60話 疑問
新種のイーターによる被害は甚大だった。第一部隊と第四部隊の壊滅により、地下シェルター内の戦力は大幅に下がってしまった。今まで作り上げてきた機装などの武器が大量に失われたこともそうだが、それ以上に、数少ない適応者に犠牲者が出てしまったことが痛い。
そして、今回のことで最も深刻なのは、舞姫でしか対応出来ないほどのイーターが現れたことだった。
蜻蛉型はその姿を視認することすら出来ず、一撃でも攻撃を受ければこちらは致命傷を負ってしまう。
それ以上に厄介なのは獅子型である。巨体に似合わず俊敏さも持っており、その攻撃の威力は凶悪である。さらに驚くべきはその生命力である。生半可な攻撃ではダメージにならず、量産型機装ですら傷を付けることは適わない。
その生命力は舞姫の放つ斉射ですら瞬時に治ってしまうほどである。舞姫が己の身を省みずに放った一撃でようやく倒せるくらいだった。
獅子型を倒した当人は、酷い頭痛にうなされて部屋に籠もりっぱなしである。限界まで脳を酷使した反動で動けなくなってしまっていた。
だが、その情報が外に流れることはない。事態を思く見た高城が、最小限の人数にしか伝えず、情報を規制したからだ。舞姫が倒れ、二つの部隊も壊滅したとなると、人々が不安を抱くだろうとの判断だ。
そうして一区切りを付けたが、新種のイーターに対しての問題は終わったわけではない。舞姫ですら対処が難しい現状を打破するためには、舞姫と同等以上の戦力を用意する必要があった。
期待されていた強化機装は獅子型や蜻蛉型を相手にしては無力で、現状の量産型機装では戦いようもない。今求められているのはオリジナルの機装に匹敵するほどの戦力なのだが、それを扱えるだけの適応率を持つ者がいなかった。
己の力不足を恨めしく思う者は多い。第二部隊長である沙耶もその一人である。自分の適応率が高ければ、今よりももっと強い装備を扱えるのに。舞姫と獅子型の戦いを見てから、そんな考えが頭から離れなかった。
沙耶は現在、中央塔に来ていた。今回は書類仕事を手伝うわけではなく、ある人物、もとい猫に会いに来ていた。
「よく来たな。まあ、適当に腰掛けてくれ」
沙耶を出迎えたのはクロエである。クロエはクッションに座りながら、沙耶に視線を向ける。
沙耶の表情は落ち着かない。気になることがあるのか、そわそわと幼子のように落ち着きがない。好奇心というにはやや真剣味を帯びていた。
「クロエさん。質問があります」
「なんだ?」
「舞姫さんのことです」
沙耶の言葉を予想していたのか、クロエはやはりといった表情を浮かべた。
「なぜ、舞姫さんはああまでして戦えるのでしょうか? 普通なら量産型機装すら扱えない状況なのに、なぜあんなに強いのでしょうか?」
沙耶の心からの疑問だった。沙耶は舞姫のことをよく知らない。過去に何があり、何故、ああまでして戦うのか。何が舞姫をそこまでさせるのか。どうして、舞姫にあれほどの強さがあるのか。
沙耶は機装部隊に入隊してからずっと疑問に思っていた。舞姫は自身のことを語らない。他人を避けているどころか、寧ろ他人との接触を拒んでさえいた。
沙耶には分からない。なぜ、舞姫は他人を拒むのか。拒むことが強さに繋がっているとは思えない。なにか、その奥に強さの秘訣があるのではないか。沙耶はそう考えるも、答えにたどり着けない。
舞姫の事情を知るのは高城やクロエくらいだろう。そう思った沙耶は、クロエに時間を取ってもらい、話を聞こうと思ったのだ。
「なぜ舞姫が強いか、か……それを話すには結構時間がかかるが、大丈夫か?」
「はい。今日は時間があるので」
「そうか。分かった」
クロエは頷くと、沙耶に舞姫がああなった原因――十年前の戦いについて話し始めた。舞姫が一花と出会い、希望を抱いたこと。そして、その希望が打ち砕かれたこと。
