36話 十年
「もう、十年か」
壮年の男が険しい表情を浮かべる。ナイフのように鋭くギラギラとした眼光はまだ現役であることを相手に理解させる。だが、どこか疲れ切った顔は男の人生の壮絶さを物語っていた。
男は両肘を机に付けて顔の前で手を組むと、それを額に当てた。男の表情は疲労と焦りと怒りが入り交じっていた。
男は顔を上げると部屋の中を見回した。この狭く冷たい鉄の部屋の中には、可能な限り集められた、知識人や研究者がいる。彼らはここまで共に戦ってきた仲間であり、友でもある。こうして一つの部屋の中に集まると頼もしく思えるが、現状を見るとそうは言えなかった。
男は大きく息を吸い込むと、もう何度目になるのか分からないほど使ってきた言葉を発する。
「これより、定期会議を開始する」
男――高城剛毅は会議を開いた。部屋の中が重い空気に包まれる。
「今日で人類がイーターに負けてから十年目になる。だが、俺たちはここまで生き延びてきた。まだ、反撃の機会はあるだろう」
グツグツと煮えたぎる闘志を内に秘めながら、高城は語る。
「如月一花。彼女は幼いながら、人類で最も高い適応と戦闘センスを持っていた。彼女は神速機装の力を限界まで引き出し、討伐の困難とされる蟷螂型をも難なく倒した。だが、彼女はイーターに……残酷な現実に立ち向かうだけの精神力が足りなかった」
当時のことを思い出しながら、高城は語る。
「あの時、一花が取り込まれなければ。そうすれば、現状はもっと良かったかもしれない。だが、無い物ねだりをしている場合ではない。だから、俺たちはここまで全力を尽くして戦ってきた」
高城が部屋の中にいる者全員の顔を見つめる。彼ら彼女らは高城と目が合うと、力強く頷いた。
「今回の定期会議はこれまでの成果を確認する。まずは……東條真理恵研究主任」
「はーい」
高城に名を呼ばれ、白衣の女性がゆっくりと立ち上がった。赤いフレームの眼鏡に、伸びきって乱れた髪。ややだらしない服装で、その表情も気怠げだ。
東條は前に出ると、大きなスクリーンを起動する。手元のタブレット端末を操作して資料を映した。
「えーと、私はこの十年、ギアの開発など技術発展に努めてきた」
やる気なさそうに東條は頭を掻きながら言う。だが、仕事はきっちりとこなす。
「現在、オリジナルの機装を元にして作った量産型機装は五十個。量産型機装はオリジナルの機装には劣るがその分適応しやすいから、人の少ない現状においてはかなり有用な兵器だ」
量産型機装の概要を説明すると、東條はタブレット端末を操作する。すると、スクリーンに量産型機装の映像が映し出された。
「量産型機装は三種類あり、銃剣機装、救護機装、工作機装の三つ。銃剣機装はその名の通り、銃剣を持った戦闘向きのものだ」
スクリーンには一メートルほどの銃剣が映し出された。銃身は全て片刃の剣になっており、その持ち手には引き金がある。
「銃剣機装は殲滅機装の能力と破壊機装の能力を掛け合わせているが、性能はオリジナルには劣る。その代わりバランスに優れているから、あらゆる状況に対処できるようになっている。現在、これが二十機ある」
説明を終えると、東條は再びタブレット端末を操作する。スクリーンに次の量産型機装が映し出された。
「救護機装はその名の通り、救護を目的とした量産型機装だ」
スクリーンには大盾とハンドガンほどの銃が映し出された。
「救護機装は神速機装の能力と万能機装の能力を掛け合わせているが、これもオリジナルには劣る。機動力の高さと大盾の耐久力で、戦場で負傷した者の救護を専門とし、また、多少の戦闘も可能だ。現在、これが二十機ある」
東條は次の量産型機装をスクリーンに映し出す。巨大な二本のアームが背中から生えていた。
「工作機装は主に地下施設の開発など、基本的に戦闘での使用はない。破壊機装の能力と万能機装の能力を掛け合わせている。これは力に優れ、オリジナルに近い出力を出すことが可能だ。現在、これが十機ある」
三種類の量産型機装を説明し終えると、東條は次の説明に移る。
「量産型機装の他に、現在ではヒュドラ参型が二百、スコーピオン試作型が二つある。スコーピオン試作型は高城総司令と遠藤補佐に、残りのヒュドラ参型は適応者ではない兵士に渡してある」
東條は言い終えると、タブレット端末をしまった。
「以上」
東條は席に戻ると、ぐでっと力を抜いて座った。
高城はそれを確認すると、次の人物に視線を移した。
「次は、鈴木久志研究補佐」
「は、はい!」
緊張のあまり声が裏返っていたが、それを指摘する者はいなかった。唯一、東條が眉を顰めて鈴木を見ていたが、特にその視線に悪意はない。
鈴木はスクリーンの前に立つと、タブレット端末を操作する。すると、スクリーンに犬型や鳥型など、様々な種類のイーターが映し出された。
