40話 検査
翌日、朝。
目を覚ました有希と七海は時計を見てはっとなった。すでに適応率テストの開始時刻を大幅に過ぎていたからだ。
「大変! 有希、急ぐよ!」
「う、うん!」
二人は慌てて支度を整えると、家を飛び出して会場の方へ向かった。
適応率テストの会場には百人ほどの少女が集まっていた。年齢は十四歳から二十歳と幅があるが、そのほとんどが十四歳である。それ以上の人たちは、以前に試験に落ちたことがあるが諦めきれず、再び挑戦しにきたのだ。
適応率テストは中層の中心部にある体育館で行われる。この体育館は主に特別学校の体育の授業で使用される他、適応率テストにも使われる。
適応率テストは列に並んで一人ずつ、適応率を検査する機器を使っていく。その分時間がかかってしまうのだが、これは高城の拘りである。しかし、それでも一人では対応しきれないため、適応率テストはこの体育館ともう一つ、中層の北部にある会場で行われる。
適応率テストは高城が直々に行う。それは戦場に送り出すからには、その人材を自分の目で見極めたいと思っているからである。もちろん、邪な気持ちを抱かないように遠藤が横について高城の監視をしている。
『高城、そっちの準備はどうだ?』
高城のもとにクロエから通信が入った。クロエは現在、高城とは別の会場で適応率テストの試験官をやっている。
「こっちは丁度終わった。そっちはどうだ?」
『こっちもオッケーだ』
「そうか。なら、そろそろ始めるか」
高城は通信を切ると、席に座りながら会場にいる少女たちを軽く見回す。が、気になる人材がいなかったのかがっくりと肩を落とした。その様子を見て、遠藤が近寄ってきた。
「どうしました?」
「いや、期待できそうなやつがいなくてな……」
高城はそう言って溜め息を吐いた。遠藤は少女たちの方に視線をやる。少女たちは緊張しているというよりは、ピクニック気分で友達と楽しそうに会話をしていた。緊張感に欠けるとは思ったが、問題とするほどではなかったため、遠藤は首を傾げる。
「適応者が見つからないと?」
「そうじゃない。俺が言いたいのは、現状を打破できるようなやつがいないってことだ」
「そうですか……」
高城の様子に、遠藤の表情も暗くなる。
「まあ、仕方ない。今は検査をするだけしてみるか。」
高城はそう言うと立ち上がり、少し歩いてから遠藤の方を振り返る。
「案外、俺が気づいていないだけで良い人材がいるかもしれないからな」
そう言ってにっと笑みを浮かべて見せた。高城なりに暗い空気を取り払おうとしているのが分かり、遠藤はそれに応えようと笑みを返した。
高城は真剣な眼差しで少女たちに視線を向ける。
「これより、適応率テストを開始する」
その言葉に、それまで賑やかさが嘘のように会場が一気に静かになった。
そして、適応率テストが始まる。
適応率テストのやり方は簡単で、手首に検査用の腕輪を付けて計測するだけだ。腕輪を付けるとモニターに適応率が表示され、それによって合否が決まる。
次々と少女たちが適応率を計っていく。しかし、適応者は何人かいたが、高城の求めるような人材は最後まで現れなかった。
高城はがっくりと肩を落とした。
「これで、適応率テストを終了す――」
「ちょっと待って!」
扉を開ける音と共に、高城の宣言を遮るように声が響いた。会場にいた皆がその方向へ視線を向けると、有希の姿があった。後ろには七海の姿もあった。
二人は体育館に転がり込むように入ると、息を乱しながらも高城のもとへ駆け寄る。
「遅れてすいません! 私にも受けさせてください!」
「高城さん、お願いします!」
有希は七海と共に高城に頼み込む。
「遅刻したからには、適応率テストは受けられ……」
受けられない。そう言おうとして高城は口を閉じた。その沈黙に遠藤が首を傾げる。
高城は有希の表情を見つめる。堅牢な要塞の如く、少しの揺らぎもない力強い覚悟を宿したその瞳に目を奪われていた。
