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機装少女アクセルギア  作者: 黒肯倫理教団
五章 The girl who fights lonely

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69話 誕生

 十年前のその日、世界が崩壊した。

 一花たちが抑えきれなくなったため、イーターは次々と数を増やしていく。当時の世界にはイーターに対抗する術がなく、数日と待たずに地球はイーターの巣窟となってしまった。

 唯一生き残ったのは、機装という兵器を持っていた高城たちだった。一花を失い、七海が変身できなくなってしまったのだが、その欠損を補うべく舞姫が奮闘した。

 今は大分落ち着いてはいるものの、当時の舞姫は滾る殺意に身を任せて戦っていた。危険な戦い方だったが、戦力としてだけ見れば最上級だった。

 そのおかげで時間を稼ぎ、地下シェルターという安全地帯を作り上げることに成功したのだ。

 地下シェルターには大勢の人間が避難してきた。時には舞姫や高城が捜索隊を率いて生き残りを探し回ったりもした。状況が状況のため、生き残りはほとんど見つからなかった。

 捜索は地下シェルターが作られてから三年ほど続けられた。東條の才能が開花して量産型機装イミテートが出来たため、捜索の際の安全度も格段に上がっていた。

 ある日、高城はいつもと同様に捜索隊を率いて生き残りを探していた。年々見つかる生き残りの数は減っていき、ここ数ヶ月では一人も見つかっていなかった。

 そろそろ潮時かもしれない。高城がそう考えていた矢先に、隊員の男性兵士が慌てて報告にやってきた。

「報告! 生存者一名、発見しました!」

「でかした! 案内してくれ」

「了解!」

 男性兵士に案内されて生存者のもとまで行くと、高城は自分の目を疑った。そこにいたのは小さな女の子だったからだ。気が弱いのだろうか、高城を見て小さく悲鳴を上げた。

天川あまかわ、頼む」

「了解」

 さすがに自分では無理だろうと判断して、高城は近くにいた部隊長に女の子の相手を任せた。

 少女――天川千佳あまかわちかは、当時一つしか部隊がなかった頃の部隊長である。量産型機装イミテートの完成にあたって適応率テストをしたところ、彼女が八十二という最も高い数値を叩き出したのだ。

 高城は天川と女の子の会話を少し離れたところで聞く。女の子は陣内唯という名前らしく、齢はまだ七歳だった。

(まさか、こんな女の子が一人で生き延びるとは……)

 有り得ない。高城はそう思った。この世界は生身の人間が生きて行くには厳しい世界である。不可能とまではいかずとも、経った年数を考えると、確率は限りなくゼロに近かった。

 まして、それをやってのけたのは小さな女の子である。とても過酷な世界で生き延びられるようには思えない、か弱そうな見た目をしていた。気も弱いらしく、男性兵士が相手だと泣き出してしまうくらいだった。

 高城は疑問に思い、さきほど高城を案内した男性兵士に尋ねる。

「あの女の子は、救助されたときはどこにいたんだ?」

「あそこにある、瓦礫の下です」

 視線を向けると、周りよりも一際大きな瓦礫の山があった。

「あの瓦礫の下が大型デパートの地下になっていました。中は奇跡的に崩れなかったため、そこで暮らしていたようです」

「地下は食料品売場か?」

「はい」

「なるほどな……」

 よほど運がいいのだろう。高城はそう思った。

 唯を連れて地下シェルターに戻る。そこは安全地帯ではあるが、親のいない唯にとっては心細かった。そういった子どもたちが集まる施設はあったが、唯はそこに行きたくないと言った。

「高城隊長。もしよろしければ、私に唯の面倒を見させてもらえないでしょうか?」

 天川が提案した。高城も、唯は天川によく懐いているし良いだろうと判断した。

「わかった。その子を頼む」

 そして、天川と唯の生活が始まった。

 唯は常にイーターに震えながら生活をしていたため、初めの頃はあまり言葉を発さなかった。その代わりに愛情を求め、天川に頭を撫でてもらうなどの愛情表現を好んだ。

 天川は部隊長であり、部隊は当時一つしかなかったため、仕事で家に帰れない日も多々あった。だからこそ、空いている日は極力、唯のそばにいてあげることにしていた。

 そうしてスキンシップを取っていると、唯は徐々にだが言葉を話すようになり、十歳になる頃には普通に会話を交わせるようになっていた。

 そのころの唯は、天川に仕事の話をよく聞いていた。どんな仲間がいるだとか、どんな戦いがあっただとか。娯楽の少ない地下シェルターにおいて、天川の話は唯の楽しみだった。

