61話 到達
舞姫の出撃から一週間が経過した。
第一部隊と第四部隊の壊滅は、機装部隊にとってかなりの痛手となっていた。二つの部隊しかない現状では、戦闘をするにしても休みが取りにくくなってしまう。
生き残った者たちは部隊が壊滅してしまったために待機状態になっている。一先ずは形だけでもと、高城の指導の下に部隊を再編成することとなった。
しかし、もともとの数が少なすぎた。最低限の戦力を確保しつつ振り分けるとなると、やはり第二部隊までしか作ることが出来なかった。
第一部隊は篠山莉乃が引き続き部隊長を勤め、その下に第四部隊長であった辻本紬を副隊長として任命した。
第二部隊は柚木沙耶を部隊長とし、その下に遠先遥を副隊長として任命した。
兵士の方は均等に分けられているが、生き残りの機装少女は部隊長を除くと銃剣機装が三名、救護機装が一名、工作機装が一名と半端な数となっていた。第一部隊長である篠山と第二部隊長である沙耶の経験の差から、沙耶の方には銃剣機装が二名と工作機装が一名と一人多く配属されることとなった。
こうして一先ずは問題を解決することは出来た。だが、新種のイーターへの対策はまだ出来ていない。そのための会議が、中央塔で行われる。
会議室にいるのは高城、遠藤、東條、鈴木、沙耶、クロエの五人と一匹である。
皆が円形のテーブルに座り、向かい合っていた。例外として、高城の秘書を務めている遠藤は高城の斜め後ろに立っている。
「本日の定期会議は、新種のイーターへの対策を話し合う。獅子型や蜻蛉型にどう対応していくか、何か意見があるやつはいるか?」
高城が問いかけると、東條が挙手をした。その表情は普段の気怠げなものと違い真剣で、彼女が本来持つ鋭い美貌を取り戻させていた。
高城に促されると、東條は赤いフレームの眼鏡をくいっとかけ直した。
「私はあれから戦闘データを解析し、新種のイーターの脅威度を検証した。結果は予想以上に悪いものだった」
東條はモニターに旧第一部隊と旧第四部隊が新種のイーターと交戦しているところを映し出した。
こちらが一方的に蹂躙されている光景に各々が辛そうに顔をしかめる。
「見た通り、現状の戦力では新種のイーターには対応出来ない。オリジナルはともかく、量産型機装に関しては武器の性能も装甲の強度も全くと言っていいほど足りていないっ!」
拳をテーブルに叩きつけ、東條は悔しそうに歯軋りをした。その体は微かに震えていた。
自身の作り上げた量産型機装では新種のイーターには全く歯が立たない。十年に渡る研究の殆どが否定されてしまったように思えてならず、己の無能さを嘆いた。
「だが、量産型機装を強化しようにも、それを扱える人材もいない。強化機装のような、適応率に関わらず扱えるようなものになると、今度は性能が足りない」
何も思いつかない。現状では手詰まりである。それが、東條の現時点での答えだった。
「現在は獅子型と蜻蛉型のパーツを解析中だ。そのデータを基に、低い適応率でも強力な機装を扱えるように効率化を目指す。現時点では、それ以外に方法はないと思う……」
その表情には自信が全くない。ポジティブで自信家であるはずの東條がここまでネガティブになっているのは、量産型機装が役に立たなかったことがよほど堪えたのだろう。
最初、真剣に見えたその表情は、自信を喪失して普段の笑みや気怠げな様子が無くなっていただけだった。
東條の研究者としての能力は地下シェルター内でも頭一つ抜けている。あらゆる場面においてその実力を発揮してきた東條が、これほどまでに自信を喪失してしまっている。その事実が、どれほど事態が深刻なのかを皆に思い知らせる。
そこで、鈴木が口を開いた。
「で、でも……今まで獅子型や蜻蛉型なんていなかったじゃないですか。もしかしたら今回は運が悪かっただけで、実はもう現れなかったり……」
「それはない」
鈴木の言葉を遮り、高城が断言した。その表情は険しく、鈴木は押し黙る。
「俺は、これを機にイーターは全力で俺たちを追い込みに来ると考えている」
高城はそう言い放った。顔の前で組み合わせられた手には力が込められていた。
クロエはなぜ高城がそう断言するのか分からず、首を傾げる。
「なんで、そう思うんだ?」
「勘だ」
「なっ……」
クロエは高城の回答に絶句する。だが、高城の表情は真剣で、適当なことを言っているようには思えなかった。
だが、その答えに食らいつく者が一人。鈴木である。自分の考えを即座に否定されたというのに、その高城の考えには根拠がなかった。
「なら、なんで僕の意見を否定できるんですか?」
なぜ自分の考えを否定できるのか。そこにどのような理由があるのか。鈴木は高城に尋ねる。