その出来事を語るクロエの表情は辛そうで見るに耐えなかったが、沙耶は決して目を逸らさなかった。舞姫の強さの原点にある悲劇を、沙耶は正面から受け止める。
すべてを語り終えると、クロエはふうと息を吐いた。
「これが、舞姫がああなった経緯だ」
「そんなことがあったんですね……」
舞姫の他人を拒絶するような態度は、失うことへの恐怖からきている。あれほどまでに強いのは、一花がまだ生きていると信じており、再び原因体と出会ったときに戦えるようにするため。
そう考えると、沙耶は舞姫の言動に納得できた。しかし、一つだけ疑問に思う。
「なぜ、舞姫さんはまだオリジナルを扱えているのでしょうか?」
舞姫は現在二十四歳である。年齢を考えると、舞姫の適応率の高さは異常だった。
適応率は十四歳から二十歳をピークとしており、その時期を過ぎると急激に低下していく。そのせいもあって機装を扱える人は少なく、戦力がどうにも不足してしまっていた。
クロエは沙耶の質問に対して、確信を持って返事をする。
「舞姫には、強い意志があるからだ」
「強い意志、ですか?」
沙耶が首を傾げる。
「適応率テストの話は聞いたか?」
「有希さんのことですね」
「ああ。有希はオリジナルの機装を扱うために、強い意志で適応率を高めた。あれがなければ、適応率は沙耶と同じくらいだろう」
「強い意志……」
沙耶は改めて己の戦う理由を考える。自分は皆の役に立ちたいという思いから機装部隊に入った。それは間違いのないことだ。しかし、それでは足りないのだろうか。
「……私は、どうして戦っているのでしょうか?」
沙耶は呟く。
今までは皆の役に立ちたいという思いで十分だった。部隊長として強化された量産型機装を扱うのに、十分な適応率を持っていた。
しかし、この先の戦いにおいて、沙耶の持つ意志では戦い抜けないのかもしれない。
現に、有希はオリジナルの機装を扱っている。自分は量産型機装で立ち止まっている。その差は、クロエの言う通り、意志による差なのかもしれない。
舞姫や有希、そして唯のことを思い浮かべる。自分と彼女たちでは、どう違うだろうか。どうすれば彼女たちのように強い意志を持てるのか。沙耶は考える。
うんうんと唸っている沙耶を見て、クロエが口を開く。
「沙耶、お前はなぜ戦っているんだ?」
「私は、皆さんの役に立ちたいからです。でも、それだけではこの先の戦いで生き抜くことは出来ない……」
「いや、違う。沙耶の意志は立派なものだ」
「ですが……」
舞姫たちに追いつくには、もっと強くなる必要がある。そのためには、もっと強い意志が必要だ。沙耶はそう思っている。
だが、クロエはそれを否定する。
「方向はそのままでいい。そのまままっすぐ進むんだ」
「進む……ですか?」
「皆の役に立ちたい。それだけじゃ、まだまだあやふやだ。もっと明確に、自分がどういう風に役に立ちたいのかを考えてみてくれ」
「私はどういう風に、役に立ちたいのか……」
沙耶はそこではっとなる。言われてみれば、今まで役に立ちたいとは思っていたものの、どのように、どうやって役に立ちたいのかまでは考えていなかった。
振り返ってみると自分の意志は酷く曖昧で、抽象的なものだった。舞姫には一花を助けたいという強い意志があった。対して、自分の意志は中身が空っぽだった。
自分の意志について、どうして戦うのかについて、再度考え直す必要があると沙耶は思った。
「ありがとうございます、クロエさん。なんだか少しだけ、分かった気がします」
「そうか。役に立てたなら何よりだ」
沙耶はクロエに頭を下げると、部屋を出た。その表情は晴れていた。
まだ明確に分かったわけではない。しかし、どうするべきかは分かった。自分の意志を明確にする。一先ずは、そうしようと沙耶は決心した。




