で反応をすることは珍しいため、余計に鈴木の心を抉っていた。

「はあ……それで、何の用かな?」

 それでもこうして耐えている辺りは、鈴木の性格の良さと言えるだろう。もし容姿が良ければ、もう少し楽に暮らせるわけだが。難儀な男である。

「適応率を計測したいのですが、今は大丈夫でしょうか?」

「うーん、そうだね……」

 鈴木は奥の東條の部屋を見てから悩む素振りを見せる。

「東條さんは忙しそうだから、僕でよければ計測するよ」

「な、沙耶っちに変なことをする気か!?」

「いやいや、僕はそんな人間じゃないって」

「え、そうなの?」

「そうだけど」

 真顔で否定され、遥はなぜかがっくりとうなだれた。そして、沙耶の方に視線を向ける。

「私はそんな人間なんだけどね!」

「それこそ駄目じゃないか!?」

 舌をぺろりと出してポーズを決める遥に、鈴木は全力でツッコミを入れる。彼の周りには変人が多かった。

「はあ、話を戻そうか。それで、適応率を計測したいのはどっちかな? それとも二人とも?」

「私だけの予定ですが……遥さんはどうしますか?」

「もちろんやるよ!」

「なら、二人ともだね。機材を持ってくるから、少し待ってて」

 そう言って、鈴木は二階へ上がっていった。

「ねえ、沙耶っち」

「ん、何でしょうか?」

「沙耶っちはどうして戦ってるの?」

 遥の声色からは、普段のような軽い雰囲気は感じられない。表情も真剣なものだった。

「前にもちょっと言ったけど、沙耶っちは強くなったよね。あのとき、沙耶っちは戦うための明確な理由を見つけるようにって私と有希っちに言ってたよね?」

 その言葉は的確なアドバイスだった。実際、有希はそれをきっかけに自分の心構えについて色々と考えることで成果を出していた。

 以前の有希は遥よりも弱かった。オリジナルの機装ギアを扱えない遥でさえ、有希よりは強かったのだ。

 しかし、有希は変わった。心構えに加え、ここ最近の有希は舞姫の指導の成果もあって大きな戦力となっていた。

 追い抜かされ、差が広がっていく。遥の周りの人間は成長していっているのに、自分だけ変化がない。いつの間にか自分だけ置いていかれるのでは。そんな恐怖があった。

 沙耶のアドバイスの意味は分かっている。しかし、遥にはそれを見つけるだけの頭がなかった。なんとかなるだろうと思っていたら、いつの間にか自分だけが取り残されていた。

 このままでは、部隊長の中で一人だけ劣る自分は降格されてしまうのではないだろうか。沙耶の隣にいられなくなるのだろうか。遥はそれがたまらなく怖かった。

「私は、皆さんの役に立ちたいから戦っているんです」

「役に立ちたいから?」

「はい。部隊長として自分の役割を考えたら、やっぱり戦うことだと思うんですよ。だから、そのための力をって思っていたら、強くなれたんです」

「あはは。そう、なんだ……」

 沙耶の心構えは立派だった。改めて自分と友人の差を思い知らされた遥は、乾いた笑い声を出した。

 ――自分には、そんな立派な考えなんてない。

 遥はそもそも、機装部隊ギアフォースに入ろうとは思っていなかった。地下シェルターに貢献することなど考えず、将来はどこか楽なところで働こうと思っていた。

 それを変えたのは沙耶の存在である。沙耶と遥は同じ孤児院の出身で、幼馴染みである。物心付いたときから共に生活していたため、自然と二人で行動することも多かった。

 去年の適応率テストの前日に、沙耶は思い立ったように宣言した。自分は機装部隊ギアフォースに入るのだと。

 そのころの沙耶は自分の置かれた状況についてあれこれと難しく考えていた。地下シェルターについて。イーターについて。十四歳ながら、自分が何か出来ないかと考えていた。

 そして考え出した答えが機装部隊ギアフォースに入隊することである。もし適応率が足りなかったならば、研究者でも良い。とにかく、皆の役に立ちたかった。

 遥には、そんな立派な理由はなかった。ただ、沙耶と一緒にいたいという思いだけだった。

 幸いにも、遥は適応率テストで合格し、量産型機装イミテートを扱えるようになった。沙耶と共にいられることが嬉しかった。

 それから一年が経過した今年では、沙耶が部隊長に選ばれた。遥もそれに追いつこうと必死に努力して、どうにか部隊長になることが出来た。

 しかし、現状は今までとは違った。どれだけ努力しても追い付けない。むしろ、時間の経過と共にどんどん離されていく。沙耶が手の届かないところに行ってしまいそうで、遥は懸命に努力した。

 だが、追い付けない。沙耶は戦うための明確な理由を見つけるようにとアドバイスをしたが、遥はそれを見つけることが出来なかった。沙耶のような立派な心構えなど、自分のような軽い人間に見つけられるわけがない。遥はそう思っていた。