別に、鈴木は高城に反発しているわけではない。鈴木は指導者としての高城を尊敬している。高城が考えもなく断言するような人間でないことも分かっている。だからこそ、理由が欲しかった。
鈴木は高城の考えに反対するつもりはない。むしろ、楽観的な自身の考えを否定されるのはありがたかった。自身の甘い考えを切り捨てるために、敢えて口にしたのだ。
高城は予想通り鈴木の考えを否定した。だが、そこに根拠がなかった。新種のイーターが現れ窮地に陥っている現状において、納得せずに頷くのが不安だったのだ。
高城は少し目を閉じて考える。
「そうだな……確かに、俺の考えに根拠が無いことは否定しない。鈴木の言う通り、極めて稀にしか現れない可能性も考えられるだろう」
高城は落ち着いた声色でそう言った。だが、まだ高城の中では考えが纏まりきってはいないらしく、言葉はゆっくりと、しかし確実に紡がれる。
「だが、違う。近年のゲート出現の頻度や位置の近さ。それに、イーターの出現。それを考えると、どうにも俺には、イーターがこちらを徐々に追い込んできているような気がしてならない」
俺たちは遊ばれているのでは、と高城は言った。
「クロエ、お前もそう感じているだろう?」
高城に視線を向けられ、クロエは少し驚いたように目を開き、頷いた。
「俺も、そう思っていた。信じたくはないが……高城の言うとおり、俺たちは遊ばれているのかもしれないな」
クロエは悔しそうに顔を歪めた。その発言に、遠藤、東條、鈴木、沙耶の四人はなぜ、といった様子でクロエと高城を見つめた。
その視線を受け、高城はクロエに問いかける。
「クロエ。何故お前はそう思った?」
「俺が最初に違和感を抱いたのは、十年前の、二回目のゲートのときだ」
クロエはタブレット型端末を取り出した。そのデザインは地下シェルター内で使われているものとは異なるものだった。
「俺と高城が一度イーターに負けた未来から来た、というのはみんなに伝えてあると思う。二つの世界の流れを知っているからこそ、俺と高城だけが分かったんだろうな」
そう言って、クロエはモニターにタブレット型端末を接続した。そこに映し出されたのは、一度敗北した時間軸でのイーターの情報だった。イーターの数と、どれだけの被害が出たのかが映し出される。
「一回目のゲートは、どちらも同じ数のイーターが現れた。これによって出た被害はかなりのものだった。なにしろイーターに効く兵器がほとんどないからな。ミサイルとかをがむしゃらに撃って、ようやく収まったくらいだ。だが……」
クロエが再びタブレット型端末を操作すると、今度は今回の時間軸での戦闘の情報が映し出される。
「こっちも、イーターの数は同じだ。だが、このときは神速機装と破壊機装があったからな。被害は前よりもかなり少なく収まった」
そして、とクロエは言う。
「この差によって、二回目のゲートに差が現れたんだ」
映し出されたのは、二つの戦闘の記録。片方には少数の犬型のみだったが、もう片方には鳥型や蜘蛛型もあった。
「このことから、イーターは俺たちの戦力に合わせて数や質を変えてきていることが分かる。そして、今確信に至った理由だが、イーターは細部こそ内容は違うが、全体として見ると同じような行動をしているからだ」
クロエはモニターに年表のようなものを映し出した。長さの異なる二つの年表は、前回と今回の年表である。
「これは俺が個人的にまとめてきた年表だ。大まかな出来事をまとめただけのメモみたいなもんだけどな」
その年表を皆が目で追っていく。特に前回の年表に興味を引かれ皆が見ていくが、徐々にその表情が険しくなっていく。
「これは……」
沙耶は息を呑んだ。そこに書かれていた内容は自分の知る現在と異なるが、なぜか見たことがあるように思えたからだ。
「見ての通り、イーターの行動は前回も今回も変わらないんだ。徐々に追い詰められていくような感じも、前回と同じだ。奴らは、俺たちに合わせて行動をしているんだ。そうするだけの余裕がある、ということだろう」
クロエの言葉に、高城を除く皆が固まってしまった。信じたくない現実を突きつけられるが、しかし、否定するための言葉が見つからなかった。むしろ、クロエの言葉に納得してさえいた。
「それで、遊ばれているのか……」
鈴木は納得したように頷くも、不安が募る。
「そうすると、これからもっと酷くなるというのは……?」
「それは、俺が話そう」
高城が口を開いた。クロエもここまでは理解できていたが、その先まではぼんやりとでしか分からなかったため、高城に譲る。
「年表の最後を見てくれ」
高城に促されて皆が前回の年表の最後に視線を向ける。そこにあったのは『謎のイーターにより基地が壊滅した。過去へ機装を託す』とあった。