「ほう、良い目をしている」
高城はニヤリと笑みを浮かべた。この少女には何かがあると、彼の直感が言っていた。
「いいだろう、やってみろ」
「はい!」
有希は頷くと、力強い足取りで計測器の方へ向かう。
「高城さん、ありがとうございます」
七海が高城に礼を言う。
だが、高城は首を横に振った。
「違う。確かに七海に頼まれたら頷くだろうが……それ以上に、あの子の目を気に入った」
高城は期待に満ちた目で有希を見つめる。
有希は腕に計測器を付けると、目を閉じて集中し始めた。
高城はモニターに目を向ける。適応率は緩やかに上昇を始め、五十を超える。しかし、そこで止まることなく順調に進んでいく。
「これは……!」
六十、七十。数値が上がるにつれて、高城の期待も高まっていく。数値は八十を超えるが、まだ上がっていく。
八十一、八十二、八十三、八十四。しかし、数値は八十五で止まってしまった。
オリジナルを扱うには最低でも九十は必要である。期待が大きかっただけに、高城はショックを受ける。
(やはり、無理だったか……)
残念そうに、高城は結果を告げる。
「識世有希。お前の適応率は……八十五だ」
「まだ、まだだよ!」
「なに?」
高城は有希の言葉に首を傾げる。
有希は再び目を閉じると、集中し始める。すると、適応率が非常にゆっくりとだが、確実に上がり始める。
「いける……のか?」
コンマ以下の数値だが、確実に上がっている。ゆっくりと上昇する。止まりそうで止まらない、そんな速度だ。
だが、止まらない。有希は己の気力のみで適応率を高めているのだ。本来ならばとっくに止まっているであろう適応率を、その強い覚悟で押し上げていく。
「いける、いけるぞ!」
数値と共に、高城の期待も高まっていく。
そして、ついに九十を超えた。
「うおおおおおッ!」
高城が声を上げた。十年もの間待ち続けた存在がそこにいたのだ。
高城はモニターから目を離すと、有希に視線を向ける。そこにいるのは、間違いなく彼にとっての希望だった。
かつての己を取り戻したかのように、高城はエネルギーに満ち溢れていた。
「遠藤! この子を東條の所に連れて行ってくれ!」
「は、はい! 分かりました!」
遠藤は有希の手を引いていく。七海もそれについていった。
残された高城は満足そうな表情でモニターを見つめる。そこには九十九と表示されていた。
あまりの衝撃に、体育館内は騒然としていた。妬む者もいれば、歓喜する者もいた。有希という逸材に対しての反応は様々だったが、ほとんどが歓迎している様子だった。
高城は興奮もまだ冷めていなかったが、とりあえずば終了しようと思い、宣言する。
「これで、適応率テストを終了する!」
その言葉を合図に、少女たちが体育館の外へ出て行く。適応率が五十を超えた者は係りの人についていった。
高城はそれを見届けると、機材の片づけを始めようとする。
『おい、高城! 大変だ!』
「ん? クロエか。どうした?」
急にクロエから通信が入り、高城は首を傾げた。
『驚くなよ。実はな……オリジナルを扱える適応者が出たんだ』
「な……そ、それは本当か!?」
『嘘を言ってどうするんだよ……』
通信機から呆れ声が聞こえてきた。その言葉に、高城は愕然とする。
「な、なんてことだ……」
驚きのあまり、言葉が出なかった。
『おい、高城? どうしたんだ?』
「ありえん。こんな奇跡があるものなのか……」
ぶつぶつと独り言を呟く高城に、クロエは疑問に思う。
「なあ、クロエ」
『なんだ?』
「出たんだ、オリジナルを扱える適応者が」
『いや、それは俺が言ったことだろ』
「違う。こっちの会場でも、一人いたんだ」
『な、ななな……』
今度はクロエが驚く番だった。あまりの衝撃に理解が追いつかず、しばらく呆然としてから、ようやく我に返る。
『何だってえええええ!?』
クロエの叫び声が体育館内に木霊した。




