58話 予兆
その日の夜、中央塔では臨時会議が開かれていた。クロエをはじめ、部隊長格である舞姫と沙耶の二人や、研究員である東條と鈴木、そして現在では高城の秘書を勤めている遠藤が集まっていた。
会議室内は鉛のように重い静寂に包まれていた。会議前はいつも静かだったが、今日に限ってはいつもと様子が違った。
この中で唯一事情を知っているであろうクロエの表情は深刻なもので、皆はなにか不味いことがあったのだということを察していた。
ガチャリとドアが開かれ、高城が会議室内に入ってくる。つい最近まで意気消沈していた高城だったが、有希と唯の二人の登場によって全盛期かそれ以上の力強さを感じさせる。高城は溢れんばかりの覇気を身に纏っていた。
そんな高城を見て、会議室内の空気が少しだけ軽くなった。どのような事態に陥ろうと、高城がいれば大丈夫だと思えたからだ。
高城は全員が集まっていることを確認すると頷く。
「これより、臨時会議を始める。クロエ、先ずは今回の戦闘の報告を頼む」
「ああ」
クロエは手元のタブレット端末を操作すると、会議室のモニターにそれを映し出した。
「今回の任務はここから北に十キロほどの所に出来たゲートの破壊、及び周辺のイーターの掃討だ。ゲートの規模が大きいから第一部隊と第四部隊の合同任務としたが、結果はこっちが返り討ちにあった」
クロエは苦々しい表情で説明を続ける。
「敵は蟷螂型や蜘蛛型がいたし、ゲートの大きさを考えると相応に数も多かった。それだけなら対処も簡単なんだが、今回はイレギュラーがあった」
「イレギュラーってのは、何なんだ?」
「今までより強力な、新種のイーターが現れた」
クロエの言葉に、その場にいたほとんどの人間が驚愕の表情を浮かべた。高城は眉をぴくりと動かす程度だったが、内心ではかなり動揺していた。この場において泰然としているのは舞姫だけだった。
「その新種っていうのは、どのようなイーターなのでしょうか?」
沙耶が固まってしまった場を動かすために質問する。クロエはその質問に答えるためにタブレット端末を操作する。モニターには二つの画像が映し出された。
「仮称だが、右にある画像の方は獅子型、左にある画像の方は蜻蛉型だ」
「獅子型と蜻蛉型、か……」
東條が呟く。皆が新種のイーターに関心を寄せる。
獅子型はかなり大きく、周囲にいる機装少女や兵士たちが小さく見えた。なにより獰猛な獣を模したその容貌は、人間の生物としての本能的な恐怖を誘う。
「獅子型は高さが十メートル、体長は十八メートルほどだ。蜘蛛型よりも遙かに大きい個体だ」
その容貌は確かに獅子型と呼ばせるだけの威圧感があった。
「報告によると、力は工作機装よりも高く、さらに蜘蛛型よりも高い耐久も持っている。速さも蟷螂型より上だ」
「そんな化け物がいるのか!?」
鈴木が悲鳴を上げた。量産型機装よりも強い能力を持つイーターが相手では、生半可な戦力を投入しても勝てないだろう。
しかも、それほどまでに強い相手が何体も現れたのだから、鈴木の反応は当然だった。
「もう一体は蜻蛉型だ。こいつに関しては、もはや目で追えないくらい速い」
クロエはモニターに映像を流す。何かが画面内を一瞬横切ったかと思えば、その直後には何人もの歩兵が細切れになっていた。機装少女たちも応戦しているが、その速さに翻弄されてまるで歯が立たなかった。
再び画像に戻る。その動きは速くブレているが、辛うじて画像で捉えることに成功していた。蜻蛉型は大きさこそ一メートルほどで犬型より少し大きいくらいだが、その代償として得た機動力によってこちらを翻弄する。その脅威度は獅子型と同じく、蟷螂型や蜘蛛型よりも高い。