「この謎のイーターというのは、詳細なデータは無いが、おそらく獅子型や蜻蛉型のことだろう。若しくは同程度の別のイーターかもしれないが。それによって、前回は敗北した。そして今回も、その獅子型と蜻蛉型が現れた。奴らは俺たちを滅ぼす気で来ていたはずだ」
高城の言う通り、イーターは地下シェルターを滅ぼす気でいたのだろう。部隊を二つも動員しても成す術が無く、獅子型に対しては舞姫の斉射ですら僅かな傷を付けるのみだった。その傷すら、数秒後には跡形もなく消え去っていた。
幸いだったのは、舞姫が奥の手を隠し持っていたことだろう。舞姫の模擬神速機装により、獅子型をも倒すことに成功したのだ。イーターは舞姫の強さを見誤っていた。
「舞姫のおかげで俺たちは生き延びた。だが、既に奴らは俺たちを滅ぼす気になっていて、俺たちが獅子型を倒せると知っている。そうなれば、戦いは今までよりも過酷になるだろう。明確な根拠は無いが、俺はそう思っている」
高城の説明に、鈴木は納得して頷いた。前回と今回での経験から導いた答えは、鈴木を納得させるには十分だった。
しかし、纏まりかけた場に怒声が響く。
「ふざけるなッ!」
バンとテーブルを叩き、東條が勢いよく立ち上がった。その表情は憤怒の色に染まっていた。
「私が……私が、今までどれだけ頑張って研究してきたと思っているッ! イーターに勝てるように、人生を賭けて研究してきたというのに……それが、奴らにとっては遊びだっただとッ……!」
東條の体は震えていた。悔しさと怒りが混ざり合い、東條の体を満たしていた。その拳は痛いほど強く握りしめられていた。
何より、手加減されていたというのが東條には許せなかった。自分があれほど頑張って開発してきた量産型機装が、イーターにとっては玩具でしかないと言われたよう思えた。
「何が偉大な科学者だ何が地下シェルター内最高の頭脳だッ! 私はッ! 私は……これでは、ただの道化ではないかッ!」
悔しくて、東條は再度テーブルを叩いた。その怒りはイーターに対してではなく、自身の無力さへ向かっていた。敵の手のひらの上で踊ることしか出来ない自分に苛立ちが募る。
「……ああ、くそッ! すまんが先に帰らせてもらう!」
そう言って東條は会議室を飛び出していった。しかし、呼び止める者は誰もいなかった。誰も呼び止めることが出来なかった。去り際の東條の目には涙が溜まっていたからだ。誰にも泣き顔を見せたくなかったからだろう。
東條が退室すると、場に重苦しい沈黙が訪れた。皆が先のことを考えてネガティブになっている中で、沙耶は一人、不安に負けずに自身と向き合っていた。
(新種のイーターの出現に、地下シェルターの危機。私に、何が出来るのでしょうか?)
役に立ちたい。そんな思いを鮮明にするため、沙耶は考える。今、自分に求められているのは何か。自分が何をしたいのか。窮地に立たされた今だから分かる。現状において必要なのは書類仕事ではない。部隊長に相応しい戦闘力だ。
(私は役に立ちたい。強くなって、皆を守りたい。クロエさん。これが、私の意志です)
沙耶は決意した。皆のために書類仕事を手伝うのも大切だ。しかし、今やるべきことは戦うことだけである。
己の意志を確認すると、沙耶は自信が沸いてきた。今の自分なら、オリジナルの機装でも扱えそうな気がした。
その時、会議室の扉が勢いよく開けられた。中に入ってきたのは中央塔の職員である。慌てて走ってきたらしく、息が上がっていた。
「会議中のところを失礼します! ゲートの出現を確認しましたので、報告に参りました!」
その言葉を聞いて、皆に緊張が走る。先ほどの会話の流れから、再び新種のイーターが現れるのではと警戒したからだ。
「ゲートの位置と、それから規模はどれくらいだ?」
「はっ! ゲートは南に五キロほどの地点です! 規模はさほど大きくありませんので、蜘蛛型あたりが現れるのではと予想されます!」
一先ずは獅子型や蜻蛉型のようなイーターは現れないと分かり、皆は安心する。
「そうか……分かった。下がっていいぞ」
「はっ! 失礼します!」
職員が退室する。高城は少し考えてから、頷く。
「よし、このゲートは有希と唯に任せることにする。訓練も終えたし、そろそろあいつらにも実践経験を積ませるべきだろう。出撃は明日の朝だ。遠藤、後で二人にメッセージを送っておいてくれ」
「分かりました、高城隊長」
遠藤は高城に微笑む。
「これで、今回の会議を終了とする。解散!」
高城が締めると、それぞれが難しい顔をしながら退室していった。唯一、沙耶だけは頼もしい表情をしていた。
こうして、有希と唯の初陣が決まった。




