53話 危惧
食堂を後にした三人は次の場所へ向かう。
「次はお二人の部屋ですね。最上階にあるので、エレベーターで行きましょう」
「二人ってことは、相部屋なのかよ」
「高城隊長の指示ですから」
「はあ、仕方ねーか」
唯ががっくりとうなだれた。高城の指示と言われると、反論しようにも出来なかった。
「私は嬉しいけどなあ」
「あたしは嬉しくねーんだよ」
有希は相部屋が楽しみでこれからの生活に思いを馳せていたが、唯は嫌そうに顔をしかめた。
楽しそうに会話をする有希と沙耶を見て、唯は溜め息を吐いた。
「ったく、あたしは馴れ合うために機装部隊に入ったんじゃねーのによ……」
そんな唯の呟きは、有希たちに届くことはなかった。
エレベーターに乗ると、最上階まで一気に上がっていく。唯は今日の間に何度も乗っていたおかげか、ある程度は慣れてきたようだった。エレベーターを降りる際も多少疲れてはいたが、今までほどのダメージにはなっていないようだった。
最上階は今までのフロアとは違い、壁が剥き出しの金属ではなく木になっていた。電灯の灯りも白ではなく橙に変わり、暖かみのある空間が広がっていた。
「ここが最上階です。私を含めた部隊長はこのフロアに部屋を持っています」
「なんか今までの場所と雰囲気が違うね」
「そうですね。部隊長になると他の隊員よりも仕事が多いので、生活空間は快適になるようにとのことです」
「なるほど」
「部屋割りは左から順に第一部隊長の篠山莉乃さんと第二部隊長の私の部屋と、第三部隊長の遠先遥さんと第四部隊長の辻本紬さんの部屋です。その隣が舞姫さんの部屋で、お二人の部屋は更に隣にある部屋ですね」
「沙耶ちゃんたちも相部屋なんだね」
「そうですね。私と相部屋をしている莉乃さんは機装部隊の中でも優秀な人なので、色々と勉強になるんですよ」
「へえ、やけに持ち上げてくれるじゃない」
不意に聞こえた声に振り返ると、そこには二十歳くらいの女性がいた。腰あたりまで伸びた髪は艶やかで、サラサラとしていてよく手入れがされているのが分かる。
そんな髪に見惚れていると、次に目に入るのはそのプロポーションだ。出るところは出ていて、それでいて引っ込むところは引っ込んでいる、実に女性的な体つきをしていた。
彼女の魅力はそれだけではない。その体つきも魅力的ではあるのだが、彼女の本質はそこにはない。視線を少し上げると、その表情に魅了される。
ややつり上がった目は女性の勝ち気な性格を表している。だが、その瞳をよく見れば、そこに知性の色を見出すことが出来るだろう。
舞姫を和風の美と称するならば、彼女は洋風の美と称されるだろう。そんな美しさを誇る彼女を見れば、世の中の男性は見惚れ、世の中の女性は嫉妬をすること間違い無い。
そんな完成された美を前に、有希と唯は言葉を発することが出来ずにいた。女性の雰囲気に完全に呑まれていた。
「別に、持ち上げているわけじゃありません。ただ、正当な評価をしているだけで……」
「そういう素直じゃないところも可愛いのよね。はあ、癒される」
女性は沙耶を抱き締めて撫で回しながらうっとりと呟いた。
「はあ……」
沙耶はそんな女性の行動に呆れ、溜め息を吐いた。
沙耶は女性のこういった行動に慣れているため、女性を軽く振り解いて有希たちに向き直る。
「彼女が先ほど言った第一部隊長の篠山莉乃さんです」
「あ、メッセージにあった新人ってあななたたちね? 私は篠山莉乃。莉乃さんでいいわよ」
「私は識世有希です!」
「あたしは陣内唯だ」
敬語で話す有希に対して、唯はいつもと変わらない口調で自己紹介をした。
「莉乃さんはこの後任務でしたよね?」
「そうよ。十キロメートル北の地上にゲートが出来たらしくてね。規模が結構大きいみたいだから、第一部隊と第四部隊でやるみたいよ」
「そうですか。ご健闘を」
「ええ、ありがと」
沙耶の頭をぽんぽんと叩いてから、莉乃はエレベーターに乗った。それを見送ると、三人は有希と唯の部屋へと向かう。
部屋の中は白の壁紙にフローリングとよくある部屋の造りではあるが、現在の地下シェルター内においては数えるほどしかない。部屋を作るだけの木を確保すること自体が難しいのだ。
