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機装少女アクセルギア  作者: 黒肯倫理教団
五章 The girl who fights lonely

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75話 解放

 部屋の中はひどく静かだった。暗い部屋の中で、舞姫はベッドに寝転がっていた。疲労で倒れ込んだせいか、絹のような滑らかな黒髪は乱雑に投げ出されていた。

 暗い部屋の中で、光源が一つ。舞姫のタブレット端末だった。舞姫はその画面をぼうっと眺めていた。

 ――寂しい。

 舞姫は心の中で呟いた。もう十年もの間、こんな生活を続けてきた。一花が恋しい。一花に会いたい。ここ最近は、その衝動が特に酷かった。

 画面に映し出された一花を眺める。一花のことを決して忘れないように。その顔を、声を、在り方を。決して風化させてはならない。

 しかし、記憶とは時と共に風化していくものである。十年という時は、ゆっくりとだが確実にの記憶を薄れさせていく。

 舞姫には、それがたまらなく怖かった。死ぬことは怖くない。辛いことも我慢出来る。しかし、記憶から一花が薄れていくことは耐えられなかった。

 舞姫は寂しさを誤魔化すために寝返りを打った。枕を抱き抱えて、舞姫は身を縮めた。こうやっていると、少しだけ恐怖が和らいだ気がした。

「一花……」

 その名前を呟く。もしかしたらあれは悪い夢だったのではないか。こうやって名前を呼べば、一花が返事をしてくれるのではないか。

「一花……」

 舞姫はそんな願望に縋るように、その名前を呟いた。しかし、それに答える声はなかった。部屋の中には、静寂が広がっていた。

 舞姫は途端に暗闇が怖くなった。暗闇は霧型によく似ている。こうしていると自分の体が暗闇に溶けてしまいそうな気がして、舞姫は慌てて電気を点けた。

 一花もこんな恐怖を味わったのだろうか。舞姫は何度も同じことを考えていた。出撃や訓練のとき以外では、舞姫は常に一花のことを考えていた。

 絶望に染まりきった一花の表情は今でも忘れない。忘れられなかった。一花は一体どれほどの絶望を抱えて霧型に呑み込まれたのだろうか。

 思い出す度に、胸が痛んだ。太陽のように明るい表情が曇った瞬間を。黒水晶のようなきらきらした瞳から光が失われた瞬間を。

 枕を抱く腕に力が込められる。一花を守れなかった己の無力さが悔しかった。何も出来ない自分が憎かった。

 もう十年も経つというのに、一花に関しての情報は一切得られていなかった。何の進展もなく、ただ時間が過ぎていくばかり。

 ――明日こそは。

 舞姫がそう思ったとき、チャイムが鳴った。もう午後十時である。突然の来訪者に、舞姫は心当たりがなかった。

 眠気を堪えて玄関のドアを開ける。そこにいた人物を見て、舞姫は目を見開いた。

「一花……?」

 一花がいた。舞姫にはそう見えた。しかし、眠い目を擦ってよく見てみると、そこにいたのは有希だった。

 舞姫はなぜ有希と一花が重なって見えたのか疑問に思った。同じ神速機装アクセルギアを扱うというだけではない。有希にはどこか、一花に通じるものを感じ取れた。

 それだけではなかった。目の前にいる有希は、一花よりも頼もしく見えた。それこそ、今度こそ信じていいのではないかと思えるくらいに。覇気に満ちた有希の姿は、舞姫にそう思わせるだけの力強さがあった。