「この二体が新種のイーターだ。正直、これからずっとこんなのを相手にするなら、量産型機装より強い機装が必要になるだろう」
その言葉に沙耶は身震いする。量産型機装よりも能力が高い相手に対して、自分はどう戦えばいいのだろうか。獅子型に勝てるイメージが全く浮かばない。
そもそも、獅子型や蜻蛉型に対応出来るだけの機装を扱える適応率がある人間はそういない。そこは個人の技量でカバー出来ればいいのだが、これだけの化け物を相手にして技量でどれだけ差を埋められるのだろうか。沙耶は恐ろしくなった。
会議室内の空気が再び重くなる。高城はそれを振り払う術を見つけることが出来ず、そのまま話を進める。
「……今回の任務で、被害はどれくらい出たんだ?」
「部隊長二名と機装少女五名を除き、全滅だ」
「そんなに、なのか……」
高城が頭を抱えた。モニターに映し出された情報には銃剣機装の死者一名、救護機装の死者三名、工作機装の死者一名、ヒュドラ参型装備の兵士の死者百名となっていた。
あまりに大きすぎる被害に、その場にいた皆が絶句した。高城は声の震えを悟られぬよう気をつけながらクロエに尋ねる。
「クロエ、ゲートの方はどうなった?」
「破壊できなかった。獅子型一体と蜻蛉型十体を相手じゃ、戦力に差があり過ぎる。なにしろ撤退すらままならない状態だったからな。七人とはいえ、生きて帰ってこれただけでも奇跡だ」
「そうか……」
恐ろしく強い敵がいる。部隊長格ですら歯が立たないほどのイーターだ。高城はようやく希望が見えたというのに、奈落に突き落とされた気分だった。
現時点で獅子型や蜻蛉型の相手を出来るのは舞姫くらいだろう。唯も既に部隊長格よりは強いが、クロエの見せた動画を見る限りでは勝てそうにない。有希はなおさらだった。
「ゲートはまだ放置されている。距離も近いし、下手をすればイーターがここに攻めてくるかもしれない」
クロエは深刻そうな表情で言う。その言葉に、会議室内にいた皆が舞姫に縋るように視線を向ける。
「分かっているわ」
皆の視線を受けて舞姫は頷く。
「時間は無いのよね? 今から北のゲートまで行ってくるから、クロエは通信でサポートをお願い」
「ああ。……すまん」
クロエは頷くと、舞姫に頭を下げた。現状において舞姫に頼るより他ないのだが、最近はイーターの出現頻度も高くなってきているため、どうしても舞姫に頼りすぎてしまっている。
そんなクロエの様子を察した舞姫は、フッと不適に笑みを浮かべた。
「謝らなくても良いわ。私も、そろそろ弱いイーターには飽きていたから」
そんな舞姫の言葉に皆が安心する。この言葉が強がりだと分かるのは、その言葉を発した舞姫本人だけだった。
今までのように蟷螂型や蜘蛛型の相手をするだけならばまだ良い。訓練の時のように長時間戦い続けることはそう無いため、舞姫の体は耐えられていた。
だが、それよりも強い獅子型や蜻蛉型を相手にするのは不味いかもしれない。実力が未知数のイーターを相手に手加減はしていられない。全力での戦闘を続ければ、舞姫の身体に掛かる負担は計り知れない。
だが、それでも舞姫は一人で行くしかなかった。連れていけるほどの実力がある者はおらず、部隊長格を連れて行ったところで戦力としては期待できない。
そしてなによりも、自分より弱い人間を連れていくと失うかもしれないという恐怖があった。日頃から距離を置いているとはいえ、同じ機装部隊の仲間が目の前で死ぬのは耐えられなかった。
クロエと舞姫は会議室を出る。会議室内では欠員をどうするかなどの話し合いがあるだろうが、それは後で報告を聞くしかない。
――今は、自分の戦いに集中しないと。
舞姫は気合いを入れ直すと地上へ向かう。




