38話 学校
「舞姫さん、格好良かったなあ」
有希は歩きながら呟いた。
足場から落下したときは恐怖で何も考えられず、舞姫に助けられたときも混乱していた。
少し時間が経ったことで冷静になった有希は舞姫のことを思い出す。
「舞姫さん、かわいかったなあ」
舞姫は普段の殺気立った表情とは一変してきょとんとした。そして顔を真っ赤にして恥ずかしがる姿が年相応に見えて、有希はそれが可愛いと思ったのだ。
もちろんそうなった原因は有希にあるのだが、それを彼女は知らない。よく分からないけど良いものを見られた程度の認識だった。
ともあれ、有希は学校に向かっていた。思わぬアクシデントのせいで時間的には既に遅刻であるのだが、有希にそんなことを考える余裕はない。脳内を占めるのは舞姫の恥ずかしがる姿だった。
「舞姫さん、良い匂いだったなあ」
「え? ど、どうしたの有希?」
急に声をかけられて有希は我に返る。視界には七海の姿があった。いつの間にか学校に着いていたらしい。
七海は戦いから離れてからは教師として働いている。そして、有希の担任でもあった。
七海は有希の様子を疑問に思いつつも、とりあえず声をかけたのだった。
「あ、七海先生おはよう」
「ん、おはよう。……じゃなくて」
七海は時計を指さした。
「有希、どうして遅刻したの?」
「あれ!? もうこんな時間なの!?」
「……」
有希の反応に七海は言葉を失う。まさか遅刻したことに気づいていないとは、と七海は頭を抱える。
「もしかして……有希、機装部隊の帰還を見に行ってたの?」
七海の言葉に有希は嬉しそうに頷いた。そんな有希の表情に七海の心も温かくなるが、しかし、遅刻は遅刻である。教師として、七海は有希に言わなければならなかった。
「機装部隊の帰還を見たかったのは分かるけど、遅刻は良くないことだよね?」
「そうなんだけど……でも、今日は舞姫さんが見られるから……」
有希はそう言ってしゅんと俯く。
七海はそんな有希の姿が可哀想になり、顔を上げさせる。
「仕方ないなあ、もう。今回は許してあげるから、次からはないようにね」
「はい!」
有希の顔に明るさが戻った。七海もそれを見て嬉しそうに頬を緩めた。
「それで、舞姫はどうだったの?」
「舞姫さん、格好良くて、かわいくて、良い匂いがしたよ!」
「そ、そうなんだ……それは良かったね……」
七海は微妙な顔をして言った。最近の舞姫の様子を考えるとそのイメージには繋がらないのではと疑問に思ったからだ。帰還の時に何かあったのかもしれないがそれはまた今度聞けばいいかと思い、七海は気にしないことにした。
「それじゃあ、そろそろ授業を始めるから席についてね」
「はーい!」
元気に返事をして、有希は席に着いた。
地下シェルターにおいて、学校の役割は依然と何ら変わりない。必要なことを生徒たちに教えるのである。
だが、教科はだいぶ変わった。国語と社会、英語の三つは統合されて史学となり、数学と理科はそのまま残った。そこに地下シェルターに避難してからの歴史を学ぶ現代学を合わせた主要四教科に、体育や家庭科などの実技教科がある。
体育は以前と違い、体を鍛えることに特化している。内容も戦闘技能や救命方法などこの時代において実用的なものばかりで、スポーツをやることは稀である。
七海は義務教育を受けられたおかげで教養があるため、主要四教科を担当している。また、破壊機装での実戦経験から体育も担当しており、かなり優秀な人材だった。
そんな七海が今からするのは史学である。史学は範囲がとても広いため教師によって担当する箇所が違う。七海の場合はイーターが出現してから今に至るまでの現代史である。
七海の現代史はイーターとの戦闘を実体験に基づいて語るため、その臨場感のある話は生徒たちにも人気が高い。特に機装部隊を志す生徒は、その話を熱心に聞いている。
とはいえ、七海が破壊機装の適応者として戦っていたのだと知っている生徒はいない。七海はそこまでの事情は語っていないため、生徒からの認識は面白く現代史を教えてくれる先生という程度のものだ。七海についてそこまで知っている者は中央にいるクロエや高城たちくらいである。
そして、有希も熱心に七海の話を聞いている先生の一人だった。有希は七海の授業の中で何度も語られた少女――一花に憧れていた。自分と同じ十四歳でありながら神速機装の適応者としてイーターと戦うその勇姿に憧れていたのだ。しかも、地下シェルター内で最強と言われる舞姫よりも強かったというのだから、憧れないはずがなかった。
そんな話を聞いている内にあっという間に時間が過ぎていく。この日はほとんどの授業が七海の担当だったため、有希は退屈することなくその時間を過ごしたのだった。
そして、帰りのホームルームが始まる。七海が教卓に立つと、生徒たちは号令に合わせて挨拶をする。生徒たちが着席したのを確認すると、七海は口を開く。
「明日は適応率テストの日だから、女子は体育館に集合してね。遅刻をした場合は受けられないから、今日は早めに寝るように」
生徒たちが「はーい!」と元気に返事をした。その中でも、有希は一際元気に返事をしていた。
有希は明日のことを考えながら、期待を抑えられずに笑みをこぼす。
適応率テストとは、ギアに対する適応率の検査である。十四歳以上の少女を対象に行われるもので、一年に一度行われている。
ギアの適応率は男性は低く、女性の方が高い。そして十四歳から二十歳までが適応率のピークといわれ、そこから先になると適応率は大幅に下がってしまう。そのため、量産型機装を扱えるのは基本的にこの年代の少女だけである。
逆に、適応率の低い少年たちには二十歳になったときに志願することで機装部隊に入ることが出来る。彼らはヒュドラ参型を手に機装少女たちと共に戦うのである。
有希はホームルームを終えると家に帰る。




