50話 高城
戦闘訓練場から出た三人はエレベーターへ向かう。唯はまだ慣れないらしく、手すりにぎゅっと掴まって目を瞑っていた。だが、エレベーターの浮遊感は遮断することは出来ず、降りる頃には汗をだらだらと流して疲れきっていた。
そんなこともあったが、三人は凱旋道を通り中層の中央へ向かう。行き先は、中層のど真ん中に聳える建物だ。その大きさは地下シェルター内において最大である。
中層の天井に付くか伊那かというほどの高さを誇るその建物は、中央塔と呼ばれていた。
「うわあ、大きいね」
その建物を見げて、有希が感想を言う。今までも中層に住んでいた有希は見たことがあったが、間近で見るのは初めてだった。
「なんといっても、高城隊長のいる場所ですからね。地下シェルター内の治安を守るために、あえて大げさなくらい大きくしているんですよ」
「アレがなかったら治安が悪くなっちゃうの?」
有希が首を傾げる。
「あの建物の大きさで力を見せつけることで、犯罪の抑止となっているんですよ。中層に住んでいたら、どこにいてもあの建物が見えますよね」
「なるほど。無駄に大きいだけかと思ってたよ」
「そ、そうですか……」
有希の言葉に沙耶が苦笑いする。
入り口に到着すると警備員が二人いたが、沙耶が挨拶をすると警備員たちも挨拶を返してきた。予め警備員に知らせが入っていたらしく、有希と唯も何かを確認されることもなく通された。
「すごいよ沙耶ちゃん! 今のが、顔パスってやつだよね?」
「まあ、そうなりますね。私はここによく来ているので、顔見知りなんですよ」
「いつもは何しに来てるの?」
「普段は書類仕事とか、情報を纏める作業の手伝いですね。後は、定期会議に出席することですね」
「へえ。何だか大変そうだね」
「そこまでではありませんよ。やりがいもありますからね」
「うーん。私だったら、そういう難しいことは疲れちゃうからやだなあ」
そんな有希の様子に、沙耶はくすりと笑った。
「確かに、作業自体は面倒ですね。でも、人の役に立ててるって思うと、なんだかやる気が湧いてくるんですよ」
それが沙耶の本心であった。人の役に立ちたいという思いから機装部隊に入隊し、今では部隊長を務めるほどである。さらに、大人たちがやるような書類仕事まで手伝っているのだから、貢献度で言えば舞姫にも負けないくらいだった。
中央塔の中は簡素な作りではあるが、かといって、手が抜いてあるということはなかった。かなりの数の階数があり、その移動はエレベーターで行う。
「ま、またエレベーターかよ……」
唯がうなだれる。だが、沙耶が首を振った。
「上がる手段はエレベーターだけではありませんよ。あちらに階段がありますから、辛いようでしたら、それを使うのも良いかもしれませんね」
「階段か。でもよ、上まで行くのは時間かかるだろ?」
「そうですね。高城隊長の部屋は六十二階にあるので、結構疲れると思います」
「結構どころじゃねーだろそれ!」
唯が声を上げる。自分が階段を上っていたら二人を待たせることになってしまう。それだけは、唯のプライドか許さなかった。
結局、先ほど上層から降りてきたときのダメージも癒えぬまま、唯は再びエレベーターに乗ることになってしまった。
六十二階に到着する。一階とは違って品のある雰囲気だった。幾つかの小部屋と、一つの大部屋がある。
沙耶は大部屋のドアをノックする。
「識世有希さんと陣内唯さんを連れてきました」
「入ってくれ」
ドアの奥から声が聞こえ、沙耶はドアを開ける。その後に続くように有希と唯の二人も中に入っていった。
部屋の中は綺麗に整頓されていた。幾つか武器が置いてあったり迷彩服が置いてあったりと、どこか軍人っぽさを感じさせる部屋である。奥の壁がガラス張りになっているのは、景色を楽しむことも出来る。
そんな中に、二人の人物がいた。椅子に座る壮年の男性と、その男性と同い年より少し若いくらいの女性である。
