42話 対面
「東條研究主任。私は高城隊長の元に戻りますので、後はよろしくお願いします」
「あ、私も学校の方で用事があるから戻りますね」
遠藤と七海は研究室を出ていった。残ったのは有希と東條である。
「さて、それじゃあオリジナルの機装とご対面としようか」
「うん!」
遂に神速機装を見られるのだと思うと、有希の胸が高鳴った。
東條に奥の部屋に案内される。厳重にロックが掛けられたドアを開けると、そこには二つの機装があった。
それは漆黒の腕輪だった。片方は底の見えない奈落のように、深い緑の光が走っている。もう片方には赤い線が走っていたが、光ってはいなかった。
「これが、オリジナルの機装なんだね」
「そうだ。有希、君はこの万能機装を使っ……」
東條が言い切る前に、後ろのドアが開かれた。侵入者かと思い東條が懐から銃を取り出して振り返る。
「ま、待て撃つな! 俺だってば!」
声はするが、姿が見えなかった。
有希は首を傾げていたが、東條は納得したらしく銃を仕舞った。
「全く、来るなら来ると言ってくれ。危うく撃ち殺して鍋にするところだったじゃないか」
「いや、後半がなんかおかしいぞ? というか、来るってメッセージに書いてあっただろ」
キョロキョロと辺りを見回して混乱している有希を余所に、クロエがツッコミを入れつつ部屋の中に入ってきた。
「高城が言ってたのはその子か?」
「ああ、そうだ! 有希って名前だ。可愛いだろう?」
「……おい」
クロエは東條のテンションに引きつつ、有希の方を見る。有希もようやくクロエに気付き、クロエの方へ歩み寄る。
「黒ネコだ! 可愛いなあ」
「こら! 勝手に肉球ぷにぷにすんな!」
「えっ!? ネコが喋った!」
「いや、お前も俺のことくらい知っているだろ」
そう言われて、有希は十秒ほどクロエを見つめて停止する。
「あ、クロエだ!」
「……」
早くもクロエに疲労の色が出始めていた。だが、クロエはなんだかこの感覚が懐かしく感じた。
なぜ懐かしく感じるのか。考えずともすぐに浮かんできた。
――この子は……有希は、一花にそっくりだ。
見た目は違う。一花ほど背も低くないし、一花よりは頭が良さそうに見える。だが、有希の根本的な部分が一花によく似ていたのだ。
それは、憧れである。かつてヒーローに憧れた一花のように、有希は一花に憧れている。死と隣り合わせのこの時代において、憧れで戦場に出る者は誰一人としていない。
舞姫のような強烈な憎しみを以て戦うのは例外だが、機装部隊に所属する者は皆、自分がやらなければならないという義務感や責任感からだった。それは、かつての七海と同じである。
しかし、有希は違った。強い憧れからオリジナルの機装を扱えるだけの適応率を叩き出したのだ。かつての一花のように。
そして、有希の顔を見てクロエは身を震わせた。高城があれだけ興奮していた理由が分かったからだ。
一花に無くて、有希に有るもの。それが、強い覚悟だった。
もう、クロエは何も考えられなくなっていた。一花を超えるかもしれない少女を前に、ただひたすらに歓喜していた。
「おいクロネコ! あたしを忘れてんじゃねーよ!」
「え? あっ……」
自分が連れてきた適応者のことすら忘れていた。振り返れば、セミロングの髪の少女が腕を組んで立っていた。その表情は怒りに満ちている。
「すまん、忘れてた」
「忘れてたのかよ!?」
少女が声を上げる。その素早いツッコミに、クロエも感心した。
事情が分からない有希は首を傾げる。東條に視線を向けるが、東條も首を傾げていた。
「む? クロエ、この可愛い子は誰だ?」
「なあ、東條。さっきの反応といい、もしかして……メッセージを見てないのか?」
「クロエ、その流れはさっき遠藤とやったからな。割愛しよう」
「二回目かよ!」
クロエは東條のだらしなさに呆れる。
「全く……研究熱心なのは良いが、メッセージの確認くらいはしろよな」
「クロエ、説教も二回目だ!」
「ああ、そうか。なら、後で遠藤に叱ってもらうんだな」
「すいませんでした!」
東條は即座に土下座で謝罪した。よほど遠藤が怖いのだろう。
クロエは溜め息を吐いた。
「それで、この子なんだが……」
「あたしは陣内唯だ」
クロエが紹介しようとすると、少女――唯が自分で名乗った。
「唯ちゃんだね! 私は識世有希っていうんだ。よろしくね」
有希が唯に手を差し出す。が、唯はその手を取らずに有希を鋭い目つきで見つめる。
「えと、唯ちゃん?」
「馴れ合いなんて必要ない。あたしは一人でも戦える」
突き放すように、唯は有希に言い放つ。そして、東條に視線を移した。
