63話 出撃
翌朝。
七海の予想していた通り、有希は寝坊をしていた。集合時間に遅れるほどではないが、朝食の時間は取れそうになかった。
「おい、有希! 早くしないと置いてくぞ!」
「あとちょっと!」
唯が言うと、慌てて準備を整えながら有希が言った。
「ったく、なんで昨日の内に準備しねーんだよ……」
唯は呆れる。唯は既に朝食も終えていたため、今は有希を待つだけである。腕を組んで待っていた。
「おまたせ!」
「はあ……」
こんなのと一緒に戦うのかと思うと、唯は先が思いやられた。
ともあれ、準備を終えた二人は寮を後にすると、上層へのエレベーターに向かう。
初陣ということで唯は緊張していた。恐らく有希は緊張していないのだろうと思い視線を向けるが、その予想は外れた。
有希の表情は真剣そのものだった。普段の有り余るエネルギーはどこへ行ってしまったのか、やけに落ち着いて見えた。
だが、有希は緊張していないというわけではない。むしろ、緊張を忘れようとして脱力していた。端から見れば真剣に見えるその表情も、付き合いの長い人が見れば緊張しているのだと分かる。
これから始まるのは命を賭けた戦いである。機装部隊として戦えることを嬉しく思う反面、不安でもあった。訓練は無事終えることが出来たが、その実力は未熟だ。
今の有希は、神速機装の能力をあまり引き出しきれていない状態である。その戦闘能力は沙耶のような部隊長クラスよりも低く、量産型機装を装備した一般兵と同じくらいだ。
今の自分が戦えるのだろうか。役に立てるのだろうか。そんな不安があった。
歩いていると、前方に人影が見えた。有希はその姿を見ると、表情をぱっと明るくさせてその人物に駆け寄る。
「七海お姉ちゃん!」
勢いをそのままに抱きつくと、そっと抱きしめられた。優しく暖かい七海に触れ、有希は心から安心できた。
「七海お姉ちゃん、おはよう」
「おはよう、有希」
七海はそう言いながら有希の頭を優しく撫でた。有希はくすぐったそうに微笑む。
「お見送りしてくれるの?」
「うん。有希の初陣だし、ね」
初陣、という言葉を聞いて有希の表情が少し固くなる。七海と会ったことで緊張は解れたみたいだが、まだ少し不安があった。
七海はそんな有希に包みを手渡した。
「はいこれ。朝食べてないでしょ?」
「ありがとう!」
有希が目をキラキラ輝かせながら包みを受け取る。嬉しそうに笑みを浮かべる有希を見て、七海も嬉しくなった。
「おい、有希。そろそろ行くぞ?」
唯に声をかけられ、有希は頷く。
「七海お姉ちゃん、ありがとう」
「どういたしまして。頑張ってね」
「うん!」
有希はすっかり元気を取り戻していた。七海と会話をしたおかげで、先ほどまでの不安もどこかへ消え去っていた。
七海と別れてエレベーターに乗り込む。唯の方に視線を向けると、真剣な表情で何かを考えていた。手を強く握っている姿は震えを押さえているように見えた。
上層に着くと、高城が二人を出迎えた。
「おう、昨夜は眠れたか?」
「うん、大丈夫だよ!」
「子どもじゃねーんだからよ……」
唯は不満そうに言うが、高城からすれば二人はまだ子どもである。十四歳という若い二人が戦いに行くというのだから、心配するのは当然のことだった。
「今日の任務はゲートの破壊、及び周辺のイーターの掃討だ。南へ五キロ、移動時間は安全を考えて三十分を取る。何か質問はあるか?」
「はい!」
「有希、どうした?」
「あの機械はなに?」
有希が指さした方向には、大きな機械があった。戦車のような頑丈な装甲が付いているが、車輪はゴム製のタイヤである。また、上には巨大な砲台が付いていた。
先ほどから高城の後ろで存在感を放っていたため、有希も唯も気になって仕方がなかった。
「これは移動用の装甲車だ。さすがに移動まで変身していたら疲労がキツいだろうからな。体力温存のために作られた機械だ」
興味津々といった様子で眺める有希に、高城は説明を続ける。
「それに、機装の無い男性兵士だと歩みが遅くてな。舞姫みたいな一人で動くのは例外だが、基本的に出撃の際はこれを使うことになる」
「そういえば、最近は舞姫さん見ないけど、どうしたの?」
ふと、有希が疑問に思った。まだ入ったばかりの二人には、新種のイーターによって二つの部隊が壊滅したことと舞姫が倒れたという事実は伝えられていない。伝えてしまうと、これから先の戦闘に不安を抱いてしまうからだ。
「あー……あいつは最近頑張りすぎてるからな。少し休暇を取らせた」
高城はそう誤魔化す。騙すにしては雑だったが、有希はなるほどと頷いていた。
だが、唯はその言葉が嘘であると見抜いていた。最近、寮内の人数が大幅に減ったことも考えると、かなりの人数が命を落としたのだろうと考えた。
頭がお世辞にも良いとは言えない有希には誤魔化せたが、割と頭の良い唯は気付いてしまった。新種のイーターが現れた、というところまではまだ気付いていないが、この任務が終わったら調べてみようかと唯は考えていた。
「他に質問はあるか?」
「この装甲車も東條さんが作ったの?」
有希が尋ねると、高城は頷いた。
「ああ、そうだ。便利だろう? これは東條が移動の際に必要だろうと言って開発したやつだ。詳しい知識もないのに、一から作り上げたんだ」
説明を終えて、ふと、昨日の会議での東條の姿を思い出す。悔しさのあまり涙を流した東條の姿が気になるが、今は有希と唯のことに集中しなければ。
高城は後で東條の研究所に様子を見に行こうと決め、頭を切り替える。
「戦闘はクロエが通信でサポートする。装甲車の砲台は自動だが、戦力としてはあまり期待しないでくれ。ほかに質問はあるか?」
高城が尋ねると、二人は首を振った。高城は手元の端末で時間を確認する。
「さて、そろそろ時間か……装甲車に乗り込んでくれ」
高城に促され、二人は中に入った。中は一部隊を運ぶだけあって広く、二人だけではやや寂しく感じた。
『お、来たみたいだな』
装甲車の天井にあるスピーカーからクロエの声が聞こえた。
『装甲車には目的地のデータを転送してあるから、三十分したら着くだろう。それまで、戦闘に備えて体を休めといてくれ』
「了解!」
「ああ」
二人は頷く。すると、装甲車が動き出した。装甲車はエレベーターに入り、地上へ向かう。
有希は席に着くと弁当の包みを開ける。有希の好物を沢山詰め込んだ弁当に、有希は目を輝かせた。
装甲車は地上へ出ると、目的地へ向かう。




