47話 訓練
そこは白い空間だった。遮蔽物が何も無い、正方形の空間が広がっている。その空間の中には一人の少女――沙耶がいた。
『形式を選択してください』
感情を一切感じさせない平淡な声が部屋の中に響いた。
この声はAIによるものである。だが、地下シェルターにおいて、あまり高度なAIは発達していない。それは、機械では機装を扱えないため、必要性が薄いからだ。
そのため、このAIも簡単な受け答えしか出来ない。
「エンドレス制でお願いします」
『了解しました』
沙耶の声にAIが返答した。
『フィールドを選択してください』
「市街地でお願いします」
『了解しました。形式、エンドレス制。フィールド、市街地。選択はこれでよろしいですか』
「はい、大丈夫です」
『了解しました。それでは、準備に入ります。機装を装着してください』
沙耶は頷くと、すうっと息を吸い込む。腕に装着した銃剣機装を胸の前に構え、声を上げる。
「銃剣機装――装着!」
沙耶の服がぴったりと体に密着した白いボディースーツに変わる。手から肘辺りまでを守る装甲と、足から太股の辺りまでを守る装甲。急所を守るために、頭と胴体部分にも装甲が装着される。
沙耶が両手を前に突き出すと、そこに二刀の銃剣が現れる。片刃の剣で、先端部分が銃口になっている。刃が銃口よりも前に出ているため、銃口が邪魔になることはない。
それを手に取ると同時に背中の翼が展開された。そして、機装全体が白く明滅する。純白の機装に身を包んだ沙耶は、汚れ無き少女を体現していた。
沙耶の変身が終了すると同時に、辺りの地形が変わり始めた。一面が白に包まれていた世界がぐにゃりと歪み、やがて市街地へと変化した。
沙耶は大きく深呼吸をすると、メガネをくいっと上げた。
「訓練開始!」
沙耶が声を上げる。先ずは犬型のイーターが一体だけ前方に現れた。沙耶は二刀の銃剣を後ろに引くように構えると、力強く踏み込む。
一息で犬型の目の前に到達すると、銃剣を交差して×の字に斬りつけた。斬りつけられた犬型は光となって四散する。
「先ずは、一体」
沙耶が振り返ると、既に新たな犬型が現れていた。犬型は沙耶に向かって突進をする。
――直線的な動き。そのまま飛びかかってくる。
沙耶はその動きをじっと観察し、犬型の動きを予測する。
犬型は沙耶の少し手前辺りで足に力を入れ、飛びかかる。それを最小限の動きで躱すと、沙耶は銃剣を犬型の方に向ける。
「予想通りですね」
そう呟いて、引き金を引いた。
二発の白光が犬型を襲う。犬型は慌てて体を捻り一発目を回避するも、僅かにタイミングを遅らせて撃ち出された二発目に撃ち抜かれて四散した。
沙耶はふうっと息を吐き出す。
再び構えると、今度は犬型が二体現れた。沙耶が引き金を引くと四散するが、休む間も無く次の犬型が現れる。
エンドレス制とは、休む間も無く戦い続けることを想定して作られたシステムである。イーターが大量に現れたときに戦えるだけの体力と集中力を付けるための訓練だ。
ただひたすらに戦い続けるだけなのだが、これが最も重要な訓練とされている。それは、機装の仕様によるものだった。
機装を動かすのは、使用者のイメージである。だが、ただイメージするのと実際に機装を動かすのとでは脳にかかる負担が大きく異なってくる。
そのため、如何に適応者と言えど、機装を長時間操作すると疲労を感じるのだ。機装を装着する者は、体の鍛練と同時に脳の鍛錬も要求されるのである。
また、適応率とは機装を動かすためのイメージの強さであるのだが、最初から最大限に力を引き出せるわけではない。扱いに慣れるには時間を掛けて何度も動かす訓練が必要である。
エンドレス制という形式は、そういった二つの点を練習出来るものであるため、最も重要とされ、また、最も過酷な訓練でもあった。
沙耶は周囲に目を配る。イーターの数は徐々に増えていき、既に周りを囲まれていた。無闇に行動して背後を取られぬよう、沙耶は警戒する。