 そんな遥の心情を察してか、沙耶は遥を抱き寄せた。

「あわわ、沙耶っちどうしたの?」

「遥さん。難しいことを考えなくても大丈夫ですよ」

「え……?」

「遥さんが私と一緒にいたいって思ってくれていること、すごく嬉しいんですよ」

 沙耶は遥を抱きしめる。

「でも、私は沙耶っちの横に並べるほど強くないよ」

「そんなことないです。遥さんは、強いですよ」

「強くないよ! 私は、沙耶っちみたいな立派な心構えなんて……」

「心構えなんて、単純で良いんですよ」

 沙耶は遥の頭を撫でながら、優しく諭すように囁く。

「私と一緒にいたいって。そう思って遥さんが努力してきたのは分かってますよ」

「どうして、それを……」

「幼い頃からずっと一緒なんですから、それくらいは分かりますよ」

 沙耶は遥のことをよく見ていた。それこそ、自分のことよりも遥のことを優先していたほどに。だからこそ、遥が自分と共にいるためにどれだけ頑張ってくれているのかをよく知っていた。

「でも、それだけじゃ足りないよ」

「足りてますよ」

「え?」

「遥さんがそれを強く願ってくれれば、必ず実を結ぶはずですよ」

「沙耶っち……」

 遥は沙耶の胸の中で改めて考える。自分は沙耶と共にいたい。横に並んで戦いたい。今は副隊長だが、同じ部隊だからこそ沙耶を支えることが出来る。

 そのための力が欲しい。強く、強く願う。沙耶とずっと一緒にいたい。自分にあるのはそれだけだが、その思いが今までも自分の力となっていた。そして、これからも自分の力となる。

「ねえ、沙耶っち」

「なんですか?」

「キスしていい?」

「なんでですか……」

 遥の急なセクハラ発言に沙耶は呆れる。しかし、遥は至って真剣だった。

「ね、沙耶っち。お願い」

 潤んだ瞳で見つめられ、沙耶は顔を赤くする。

 沙耶は遥のことが好きである。しかし、それが恋愛感情かと問われれば返答に詰まってしまう。一緒にいるのは楽しいが、自分の感情が友人としての好きなのか恋愛としての好きなのかは分からなかった。

 しかし、今は目の前にいる遥が無性に愛おしく思えた。顔を上気させながら上目遣いにキスをせがまれると、沙耶は断れる気がしなかった。

「遥さん……」

 その頬に優しく手を添えると、遥は沙耶の瞳を見つめてきた。二人は今までずっと一緒にいたが、顔がこれほどまでに近付いたことはなかった。

 目を閉じて、遥は沙耶に身を委ねる。その姿が愛おしくて、沙耶は顔を近付けていく。そして――

「いやあ、遅くなってごめんね。部屋が散らかってて、なかなか見つからなかったよ」

 階段を下りてきた鈴木に気付いて、二人は慌てて距離を取った。顔を真っ赤にしながら、二人は平然を装おうとする。

「うん? 何かあったのかな?」

「い、いえ……何もしていませんよ」

「そ、そうだよ! 別にアレなことなんてしてないんだからね!」

「アレなこと……? よく分からないけど、とりあえず計測を始めようか」

 恋愛に疎い鈴木は、二人の様子を見てもなにがあったかは気付かない。本人は意図していないにせよ、重要なシーンを破壊してしまっていた。理不尽だが、二人からの好感度も降下した。難儀な男であった。

「ちぇ。あとちょっとだったのに」

「そうですね」

 二人は互いの顔を見て微笑んだ。なんだか清々しい気分だった。

「さて、計測を始めようか」

 鈴木に促され、二人は計測器を腕に付ける。今ならば、絶対に大丈夫だという自信があった。

 計測が始まると、二人は強く願った。自分の適応率が九十を超えるようにと。

(皆の役に立ちたい。遥さんのためにも、私は強くなりたい)

(沙耶っち大好き沙耶っち大好き沙耶っち大好き……)

 二人が強く念じると、それはすぐに結果として現れた。

「これは……!」

 鈴木が驚いて声を上げた。画面に映し出された数値は、共に九十を超えていた。二人とも、オリジナルの機装を扱えるだけの数値だった。

 これならば、量産型機装イミテートよりも強い機装ギアを扱えるだろう。鈴木は目の前で起こっている現象に驚きつつ、冷静にそう考えた。

 計測を終えると、鈴木が結果を教える。

「二人とも、適応率は九十五だったよ。すごいじゃないか!」

 二人は結果を聞いて安堵した。沙耶は、皆の役に立てるのだと。遥は、沙耶と一緒にいられるのだと。

 二人は互いを見つめたあと、嬉しそうに笑った。

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