56話 本心
それからしばらく訓練を続けるも、有希の成果は少なかった。槍で突くにしても動きが大振りだったり、初期動作が分かり易かったりと欠点が目立つ。
その度に、高城は有希に助言を与えたり、あるいは実際に動き方を見せたりした。有希本人は真剣そのものだったが、生まれ持った才能の低さか、上手く活かすことが出来ていないようだった。
対して、唯の方はかなりの成果があった。唯は与えられた助言を反芻し、よく考え、その上で行動をしていた。まだ一日しか訓練はしていないが、現時点でも戦力としては十分に満足出来るレベルだ。
唯一欠点を上げるとするならば、死線を強引に潜ろうとすることだ。恐れも無しに行動出来るのは良いことだが、それも過ぎれば身を危険に晒すだけである。その加減を教えることが唯への課題だろうと高城は考えた。
犬型を相手に槍を振り回している有希を見つめる。頭の使い方は良い方だが、体がその動きを再現出来ていなかった。時間をかければ徐々に改善されていくだろうが、現状を考えると、この一週間では足りないように思えた。
一花ならば、頭で考えたことを百パーセント再現出来ていた。そんな考えが高城の脳裏を過ぎる。
(いや、違う。そもそも、素人が急に戦えることが有り得ない。一花は特別だった。唯にも人並み以上の才能がある。有希が人並みだというだけだ。それを一人前にするのが俺の役割だろう)
高城は己を鼓舞するように心の中で呟いた。戦いの経験がない有希に最初から一花のような能力を期待してはいけない。同じ神速機装の適応者とはいえ、それを求めるのは酷だろう。
高城は期待していたあまり、有希の実力を高く見積もりすぎていた自分を反省する。
「今日の訓練はこれくらいにするか。二人とも、明日に備えてしっかり休憩してくれ」
「はーい!」
「ああ」
訓練を終えると、唯は真っ先に研究区域へ向かった。目的は当然のことながら輪っかを普通の装甲に変えることだ。今日は耐えられたが、これからずっと輪っかを付けて戦うとなると、唯は耐えられる気がしなかった。
唯はドアを開けて研究室に入ると、不快そうに眉を顰めた。その原因は目の前の男にあった。
「やあ、何か用かな?」
そこには鈴木がいた。かつて超自然現象研究部の部長であった鈴木は、イーターの生態研究及び東條の補佐役として働いている。
「テメーに用なんてねーよ。東條はどこだ?」
唯は語気を強めて威圧する。前に変身時の姿を見られた時のことを気にしていたためだ。
鈴木は唯の威圧に怯むこともなく笑みを浮かべている。本人にとっては爽やかな笑みのつもりなのだが、他人から見るとどう見ても不審者にしか見えない。
「東條さんなら、奥の部屋にいるよ。新しい武器を開発中なんだってさ」
「そうか」
唯はそれを聞くと、鈴木から視線を外して奥の部屋に向かう。
奥の部屋では、東條が武器を開発していた。見た目は七海の破壊機装の装備である大剣に似ているが、異様なまでの巨大さだった。長さにして、唯が二人分くらいの大きさである。
仕組みは銃剣機装の銃剣と同じらしく、先端部分には銃口が付いていた。銃剣と違うのは、こちらは先端が銃になっているために突くことが出来ないという点だ。
東條は武器の方に集中しているのか、部屋の中に入ってきた唯に気付かなかった。唯は忙しそうな東條を見て、少し待つことに決めた。
少しして、鈴木も部屋に入ってきた。彼はジュースのペットボトルを二本と一杯のコーヒーを持っていた。
鈴木は東條の開発が一段落付くのを待っている唯を見て、口調に反して気遣いの出来る子なんだと思った。
「やっぱり、東條さんは気付かなかったか」
「みてーだな」
素っ気なく唯が返事すると、鈴木が唯にジュースのペットボトルを一本差し出した。