金属などであれば地下シェルター開発の際に運び込まれたものがあるため困ることはないのだが、木材は金属よりも必要性が薄いためにあまり運び込まれなかっのだ。
そのため、木はとても希少なものとされている。機装部隊の部隊長クラスか、中央の高城あたりしか木を使用した部屋は持っていない。
「ここが私たちの部屋なんだね!」
「残念だけどそうみてーだな」
部屋の中をバタバタと見て回った後、有希が嬉しそうに言った。唯は一人部屋が良かったと呟く。
「あれ? そういえば家具がないよ?」
「今さらかよ!?」
あれほど部屋の中をはしゃぎ回ったのに、気付いていないのかと唯は呆れた。
「家具は後ほど有希さんと唯さんの荷物と一緒に運び込まれる予定ですね。衣類などはこちらで用意してあるので、先にお風呂に行きましょうか」
「お風呂!」
有希が飛び上がって喜ぶ。今日一日で色々なことがあって疲労が溜まっていたため、風呂でリラックスしたかったのだ。
「では、行きましょうか」
沙耶に案内され、二人は風呂へ向かう。
風呂は最上階より一つ下の階にある。有希たちの部屋から歩いてすぐのため、エレベーターを使わずに済むと知った唯は安堵した。
「お風呂!」
脱衣所に到着するとよほど待ち遠しかったのか、有希が沙耶の説明も待たずに風呂の方へ走っていってしまった。
声を掛けても耳に入っていないようで、仕方なく沙耶は唯だけに説明を開始する。
「ここがお風呂です。お風呂はこの建物の中に二つあるのですが、こちらは部隊長専用になっているんですよ」
「部隊長ってのは他の奴らよりかなり優遇されるみてーだな」
「そうですね。先ほども言ったとおり、部隊長になると他の隊員より仕事が多いので」
「実際、そんなに違いなんてあるのか?」
「部隊を率いる、という点では差はありますけど、それ以上に戦闘においての負担が大きいですね」
「そんなに大変なのか?」
「はい。他の隊員よりも部隊長は装備が強いので、相手にするイーターの数が多いんですよ。大物が出てきたときとかは率先して倒さないといけないので、必然と他の隊員よりも大変になるんですよ」
「そうなのか」
「唯さんだってオリジナルの機装を持っていますし、これから大変になると思いますよ」
「ま、あたしにはイーターの数なんて関係ねーな。何体出てこようと、全部潰すだけだ」
そう言って唯も服を脱ぎ、風呂の方へ向かっていった。
「……無理しすぎないでくださいね」
その背中を見つめながら、沙耶が心配そうに言った。オリジナルの機装を持っている以上、唯は自分より強いということは分かっている。だが、それでも少し心配になってしまう。
今日一日、沙耶は二人の案内を任されていた。その中で二人の人間性に触れ、機装を扱うのに適任であると安心するとともに、二人の性格から問題点も見抜いていた。
有希に関してはやや子どもっぽいところもあったが、心がしっかりしているように思えた。その純粋さから、目の前で誰かを失ってしまったときに耐えられるだろうかという不安があった。
だが、その点くらいしか有希には問題点が見つからなかった。正直、有能すぎるとさえ思ったくらいだった。
沙耶が心配しているのは唯の方である。唯は話しかけてはくるものの、どこか距離を置いているように思えた。手を差し伸べようにもギリギリ届かない。そんな微妙な距離を感じた。
そして、高城と対面したときの発言である。
『あたしは一人でも戦えるッ!』
唯は高城に向かってそう言い放った。その言葉と、この距離感。誰かに頼らずに一人で戦うという意思は舞姫のものと似ていたが、唯のものは無謀に思えた。
そして、先ほどの会話から、唯が戦いに恐れを抱いていないように思えた。その理由は分からないが、それはメリットにもデメリットにもなりうると沙耶は考えていた。退き際を間違えて多くのイーターを相手取ってしまい、消耗して押しつぶされてしまうのではないか。そんな不安があった。
(高城隊長に報告しておきましょうか……)
沙耶は端末を操作して、高城にメッセージを送った。