そんな状況においても、沙耶は上手く立ち回ってイーターを倒していく。だが、疲労のせいで動きは遅くなってきていた。体が重く感じ、沙耶の額を汗が伝う。
だが、汗を拭う暇もなく次々とイーターが現れる。そんな状況に、さすがに沙耶も焦りを感じ始める。
――冷静に。落ち着いて。余裕を持って。
沙耶は自分に言い聞かせるように心の中で呟く。焦りを表情に出さず、冷静に周囲の様子を窺う。そして、大きく息を吸い込むとイーターに向かっていく。
数が二百を超えた辺りで、ようやく敵の出現が止んだ。そして、数秒の間を置いた後に次のイーターが現れた。
大型トラックを二台並べたような巨大な胴体から、八本の足を生やしたイーター――蜘蛛型である。その目を赤く光らせながら、沙耶の様子を窺う。
ここでようやく、沙耶の表情が崩れた。さすがに厳しいかもしれない。そんな感情が出てきたからだ。沙耶は自分の考えに苛立ち、ギリッと歯軋りをする。
数は一対一ではある。しかし蜘蛛型クラスとなると能力が高く、量産型機装の適応者であろうと最低でも二人は必要とされている。一人で戦う場合だと死の危険があるのだ。
そんな蜘蛛型を相手に、沙耶は臆することなく立ち向かう。蜘蛛型の赤い目を鋭い視線で見据える。
沙耶は二刀の銃剣を引くように構える。この構えは沙耶の得意な構えである。攻めならば体重を乗せた威力のある一撃に、守りならば二刀の銃剣の手数を生かすことが出来るこの構えは、銃剣機装の特徴である“様々な状況での戦闘が可能”という点を最大限に生かすことが出来るからだ。
蜘蛛型は沙耶がどう動くかをじっと観察している。蜘蛛型は基本的に自分から動くことは少ないとされている。そのため、沙耶は必然と攻勢を強いられる。
沙耶は力強く踏み込むと、一気に距離を詰める。その後ろに回り込んで胴体を斬り付けようと考えたが、蜘蛛型が足を振ってそれを妨げる。沙耶は動きを阻害されて体勢を崩す。
その隙を狙い、蜘蛛型が足を振り下ろした。勢い良く振り下ろされた足を沙耶は銃剣で受け止めようとするが、体勢が崩れているせいで上手く受け止めきれない。
どうにか体勢を立て直して蜘蛛型の足を押し返すが、休む間も無く次の足が振るわれる。押し返した直後の体勢だったために回避も間に合わず、横凪に迫る足に沙耶は弾き飛ばされた。
沙耶は吹き飛ばされるも空中で体勢を立て直す。そして、蜘蛛型の追撃が来ないように白光を撃ち出した。頭部に白光を受けた蜘蛛型は怯み、追撃を諦める。高威力で撃ち出したはずだったが、その頭部には僅かな傷しか付いていなかった。
――硬すぎてダメージにならない。複眼のせいで視界も広い。なら……!
瞬時に思考を巡らせると、沙耶は先ほどと同様に力強く踏み込む。勢いよく飛び出すと、蜘蛛型が迎え撃つように突進してきた。蜘蛛型が勢いよく迫るが、沙耶に焦りは無かった。
衝突する直前で沙耶は白光を高威力で撃ち出した。蜘蛛型にではなく、地面にである。白光はアスファルトを大きく抉り、爆風で砂埃を巻き上げる。その勢いで沙耶は高く飛び上がった。下を見れば、蜘蛛型が爆風で巻き上がった砂埃で視界を奪われていた。
沙耶はそのまま蜘蛛型の死角である背後に回り込むと銃剣を前に突き出す。硬い蜘蛛型の胴体に強引に銃剣をねじ込むと、白光を最大出力で撃ち込んだ。
蜘蛛型の表面は硬く、生半可な攻撃では傷を付けることは出来ない。しかし、内側ならばどうか。流れ込むエネルギーの奔流に、遂に蜘蛛型の体が弾け飛んだ。
沙耶は蜘蛛型を倒し終えると汗を拭った。かなり疲れたようで、呼吸もかなり乱れていた。これ以上戦うのは無理だと判断し、しかし、沙耶は満足げな表情で宣言する。
「リタイアします」
『リタイア、了解しました。訓練を終了します』
辺りが元の白い空間に戻ると、沙耶は機装を外した。