「もう少しかかるだろうから、飲むと良いよ」
「……薬入れてねーよな?」
「そんなことしないって!」
ペットボトルを見つめて訝しむ唯に鈴木は否定した。端から見れば、女子中学生相当の年齢である唯と不審者と疑われそうな容貌の鈴木の組み合わせでは、疑われるのは仕方のないことだった。
鈴木は落ち着くためにコーヒーを一口飲むと、ほうっと息を吐いた。
「絵にならねーな」
「見た目のことは放っといてくれるかな!?」
多少変わったことに興味を持つとはいえ、鈴木は善良な人間だった。これで容姿さえよければ、状況も違っただろう。難儀な男であった。
だが、ジュースを貰ったことで、唯の鈴木に対するイメージは少しだけ上方修正された。
「なあ、あの剣は何に使うんだ?」
「あれはね、強化機装の専用装備なんだ」
「強化機装? ああ、あれか。あのでっかいやつな」
「ああ。あれが完成すれば、今はヒュドラ参型しか装備していない兵士が量産型機装並の戦力になるんだ」
「それはすげーな」
「そうだろうそうだろう!」
二人の会話にいつの間にか開発を中断していた東條が入り込んだ。よほど自分の研究を凄いと言われたことが嬉しかったのだ。
「私は偉大な研究者だからな! はっはっは!」
能力的には偉大な研究者と称されてもおかしくないのだが、東條はそう称される前に自分から名乗り始めてしまった。そのせいで、研究者の間では東條イコール変な人の図式が成り立ってしまっており、鈴木よりも残念な人だった。
「お? 鈴木、美味そうなジュース持ってるな。私にくれ」
「パシらせたのはあなたでしょうに……」
そう言いつつ、鈴木は東條にジュースを手渡す。東條はそれを一気に飲み干す。
「ぷはー! 仕事後の一杯はたまらん! 便利な部下がいて私は幸せだな!」
「ジュース一本で喜ぶとは、安い上司ですね」
「なにをう!?」
「……おい」
鈴木に軽くあしらわれ、東條が飛びかかろうとした辺りで唯が制止する。そこでようやく本題に戻った。
「それで、偉大な研究者であるこの私に何か用かな? ふふん」
東條のドヤ顔は崩れない。地下シェルター内で最も優秀だと自負しているからこそ、唯に白い目で見られても彼女の心は折れないのだろう。
「万能機装の装甲のことで相談があるんだけどよ。あの輪っかどうにかなんねーか?」
「ああー……」
鈴木が輪っかのことを思い出して、確かにあれはかわいそうだと思い、唯に同情の視線を送る。ちなみに、唯にはその鈴木の視線が卑しいものにしか見えなかった。
「ふふん、それくらいならすぐに終わらせよう! この私にかかればちょちょいのちょいだからな!」
東條はドヤ顔でそう言うと、腕を組んで胸を張る。その様子に、唯は少しだけ不安になった。
「さて、と……」
東條は仕事モードに入る。真剣な顔つきは、先ほどまでの東條と同一人物には見えなかった。
「それじゃあ万能機装を貸してくれ」
「ああ」
万能機装を手渡すと、東條は早速万能機装を弄り始める。
「ふむ、これが輪っかか。確かにこれは心許ないな……」
東條が輪っかを見ながら呟く。
「デザインは量産型機装の胸元と同じように変えるとして、性能面も改善の余地があるな……」
ぶつぶつと呟きながら、東條は輪っかを見つめる。少しして方針が定まったのか、凄まじい速度で構成図を書き始めた。
その仕事ぶりは見事なもので、見る見る内に構成図が出来上がっていく。ものの数分で構成図を書き終えると、東條は工具を準備し始める。
これからまさに輪っかに手を加えようとしたところで、ドアの開く音がした。唯は振り返ると同時に自分の行動を後悔した。