有希は先ず女性の方を見る。女性はとても真面目そうな雰囲気で、長い黒髪は真っ直ぐ下に伸びており髪の乱れは一つとして無かった。耳には何か機械が付いているが、有希にはそれが何かは分からない。
そして、男性の方に視線を移す。筋骨隆々といった体つきとナイフのように鋭いギラギラとした眼光は全く衰えを感じさせない。相当な場数を踏んでいることが素人である有希にも分かるほどだった。
男性は有希と唯の方を見る。その鋭い目つきに二人は少し怯む。男性の目は舞姫のような拒絶を感じさせる目ではなく、どちらかというと普段からその目をしているように思えた。
空気が重く感じた。無言で視線を向けられ続け、有希と唯は固まったまま動けなかった。少しでも動けば、その気迫に押しつぶされてしまいそうだった。
静寂の中、男性は口を開く。
「よく来てくれた」
第一声に感謝の言葉を男性は言った。心の底から感謝している様子だったのは、当然のことだろう。十年もの間待ち続けた存在が目の前に現れ、感情の高ぶりが抑えきれず声色に出ていた。
そのおかげか、有希は体がふっと軽くなった気がした。高城の表情に、声色に、動作に。全てから感謝の念が感じられ、有希は体の力を抜いてリラックス出来た。唯は依然として固まっていたのだが。
「俺は高城剛毅だ。一応、地下シェルターのまとめ役をやっている」
「私は識世有希です!」
「あたしは陣内唯だ」
有希が元気に声を発し、唯は若干気圧されつつもどうにか声を出した。高城は意識して威圧をしているわけではないのだが、長年の戦いで研ぎ澄まされた気迫が無意識に溢れ出していた。
自己紹介を終えると、高城は本題に入る。
「これから先、二人にはオリジナルの機装の適応者として戦ってもらうことになる。扱いとしては、舞姫と同様に単独行動が多くなるだろう」
「部隊とかには入らないの?」
「ああ、そうだ。一人で一部隊分の働きが出来るのがオリジナルの機装だからな。とはいえ、最初から一人で戦うのは厳しいだろう」
そこで、と高城が人差し指を立てた。
「有希、唯。お前たち二人にはしばらくの間、二人で組んで行動をしてもらう」
その言葉に反発したのは唯だった。
「待てよ。なんであたしがコイツと組まなきゃならないんだよ」
「言っただろう? 最初から一人で戦うのは厳しいからだ」
「あたしは一人でも戦えるッ!」
唯のその態度から、唯は有希と組むのを、というよりも誰かと組むのを嫌がっているのは高城にもすぐに分かった。だが、高城は唯の考えに肯かない。
「駄目だ。異論は認めない」
唯は高城に抗議しようとするが、その表情を見て押し黙る。高城の険しい表情に気圧されていた。
高城には唯と舞姫が重なって見えていた。舞姫ほど強烈なものではないにせよ、唯からは他人と関わることを避けるような様子が見て取れたからだ。
それでは、どこかで必ず失態を犯してしまう。そして、戦場での失態はそのまま死に繋がるものだ。だからこそ、高城は唯の態度を改善させるためにも、有希と組むことを強制した。
唯が反論を諦めた(というよりも高城が怖くて反論できなかっただけなのだが)ため、高城は話を続ける。
「二人には一週間の訓練プログラムを設ける。本来は一ヶ月の訓練が必要だが、最近はイーターの動きが活発でな。急ぐに越したことはない」
「一週間しかないの?」
「そうだ。だが、安心してくれ。本来は一ヶ月かけてやるプログラムを一週間に詰め込んだだけだからな」
高城がニヤリと笑みを見せると、二人の顔が引きつった。
「それと、二人には寮に住んでもらう。この後、沙耶に案内してもらえ」
高城が沙耶に視線を向けると、沙耶は頷いた。
「大まかな説明はこんなもんで良いだろう。細かいことに関しては、後で資料を渡すから目を通してくれ」
話を終えると、有希たちは部屋を出た。唯は額に汗を流しながら、部屋の外の開放感を喜んでいた。
「では、寮に行きましょうか」
「うん!」
「おい、ちょっと待てよ。またエレベーターに乗るのかよ?」
「はい、そうですが」
「よ、ようやく解放されたと思ったのに……」
唯ががっくりとうなだれる。
ともあれ、三人は寮へ向かう。