「おい、そこのお前」
「わ、私か? なんかさっきから扱いが酷いな!?」
「んなことはどうだっていい。早く機装を渡してくれよ」
唯が催促する。有希も早く神速機装を手にしたかったので、特に口は挟まない。
そこで、クロエが何かを思い出したように東條に話しかける。
「なあ、東條」
「む、なんだ?」
「適応者が二人ってことは、機装が足りないんじゃないか?」
「確かに、言われてみればそうだな……」
東條が顎に手を当てて考え込む。有希と唯はその様子に首を傾げる。
「二つあるじゃねーかよ」
「そうだ。二つあるにはあるんだが、神速機装の方がな……」
東條が神速機装の方に目を向けたので、有希たちもそれに倣う。万能機装と違い、神速機装は光を発していなかった。
有希は首を傾げる。
「どうして神速機装は光ってないの?」
「あれは、一花が原因なんだ」
「一花さんが? どうして?」
そう尋ねると、クロエは表情を暗くする。何か不味いことを言ってしまっただろうかと有希が焦るが、東條が首を振った。
「……クロエ、私が代わりに話す。部屋の外で待機しててくれ」
「すまん」
そういうと、クロエは外に出て行った。
「なあ、何があったんだ?」
唯は興味津々といった様子で東條に尋ねる。
「私はその場にいなかったから、伝聞になるんだが……」
そう前置きして、東條は語り始める。
「二人も学校で習ったとは思うが……十年前のことは知っているな?」
「それくらいは知ってるっての」
「うん、巨大な霧型の話だよね」
「そうだ。目の前で友人を失った一花は、戦いの恐ろしさに心が折れてしまった。そして巨大な霧型――私たちは原因体と呼んでいるが、その原因体に取り込まれた。原因体の生態は不明だが、かなり特殊な個体であることは確かだ。私たちは、奴がイーター関連の原因だと考えている」
「そうなんだ。原因体の居場所とかは分からないの?」
「分からない。なにせあの日以来、一度も姿を現していないからな。……話を戻そう」
東條はおほんと咳払いをした。
「一花は原因体に取り込まれる際に神速機装を残していった。だが、神速機装は彼女の強い絶望に染められていたんだ」
有希は神速機装を見る。光を失った姿は、一花の心情を体現したかのようだった。
「もう戦えないと思ったのだろうな。その強い絶望が神速機装を起動不可能にしている。何度か起動させようと試みたが、遂に起動しなかった」
「そうだったんだ……」
有希は表情を曇らせる。
沈黙が続く中、クロエが部屋に戻ってきた。
「そろそろ済んだか?」
「ああ、丁度終わったところだ」
「すまん」
「仕方ないだろう。気にするな」
東條の言葉にクロエは頷く。そして、それを見た東條が悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「貸し一つだからな。今度なんか奢れよ」
「そういうワケかよ!? というかネコにたかるな!」
「ちぇっ」
東條は残念そうに舌打ちをした。そんな東條を見て、有希と唯も残念な気持ちになった。
クロエは二人を東條に任せられないと判断して、自分で説明を始める。
「そういうわけで、神速機装は使えない。残った万能機装だが、二人のうちどちらかが使ってくれ」
「もう一人はどうするの?」
「量産型機装を使ってもらう。それでも、適応率が高いからかなりの戦力になれるだろう」
その言葉に唯が反応する。そして、有希に鋭い視線を向ける。
「おい、有希」
「ん?」
「万能機装はあたしが使う。いいな?」
「いいよ」
「えっ」
あっさりと引き下がった有希に驚き、唯は情けなく呆けてしまった。
「いや、引き下がるにしても早すぎだろ!? お前はそれで良いのかよ!?」
あまりの呆気なさに唯も思わず聞いてしまった。しかし、有希は首を振る。
「うん、私が欲しいのは万能機装じゃないから」
そう言うと、有希は神速機装に歩み寄る。クロエは有希の行動に首を傾げつつ、止めに入る。
「おい、神速機装は動かないんだぞ」
「動くよ」
「へ? いや、動かないんだってば」
「私が動かすから。任せて」
振り返った有希の表情は力強く、クロエは出任せを言っているようには思えなかった。有希の目には確信の色が見えたからだ。
そこで、クロエは先ほど有希を見たときのとを思い出す。一花に無かったものを有希は持っている。ならば、絶望に閉ざされたこの神速機装を動かすことも可能なのではないか。試す価値は十分にあった。
「わかった。やってみてくれ」
「ありがとう」
そして、有希は神速機装を手首に装着する。




