48話 拒絶
沙耶が戦闘訓練室から出ると、有希が目を輝かせて出迎えた。急に走り寄ってきた有希に、沙耶は驚く。唯は部屋の隅にある椅子に座って考え事をしていた。
戦闘訓練を初めて見た有希は興奮気味に沙耶の手を取る。
「すごい! すごいよ沙耶ちゃん!」
「そんな、称賛されるほどではありませんよ」
「そんなことないよ。カッコ良かったよ!」
「そ、そうですか? ありがとうございます」
沙耶は謙遜するが、有希がお世辞ではなく心の底から沙耶を誉めているのだと分かり、沙耶はおさげを揺らしながらはにかんだ。
沙耶は真面目な表情になると、説明を始める。
「今のが戦闘訓練の風景です。今回は一人でやりましたが、複数人で参加することも出来るんですよ」
「なるほど、部隊で訓練が出来るんだね」
「そういうことですね」
「いいなあ。私も早く訓練したいな」
有希が手首に付けた神速機装を眺めながら言う。
「そうですね……有希さんたちは、一度高城隊長に会ってからですね」
「高城隊長?」
「地下シェルターのトップを務めてる方ですよ」
「なるほど」
有希は頷く。だが、すぐに首を傾げた。
「あれ、なんで呼び方が隊長なの? トップの人なら、高城総督とか、キング高城とかじゃないの?」
「流石にキング高城は無いと思いますね……」
沙耶は苦笑する。
「あの人はもともと自衛隊という組織に所属していたらしいんです。なので、隊長という呼び方の方がしっくりくるそうなんです」
「へえ。そういうもんなんだね」
有希は取り敢えず納得する。
「高城隊長の所で部隊の確認を取ってからですね。有希さんたちはオリジナルの機装の適応者ですから、部隊には所属せずに単独行動が多くなると思います」
「単独行動なの? なんか寂しいなあ」
「オリジナルの機装は特別ですからね。その分、戦闘訓練はいつでも行って良いんですよ?」
「そうなの?」
「はい。普段は陣形訓練が無いので、その分を戦闘力の強化に回して欲しいそうです。それに、週に一度ですが全部隊合同での訓練もあるので、そういうときに陣形訓練も参加できますよ」
「なるほど。それなら良いかも」
「まあ、あくまでこれは舞姫さんの場合なので、有希さんたちがどうなるかは高城隊長に聞くまで分かりませんけれどね」
沙耶の説明に有希は納得する。
「んで、その高城隊長にはいつ会いに行くんだ?」
考え事を終えた唯が二人の方にやってきた。沙耶はポケットからタブレット端末を取り出すと、メッセージが届いていないか確認する。
「まだ会議は終わっていないみたいですね。連絡が来たら教えるので、しばらくは休んでいただいて構いませんよ」
「わかったよ!」
「分かった」
早くも機装部隊に入った気分になっている有希は、沙耶に敬礼をした。沙耶が敬礼を返すと有希は嬉しそうに笑った。
唯は部屋の隅にある椅子に腰掛けて待機する。沙耶と有希がなにやら会話をしていたが、特に興味も起きず考え事に耽っていた。
少しして、待合室の入り口のドアが開く。同時に、辺りの空気がずっしりと重くなった。考え事をしようとしても、集中が出来ない。今すぐにでもこの空間から逃げ出したいと、本能が訴えかけてきていた。
そんなピリピリとした空気に耐えかねて、唯が入ってきた人物の方に視線を向ける。そこにいたのは舞姫だった。
唯と舞姫の視線が交差する。
「ひっ!」
唯は思わず悲鳴を上げてしまう。限界まで堪えても、小さな悲鳴が漏れてしまった。
唯は舞姫の目から視線を逸らせなかった。その鋭い目つきは、見る者を刃物が突きつけられているかのように錯覚させる程だった。
あまりの威圧感に、唯は身動き一つ取れずに固まってしまう。そんな唯に興味を無くしたのか、舞姫はそのまま戦闘訓練室の方に向かっていく。
そこで、一人の少女が舞姫の行く手を遮った。無謀にも思えるような行動をした少女は有希だった。
舞姫は有希を見て一瞬だが動揺の色を見せる。だが、有希の手首についている神速機装を見て先ほどよりも険しい表情になる。
(バカかアイツ! あんな殺気をまき散らしてるような奴を刺激したら……)
そんな唯の焦りも舞姫の殺気も気にする素振りも見せず、有希は舞姫に歩み寄る。