 仕事を終えると、自分の頭を撫でながら色々な話をしてくれる。唯はそんな天川のことが大好きだった。

「千佳お姉ちゃんは、どうして戦うの?」

 ある日、唯は尋ねた。ちょっとした疑問だった。

「私? うーん、そうだね……」

 天川は少し考えて、言葉を選びながら唯に言う。

「私はね、守りたいから戦うんだ」

「守りたいから?」

「そう。仲間たちを守りたい。地下シェルターを守りたい。唯を守りたい。そんな気持ちから、私は戦っている」

 ぽん、と唯の頭に手を置いた。優しく撫でると、唯はくすぐったそうにする。

「だから、唯にも守りたいものが見つかると良いなって。そう思ってる」

 そう言って微笑む天川はとても頼もしかった。

「わたしも、守りたいものを頑張って見つけるね!」

 唯は心から、自分もこんな立派な人になりたいと思った。

 しかし、その翌日。天川は戦死した。

 その知らせが唯に届いたのは、その日の夜のことだった。天川の帰りが遅く心配していると、一人の少女が唯を訪ねてきた。

 少女は唯よりも少し年上くらいに見えた。機装部隊ギアフォースに入隊して一年目の、新米機装少女である。

「ごめんなさい!」

 突然謝り始めた少女に、唯は何が何だか分からなかった。なぜ、この人は頭を下げているのだろうと思った。

 ドアを開けると、名も知らぬ少女が泣いていたのだ。ぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら、唯を見るなり頭を下げたのだ。

「天川隊長は、私のミスを庇って、戦死、されました……」

 涙声で必死に言葉を紡ぐ。一瞬、唯は何が何だか分からなかった。当時十歳の唯に対して、余りに酷な現実だった。

「せんし? せんし、せんし……」

 言葉が思い浮かばず、何度か呟く。

「……戦死」

 浮かんだ途端、何かが崩れた音がした。あまりのショックに立っていられず、唯はその場にへたり込む。

「なんで……?」

 なぜ、千佳お姉ちゃんが死ななければならないのか。唯には訳が分からなかった。

 大切な人が死んだ。その言葉には、まだ現実味がなかった。だが、目の前で泣きじゃくる少女を見れば、それが現実なのだと思い知らされる。

「ごめん、なさい……」

 少女は再度謝った。

 その時、唯の頭には天川の言葉が浮かんだ。

『私はね、守りたいから戦うんだ』

 その結果がこれだった。何も失いたくない。皆を守りたい。その思いは結果的に、唯の心に大きな傷を付けることになってしまった。

 天川の信念は立派だった。だが同時に、それが危険なものであると、唯は気づいてしまった。もし天川がそんな信念を持っていなければ、仲間に足を引っ張られて死ぬことはなかった。

 そこで、唯の思考は暗い方向へ向かってしまう。

 もしこの少女がいなかったら、千佳お姉ちゃんは生きていたはずだ。この少女が弱いから、千佳お姉ちゃんの足を引っ張った。

 ――許せない。許せない。許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せないッ!

 唯の怒りはピークに達していた。目の前の少女が憎かった。天川を奪った少女が憎かった。

 少女は唯から向けられた憎悪の視線に、怯えるように身を縮めた。

「お前がいなければ、千佳お姉ちゃんは死ななかった! お前のせいで……」

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 少女とて、覚悟はしていた。自分がミスさえしなければ天川は死ぬことはなかっただろう。天川は実力もあるため、戦場で死ぬことはまずないだろうと少女は思っていた。

 そのため、如何なる罵倒であろうとも受け止める気で唯のもとを訪れた。しかし、唯からぶつけられた感情は想像以上であった。

「本当に、ごめんなさい……」

 故に、少女は泣きながら謝ることしかできなかった。緩されることはないと知りながら、罵倒されることで唯の辛さが少しでも軽くなるならば。その一心で、少女は耐え続けた。

 しかし、唯は止まらない。激情に身を委ね言葉の限りを尽くして少女を罵倒する。お前さえいなければと、少女の存在をも否定する。

 十歳の唯に、その怒りを抑えるということは出来なかった。

 やがて声が枯れるほど罵倒をした後、少し追いついてきた唯は、しかし少女に声をかけることもなくドアを閉めようとする。

「待って!」

 それを少女が引き止める。唯の腕を掴んで、涙ながらに言う。

「私は、あなたの大切な人を、奪って、しまいました……」

 とても辛そうに、少女は言葉を紡ぐ。

「だから、責任をとらせて、ほしいんです。あなたの面倒を、私に、見させてほしいんです」

 少女なりの償いだった。失ってしまったものはもう戻ってこない。しかし、それではあまりにもこの子が可哀想だ。

 だから、どれだけ憎まれてもいい。自分はこの子のために尽くそう。それが、少女なりの償いだった。

 唯は掴まれた腕を少し見つめた後、その手を振り払った。

「いらねーよ」

「そんな……」

 振り払われた手を呆然と見つめて、少女は固まってしまう。償いも許されないならば、自分にどうしろというのか。

「でも、その歳で一人だなんて、大変ですよね……?」

「勘違いすんなよ」

「え……?」

「お前みたいなのと暮らしてなんになるんだよ。足手まといなんていらねーよ」

 唯は突き放すように言った。絶望に染まる少女のことも気にせずに、唯は言い放つ。

「お前なんかがいなくてもわたしは……あたしは、一人で生きていけるんだよッ!」

 唯は少女を思いっきり突き飛ばしてドアを閉めた。外からしばらく聞こえていた泣き声は、やがて消えた。

 こうして、現在の唯が生まれた。

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