「何の用かしら?」

 それでも、舞姫は心を閉ざそうとする。何度も大切な人を失ってきた舞姫は、その恐怖から一歩先に踏み出すことが出来なかった。

 そんな舞姫に、有希は手を差し伸べる。

「お願いがあって来たの。入ってもいいよね?」

「ええ……」

 話を聞くくらいならば良いだろう。舞姫はそう考え、有希を招き入れた。部屋の中は最低限の家具しか置いていないため、きちんと整頓されていた。

 有希は適当なところに腰掛けると、舞姫に向き直る。

「舞姫さん。私に、戦いを教えてほしいの」

「それなら、私である必要はないでしょう? 高城とか、他にも教えられる人はいるわ」

 舞姫は断ろうとするが、有希は諦めない。

「それじゃ駄目なんだよ。舞姫さんに見て貰わないと、一花ちゃんの目指すヒーローになれないから」

 厳しい表情の舞姫に、有希は神速機装アクセルギアを見せつける。

 確かに、有希の戦闘訓練を見ることが出来る者は多い。時間が空いているならば、高城に見て貰うのもいいだろう。沙耶や莉乃も有希に適切なアドバイスが出来たはずだ。

 しかし、それでは足りないと有希は考えていた。一花から託された想い。ヒーローになるにはどうすればいいのか。

 有希は遠藤から貰った一花の映像を何度も繰り返し見ていた。一花が己の身でヒーローの在り方を再現したように、有希もまた、一花の在り方を再現しようとしていた。

 有希は一花に託された想いに応えたかった。それならば、一花のことをよく知り、なおかつ地下シェルター内最強とされる舞姫に教えを請うのが一番だ。有希はそう考えていた。

「私はね、神速機装アクセルギアだけじゃない。その想いも、一花ちゃんから託されたんだよ」

「一花から、託された……?」

 首を傾げる舞姫に、有希は初めて神速機装アクセルギアを装着したときのことを語る。神速機装アクセルギアに込められた一花の想いが有希を試し、そして認められたことを。

 舞姫は有希の話を初めの内は信じられなかった。荒唐無稽にもほどがあると思った。しかし、有希の表情は真剣そのものであり、そこに偽りを見出すことは出来なかった。

「だから私は、一花ちゃんのためにも強くならないといけないんだよ」

「一花の、ために……」

 舞姫は有希の顔を見つめる。身長も顔付きも一花とは違うのに、なぜだか有希の姿が一花の姿と重なって見えた。一花から想いを託されたということが本当のことのように思えてきた。

 今度こそ信じて良いのだろうか。舞姫はまだ悩んでいた。有希は同じオリジナルの機装を扱う地下シェルターの主戦力である。死ぬ可能性も高いだろう。

 大切な人を失う恐怖。それは、舞姫の心に深い傷を付けていた。その傷を癒すのは容易ではない。治せるとしたら、それこそ一花を助け出したときだろう。

 躊躇している舞姫に対して、有希は手を差し出した。その恐怖から救い出したい。そんな想いを込めて。

 有希は舞姫の事情を少しではあるが知っていた。クロエから聞いたのだ。舞姫と仲良くなりたいと言った有希に対して、クロエが難しい表情をしながらそれを教えたのである。

「舞姫さん。この手を取って」

 差し出された手を見て、舞姫はこの手を取りたいという衝動に駆られる。一花を失ってからずっと寂しい日々が続いていた。それから逃れたいとも思っていた。

 目の前にいる少女は、一花から想いを託されたと言う。それが真実だと舞姫は考えていた。ならばこそ、手を取るべきだろう。

 だが、まだ踏ん切りがつかなかった。手を動かそうとすると、失うことの恐怖を思い出してしまう。両親や一花の顔が頭の中に浮かび、手が震えるのだ。

 そんな舞姫を見て、有希は最後の一押しをする。

「大丈夫。私は、死なないから」

 そう言った有希の姿が、再び一花と重なって見えた。もはや、これは偶然ではないのではないか。舞姫はこれは運命だと思った。

 かつて、一花を失ったときに自分は運命を否定した。だが、それでも信じたい。信じてみたい。そんな思いから、舞姫は震える手で有希の差し出した手を取った。

「あ……」

 暖かい。舞姫はそう思った。思えば、もう十年もの間、人肌に触れていなかった。有希の手は暖かくて、優しかった。

 途端に感情が涙となって溢れだしてきた。今まで抑えてきた感情は、一度溢れると止まらなかった。

 舞姫は有希の顔を見る。涙で滲んだ世界の中でも、有希の微笑みはよく見えていた。もっとその温もりを感じたくて、舞姫は有希の体を抱きしめた。

 しばらく泣いた後、舞姫は有希から体を離した。散々泣いてしまったが、有希はずっと頭を撫でてくれていた。

「有希……」

 舞姫は名前を呼ぶ。その感覚を確かめるように。これが夢ではないのだと確認するように。

 舞姫は決心する。この少女を、有希を信じてみようと。

「……戦闘訓練の面倒なら、いくらでも見てあげるわ」

「ありがとう!」

 有希の表情が太陽のように明るくなった。舞姫はそれを見て微笑む。

「でも、二つだけ。私からもお願いを良いかしら?」

「うん、どんなこと?」

「一つは、絶対に死なないこと。また失ったら、今度こそ立ち直れないから」

「それなら大丈夫だよ。舞姫さんに訓練して貰うんだし」

「そうね。じゃあ、二つ目のお願いなんだけど」

 舞姫は言葉をそこで切ると、ベッドの方に視線向ける。

「今夜だけで良いから、添い寝をしてほしい」

「添い寝?」

 首を傾げる有希を見て、舞姫は慌てる。

「これは、その……無理だったら、断ってくれても……」

「いいよ」

「……えっ?」

「添い寝、するよ」

 有希が優しく微笑む。舞姫の寂しそうな表情を見たら、断れるはずがなかった。

 舞姫は有希の暖かさを抱きしめながら眠りについた。久々に感じる人の温かさには優しかった。有希を抱きしめて眠る舞姫は、とても穏やかな表情をしていた。

 こうして、舞姫は長い孤独から解放された。

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