25話 譲歩
夜。昨日と同じ場所でクロエは舞姫とコンタクトを取っていた。
「それで、どういう風の吹き回しなんだ?」
「な、何の事よ」
「一花にウサギの鞄をあげたらしいじゃないか。喜んでたