66話 変化
覚悟を決めた唯の力は凄まじかった。一人で戦う。その言葉を口にした唯は、今までの中途半端な状態からの脱却を果たし、動きに迷いがなかった。
唯の戦闘の特徴はその攻め方にある。群としてではなく個としての実力を最大限に発揮できるように、他者が真似できないような、他者が近寄れないような猛攻を唯は好んだ。
自分の横に立たせなければいい。仲間に相応の実力がない限り、自分は一人で戦える。
事実、唯の戦闘は苛烈なもので、部隊長クラスの人間でも近くにいると巻き添えを食らいかねない。そうして一人でしか戦えない状況を唯は意図して作り出していた。
一人で戦う。それはあまり好ましくない戦い方ではあるが、その言葉を強引に肯定させるだけの実力が今の唯にはあった。蜘蛛型との戦いを見守るクロエは、近接戦闘なら舞姫にすら並ぶかもしれないとさえ評価していた。
しかし、同時にその戦闘スタイルは死を招くであろうこともクロエは悟っていた。一人で敵陣に突っ込み、味方が援護できないほどに暴れるため、非常に危険であった。
それに加え、唯は自身への負担を全く考えていなかった。一撃一撃に必要以上の力を込めて、乱暴に叩きつけていた。攻撃方法としてはこの上ないほどの威力を誇っている。だが、機装の力を使うとには脳に相当の負担がかかる。
唯は荒れ狂う風の如く、激しい攻撃で蜘蛛型を圧倒する。有希の槍ではかすり傷がやっとだったが、唯の爪が振るわれる度に蜘蛛型の足が切り落とされていく。
やがて残ったのは、足を全て切り落とされて攻撃する術を失った蜘蛛型と、歯を剥き出しにして獣のような獰猛な笑みを浮かべる唯の姿だった。
「そろそろくたばれよ」
唯は爪を振り下ろす。頭を切り落とされた蜘蛛型は、ついにその生命活動を停止させた。
唯はふうっと息を吐き出した。心臓がバクバクと力強く脈動していた。戦いで火照った体にはじんわりと汗が滲む。
「これで終わりかよ」
つまらない、といった様子で愚痴る。覚悟を決めたことによって唯は高揚していた。この感情の高まりをもっとぶつけたいと思うものの、蜘蛛型は既に力尽きている。
仕方なく、唯は自分の心を静めることにする。大きく深呼吸をして冷静になると、クロエに通信を入れる。
「クロネコ、この後はどうすればいいんだ?」
『ゲートを破壊してくれ。それで任務完了だ』
「わかった」
唯はゲートを見据える。さっきまでは不気味に感じていたはずだったが、今見てみるとただの的のようにしか思えなかった。感情の変化のせいか、恐怖を感じなくなっていた。
爪で切りつけると、ゲートは文字通り霧散した。戦いは終わり、静寂が訪れる。
唯は機装を解除すると装甲車に戻る。中では有希が痛みに呻いていた。少し時間が経ったために泣き叫ぶことはなかったが、それでも痛みが収まったわけではない。涙をぼろぼろとこぼしながら、有希は寝転がっていた。
(……あたしには、もう関係ねーんだ)
有希のことが気になるも、唯は声をかけなかった。唯は席に座ると目を閉じた。
しばらくして、装甲車は地下シェルターへ到着する。帰還した二人を出迎えたのは、今日は非番だった男性兵士たちである。
彼らに運ばれて有希は医務室へ向かう。本来、機装の治癒能力があるため機装少女は治療を必要としない。だが万が一のこともあるため、怪我をした場合は万全の体制で管理することとなる。
過剰とも取れる管理だが、それだけ、現在の地下シェルターにおいて戦える人員という存在は貴重だった。特に最近では半数を失うという最悪の痛手を負ってしまったため、なおさらである。
機装の持つ治癒能力のシステムに関しては全てが解明されているわけではない。失った四肢や臓器が再生されるなど奇跡とも言える回復能力を如何にして生み出したのか、それを詳しく解明できればさらなる発展を望めるだろう。
地下シェルターに避難して最初に行われた研究が機装の量産である。その過程で最も困難だとされたのは治癒能力の解明であった。
高城がかき集めた研究者たちはオリジナルの機装をもとに毎日のように研究をしていたが、誰もが治癒能力だけは無理だと言い放ったのだ。他の能力とは違い、治癒能力だけは他よりも遥に難解だった。
そのため、当初の予定では量産型機装は治癒能力の欠けた状態で、完全にオリジナルの劣化版として量産される予定だった。
それを食い止めたのが東條である。彼女は地下シェルターに避難してきたときはただの一般人だった。それ以前に何か功績があるわけでもなく、地下シェルターに避難したのもたまたま近くにいたところを助けられただけである。
当時は大学生だった東條は研究者を志していた。能力面は平凡としか言いようがなかったが、助手としては十分だろうとのことで、研究区域で働くことになった。
東條がその才能を開花させたのは、助手になって一年ほどが経過した時だった。治癒能力に関して全ての研究者が行き詰まってしまい、不可能ではないかとされ始めた頃。行き詰まった研究者が試しにと東條に資料を渡したところ、恐ろしいほどの速さで治癒能力の解明を始めたのである。
その結果、東條は最終的に治癒能力のシステムを量産型機装に組み込めるようにその仕組みを図式化させた。これを期に、東條は地下シェルター内最高の頭脳であると自他共に認める存在となった。
しかし、その東條は行き詰まっていた。研究に関してはまだまだやれることは多い。東條が悩んでいるのはイーターを出し抜く何かをどうやって作るかである。
「――これもだめだッ!」
書き上げた図式を雑に払いのける。図式はひらりと少しの間空宙を舞った後、床に散らばる紙と同化した。
研究室には大量の紙が散らばっていた。武器や装甲などといったもののアイデアと図式が大量に書いてあり、それらは全て有用なものである。どれをとっても地下シェルターに大きな変革をもたらせるであろう開発だった。
しかし、東條はそれでは満足しない。
「これもだめだッ!」
あの日から東條はずっと研究室にこもっていた。それこそ、鈴木が食料や飲料を届けなければ餓死してしまうのでは、というくらいに研究以外のことに関心を示さなかった。事実、三日ほど外を出歩かなかった東條を心配して鈴木が訪ねたとき、出迎えたのは目に隈が出来てかなりやつれた東條だった。
東條は鬼気迫る表情で開発を続けていた。いくら考えても解決策が見つからない。頭脳に絶対の自信を持っている東條にとって、これほど悔しいことはない。
イーターにはまだまだ余力があった。こちらに合わせて戦力を調整しているのは、まるでゲームでもやっているかのようだった。自分がどれだけ本気で戦っても、相手は遊び感覚なのだから救われない。
「これも、これも、これもだめだッ!」
東條は叫ぶ。己の無力さが悔しかった。イーターに踊らされている現状は東條のプライドが許さない。しかし、現状を打破するのはほぼ不可能に近い。
「必ず、やつらを叩き潰してやる……!」
東條はギラギラと闘志を燃やしながら、再び開発を始めた。




