70話 助言
出撃から帰還すると、有希は疲労のあまり、部屋に戻るなりすぐにベッドに倒れ込んだ。ぽふりと顔を枕に押し付けて、有希はため息を吐いた。
時刻は午後三時を過ぎたところである。軽く仮眠を取ってから、戦闘訓練をしようと有希は考えた。
有希は最近悩んでいた。以前は、唯もなんだかんだで会話をしてくれていた。多少の距離感はあったものの、嫌われているわけではないというのは伝わってきていた。
しかし、初陣の後からそれが変わってしまった。唯はまるで舞姫になってしまったかのように、周囲の人間と関わるのをやめてしまったのだ。
もちろん、話しかければ返事をしてくれるのだが、それはあくまで出撃に関する内容のみである。雑談とかをしようとしても、唯は凍えるような視線で有希を見つめる、もとい睨んでくるだけだった。
何がいけなかったのか。有希は考えずとも見当は付いていた。自分があの蜘蛛型に負けてしまったことが、何か唯に嫌われることに繋がってしまったのだろう。
だが、その何かが有希には分からなかった。ただ弱いからという理由では、切り捨てられるとは思えなかった。有希が弱かったほかに、唯を刺激するような何かがあったはずだ。
考えても、分からなかった。だから先ずは、既に分かっている要素を取り除く。戦闘訓練を重ねることで、少しでも強くなることだった。
遠藤から貰った一花の動画は、同じ神速機装を扱う有希にとってこれ以上ないほどの教材だった。
体の動かし方や立ち回り、息遣い。槍をどのように扱うか。一花の動きは全てが洗練された、もはや一つの武術体系になっていると言っても過言ではなかった。
あらゆる動きに学ぶところがあり、有希はそれ全てを己のものにしようと動画を何度も見返した。その結果、体の動かし方は以前よりも格段に良くなっている。
余談だが、舞姫も同じ動画を持っていたりする。模擬神速機装をやるために、舞姫は有希以上に一花の動画を見ていた。
有希の動きは格段に良くなってはいるのだが、一つだけ問題があった。神速機装の扱いについてである。
有希は適応率も高く、オリジナルの機装を扱うには何の問題もない。しかしなぜだか、舞姫や唯と比べるとその能力を上手く引き出せていなかった。そこには、二人と唯の心構えの差があった。
舞姫は、一花を助けるという明確な信念があった。己のみを省みずに、殲滅機装の能力を引き出している。
唯は、自分が一人でも戦えるということを証明するために戦っていた。その強力な信念は、しっかりと結果の伴ったものである。
対して、有希の場合は違った。憧れから適応率を引き上げたものの、神速機装を扱い切れていない。一花に憧れて神速機装を扱うまでは良い。その先、戦場において必要な信念が有希には欠けていた。
有希は、そのことに気付かない。故に、能力を引き出しきれなかった。今の有希に出来ることは、ひたすら戦い続けることだけであった。
仮眠を取った後、有希は戦闘訓練場へ向かった。
「あ、有希さん。こんにちは」
「やっほー有希っち!」
そこには沙耶と遥がいた。二人はこれから戦闘訓練をするところだった。
「よろしければ、有希さんも一緒にどうですか?」
「いいの?」
「もちろんですよ」
「有希っちなら大歓迎だよ!」
「ありがとう」
有希は二人と共に訓練をすることになった。自分と同様に、強さについて悩む二人と共に。
戦闘訓練での沙耶は強かった。部隊長用に強化を施されているにしても、元々は量産型機装である。オリジナルの機装をもとにどうにか作り上げて量産したため、能力はオリジナルには及ばない。
しかし、沙耶は量産型機装であろうと関係ない、と言わんばかりの戦い振りを見せた。沙耶は銃剣機装を扱い、有希が苦戦する蜘蛛型を容易く葬っていく。
沙耶は既に、自分の信念を見出していた。自分は役に立ちたい。強くなって、地下シェルターの皆を守りたい。単純ではあるが、だからこそ重要だった。明確な信念は、確実に力になる。
そんな沙耶の変化を、常に隣にいる遥は気付いていた。最初は僅かな違和感程度だったものが、今ではこうして明確な差となっている。
遥の機装は救護機装である。耐久力と速さを重視したもので、装備も銃型のため、援護に回ることが主だ。
速さを主としているのに、遥よりも沙耶の方が早かった。蟷螂型の鎌を銃剣で受け止めるなど、防御も優れている。
同じ量産型機装でも、大きな差が出ていた。もはや、沙耶の実力は量産型機装を越え、オリジナルの機装に近かった。
訓練を終えると、三人は待合室で休憩する。
「ねえ、沙耶っち」
「なんですか?」
「最近沙耶っち変わったよね。なんか、堂々としてるというか、なんというか」
「分かりますか?」
「もちろん! 年中どこでも沙耶っちの隣にいる私は、沙耶っちの全てを把握しているのだ!」
「……はあ」
沙耶がため息を吐いた。
「ちなみに有希っち」
「ん、なに?」
「去年の間に沙耶っちのバストは三センどふぁ!?」
「やめてください」
沙耶が顔を赤くしながら遥の頭を叩いた。遥は大げさにリアクションを取った。
しかし、遥はめげずに再度アタックを仕掛ける。
「だってほら、この手に伝わる感触は確実に大きくなってるよね? うん、柔らかどふぁ!?」
沙耶が顔を真っ赤にしながら再び遥の頭を叩いた。遥は大げさにリアクションを取りつつも、沙耶の胸から手を離さないあたりはさすがである。
「話を戻すけどさ」
「話を戻す前に手を戻してください」
「ちぇー」
唇を尖らせながら、遥は渋々といった様子で手を戻した。
「沙耶っち、最近強くなったよね。何かあったの?」
「そうですね……何かあったというよりは、心構えが変わったくらいですね」
「心構え?」
遥と有希は顔を見合わせて首を傾げた。二人は戦闘訓練は行っているものの、心構えに関してはほとんど考えてこなかった。
そんな二人に、沙耶は尋ねる。
「二人には、戦う理由はありますか?」
「戦う理由? うーん、なんだろう。分からないや」
遥は考えるも、すぐには浮かばなかった。
「私は、なんで戦ってるんだろう……」
有希もまた、答えが出てこなかった。
あれこれと悩む二人に、沙耶は自分がクロエからアドバイスされたことを教える。
「戦うための明確な理由を見つければ、きっと強くなれますよ。とだけ、言っておきますね」
沙耶はそう言って微笑んだ。