「舞姫さん、この間はありがとう!」
有希の言葉が室内に響く。だが、その後に続く音は何も無かった。部屋が静寂に包まれる。
さすがの有希も雰囲気がおかしいことに気付いたのか、首を傾げる。
「舞姫さん?」
「……」
「舞姫さんってば」
「……」
「もしかして、聞こえてないのかな?」
「……」
「舞姫さーん」
「……」
険しい表情を保ったまま、舞姫は無言で有希を見下ろす。身長が百七十センチある舞姫の姿は威圧感に溢れ、唯は自分が有希の立場だったら耐えられないだろうとさえ思った。
だが、有希は舞姫に声をかけ続ける。そんな有希の様子にさすがに止めた方が良いかと唯は思ったが、体が動かなかった。舞姫の殺気に当てられて足が竦み、椅子から立ち上がることが出来ない。
この世の全てを拒絶するかのような舞姫の姿に、唯ははっとなる。有希たちとの馴れ合いを避けて最低限の会話のみで済まそうと思っていたが、自分は中途半端なのかもしれない。
だが、舞姫の姿を見ると唯は恐ろしくなった。自分の行動の先にあるのが舞姫なのかもしれない。常に険しい表情で、誰とも会話をせず、戦い続ける日々。いずれ、自分はああなるのかもしれない。そんな恐怖が唯を襲う。
独りで生きていけると、そんな思いを胸に過ごしてきた唯にとって、舞姫の姿はゴール地点ともいえた。だが、唯はその姿を受け入れられなかった。
――あんな、苦しそうなのなんて耐えられねーよ。
もう少し人と会話をするべきか。もう少し人と親しくなるか。もう少し人と助け合うか。
唯の根底にある“独りでも生きていける”という意志が、この時、僅かに揺らぎ始めた。
なおも声をかけ続ける有希を、ようやく殺気から立ち直った沙耶が止めに入る。
「有希さん、もういいですから」
「え? でも……」
「有希さん」
少し強めに有希の名前を呼び、反論をされないようにする。
「ごめんなさい、舞姫さん」
沙耶は舞姫に頭を下げると、沙耶は有希の腕を引いて離れた。
「……」
舞姫はその様子を無言で少しの間見つめた後、戦闘訓練室に入っていった。すると、ふっと空気が軽くなる。ようやく解放された唯と沙耶はふうっと息を吐き出す。
唯は椅子から立つと、早歩きで有希に歩み寄る。
「おい有希!」
「ん、なに?」
「ん、なに? じゃねーだろ! あんなやばい奴に話しかけるなんて、何考えてんだよ」
「舞姫さんには前に助けてもらったんだよ」
「助けてもらった? アレにか?」
「うん。あのときはあんなに優しかったのに……」
有希が悲しそうに俯いた。
「沙耶ちゃん、なんで舞姫さんは返事をしてくれなかったの?」
「それは私にもわからないんです。でも、私が機装部隊に入る前からあんな感じでしたから」
沙耶がそう言うが、有希は首を傾げる。
「でも、前にあったときはもう少し優しそうな雰囲気だったよ?」
「前にあったとき、ですか?」
「うん。昨日、凱旋道で会ったんだよ」
「凱旋道……昨日……ああ、そういうことでしたか」
少し考えてから、沙耶は納得したように頷いた。事情が一番わからない唯は少し苛立つ。
「どういうことなんだ?」
「あの人は、民間人には態度が少し柔らかいんです」
「なんでなんだよ」
「私にも分からないのですが、何か事情があるのかもしれません。有希さんを助けたっていうのも、昨日は民間人だったからではないでしょうか?」
「なるほどな」
唯は納得したようだったが、有希は納得していないようだった。そんな有希の様子に、唯がうんざりした様子で声をかける。
「いい加減あきらめろよ。ああいうのに関わっても良いことなんてねーだろ」
「だめだよ、そんなこと」
「だめなわけねーだろ。あっちが拒否してるんだろ? そしたら、お前が頑張ったってどうにもならねーよ」
「なるよ」
「は? どうしてだよ」
「だって、舞姫さん、すごく寂しそうだったから」
有希には、舞姫が寂しがっているように思えた。強烈な殺気のカーテンに隠された、舞姫の本心。それが、有希には感じ取ることが出来た。
「舞姫さん……」
そう呟いて、室内のモニターを見る。モニター越しに映る舞姫の姿を、有希はじっと見つめていた。