「え、えと……これまでの研究によって、イーターの生態がかなり解明されました。まず、ゲートについて」
鈴木がタブレット端末を操作すると、スクリーンにゲートが映し出された。
「ゲートはイーターの移動装置と思われていましたが、あれは間違いでした。ゲート自体がイーターであり、ゲートは犬型や鳥型などのイーターを生み出します」
鈴木はタブレット端末を操作する。すると、スクリーンに複雑な図が映し出された。
「ゲートからは稀に特異個体と呼ばれるイーターが生まれます。十年前の蜘蛛型の恐怖の目や蟷螂型の破壊の絶叫ように、強力な能力を持っています」
鈴木はその説明を終えると、画面を一つ前の物に戻す。
「イーターは想像生命体とされ『こういう存在である』というイメージが実体化したものです。イーターに普通の火器が効かないのは、このイメージを崩せないからです」
そこで、と鈴木は言う。
「イーターを倒すには、それを上回る強いイメージを投影する必要があります。そのため、ギアなどの兵器が作られました。ギアはイメージ伝導値に優れているため、イーターの『こういう存在である』というイメージを上書き、もしくは破壊することでイーターを倒すことが出来ます」
鈴木はスクリーンにゲートを映し出す。
「そうやって数を減らしていくのですが、相手にはゲートがあります。ゲートはイーターを想像する、いわばイーターにとっての母のようなものです」
スクリーンではゲートからイーターが現れる映像が流れる。
「また、ゲートは霧型が形を持ったものです。霧型はそれ自体に攻撃をしても効きませんが、ゲートになったり人を取り込んだりと何らかの形を象っているときはダメージを与えられます。これが、その映像です」
鈴木がタブレット端末を操作すると、一花の姿が映し出された。一回目の波のときの映像である。それを見てその場にいる何人かは一花のことを思い出して辛そうな表情を浮かべた。
次に、舞姫が映し出される。舞姫が光弾を撃ち出すと、人の形をした霧型が弾け飛んだ。
映像が終わると、鈴木が口を開く。
「このように、形を持った状態ならば霧型にもダメージを与えられます。ただ、何かを取り込むかゲートになるかしていないといけないため、機会は少ないです。僕たちのやるべきことは、全ての霧型の討伐。それでようやく、この戦いに決着がつきます」
言い終えると、鈴木は一礼して席に戻った。再び部屋の中が静寂に包まれる。
高城は目を閉じ、黙ったまま考え事をする。これまでのこと、そしてこれからのこと。集められた限りある人員でイーターを全て倒さなければならない。今後のことを考える。
少しして、高城が目を開いた。そして深呼吸をする。
「これで、今回の定期会議を終わりにする。また、明日には臨時会議を行う。ここから十キロメートル北の地上に現れたゲートをどうするかを話し合う。解散!」
会議を終え、皆が部屋の外に出て行く。部屋の中に残ったのは、高城と遠藤と舞姫の三人とクロエだ。
「もう、十年が経った。十年も経ってしまった。だというのに、まだ決着はつかない」
高城が辛そうに言う。
「なあ、クロエ。後、どれだけ戦えば俺たちは解放されるんだ? タイムリープ前の記憶を合わせれば、もう年齢の二倍近く戦っていることになる」
高城は四十二歳だった。この十年と、タイムリープ前の戦いを合わせれば、精神的には七十まで生きた気分だった。それでも、戦いは終わらない。
「何か、何かが必要だ。俺たちが勝つには、一花が必要だった」
「高城ッ!」
クロエが怒鳴る。力無くうなだれる高城を見てはいられなかった。弱音を吐く高城を見てはいられなかった。ここ最近では何度もこうやって高城に怒鳴っていた。
普段は力強く、決して弱さを見せない高城も、そばにいるのが旧友だけになると、途端に弱々しくなってしまう。
「すまないな、クロエ……」
高城は力無く頭を下げると、部屋を出ていく。高城を追うように遠藤も退室した。二人の背中をクロエと舞姫は辛そうに見送った。
「私は……まだ、戦えるわ。一花のためにも、絶対にイーターを殺し尽くしてみせる」
そう言って舞姫は出て行った。その目に宿る強烈な殺意に、クロエは言葉を発することが出来なかった。部屋にはクロエだけが残っていた。
(皆、一花が死んでから変わってしまった。七海は戦場を離れ、舞姫は他人に辛く当たって、高城はかつての力強さを失った……)
そこまで考えて、ふと、自分が涙を流していることに気が付いた。クロエは慌ててそれを拭うと、深呼吸をした。
(それでも、勝たなければならない。タイムマシンを作れるような人材は今回はいないから、次はないんだ)
クロエはぐっと手に力を入れる。そして、顔を上げる。
(一花……必ず、勝ってみせるからな)
クロエは力強く頷くと、部屋を出ていった。