そこにいたのは舞姫だった。険しい表情を浮かべる舞姫と目が合うと、唯はその殺気に当てられて固まってしまう。ちなみに唯の横では鈴木が立ったまま気絶していた。
舞姫は興味なさげに唯から視線を逸らすと、東條の方へ歩み寄る。
「これは、何をやっているの?」
「こ、これか? そこにいる唯の装甲があまりにも露出が高すぎたから、改善してやろうと……」
東條が声を震わせながら言うと、舞姫は東條の書いた構成図に視線を落とした。
「これは……随分と、強化するのね」
構成図を眺めてから、舞姫は鋭い視線を東條に向ける。
「装甲だけじゃなく、武器も強化されている……これは、明らかに過剰よ」
舞姫の鋭い視線に東條はたじろぐも、どうにか反論する。
「む、胸元の装甲は強い方が良いからだ。武器だって、強いに越したことはないだろう」
「一理あるけれど、これは明らかに過剰よね? 戦場で動けなくなったらどうするのかしら?」
「ぐぬぬ……だ、だが、オリジナルの適応者ならば大丈夫だろうと思ってだな……」
「それは……」
その言葉を聞いて、舞姫は反論の余地がなくなってしまった。舞姫はオリジナルの適応者だからこそ、機装を無理のないレベルで改良することを許されている。
だが、舞姫は力に貪欲だ。またあのときの巨大な霧型――原因体に遭遇したときに戦えるためにと強さを求めるあまり、身体への負担を隠しながら強化をしていたため、どの辺りからが過剰な強化かは言っていなかった。
舞姫から見ると、万能機装の強化は明らかに過剰である。自分のように酷い頭痛に襲われることはないかもしれないが、戦闘での消耗が激しくなるかもしれないと舞姫は思った。
東條はオリジナルの適応者がどれだけの負担に耐えられるか知らない。東條が知っているのは舞姫の基準だけであり、それに基づいて無理のない範囲での強化をしたつもりである。
言いよどむ舞姫に追撃をかけたのは唯だった。
「そんなにあたしが強くなるのが嫌なのかよ?」
「貴女が強くなるのは構わない。けど、これは明らかに過剰だと言っているのよ」
舞姫としては唯の身を気遣っての助言だったが、唯にはその様子が良いようには映らなかったらしい。舞姫の威圧感に膝を震わせつつも、唯は反論する。
「過剰じゃねーよ。そこの研究者が言ってるだろ? 専門家じゃねーやつになにが分かるんだよ」
「――っ!」
「お前は、あたしに抜かされるのが怖いんだろ? 今まで地下シェルター内最強とかもてはやされて、その地位が奪われるのが怖いんだろ?」
自分が無理をして殲滅機装を強化していると知られれば、大幅に力を減らすことになるだろう。原因体を相手にするにはまだ足りないと考えている舞姫には、自身の状態を東條に伝えることが出来ない。
唯の身を気遣っての言葉とはいえ、それを表に出せない。親しくなることへの恐怖は、十年前の件でより一層強くなってしまった。
唯から向けられた敵意の満ちた眼差しに、舞姫は泣きそうになる。唯の言葉は真実ではないのに、舞姫にはそれを誤解であると証明する術がない。
――今の私は、そういう道を選んだのだから。
刹那、舞姫から殺気が迸る。強烈な殺意の奔流に呑まれ、唯と東條は腰を抜かして動けなくなってしまう。
「文句はあるかしら?」
その問いに、唯と東條は顔を真っ青にしながら横に振った。それを見て、舞姫は小さく溜め息を吐いてから立ち去った。
そのまま研究所を後にした舞姫は、少し歩いた後、壁に寄り掛かって脱力する。
こんな方法しか選べない不自由さが恨めしい。あのとき一花を失ってさえいなければ、今の自分はもっと柔らかかったかもしれない。
心の内を打ち明けられないもどかしさ。失う恐怖から逃げている自分の姿に嫌悪感を抱く。
ストレスを発散するため、舞姫は戦闘訓練場に向かう。




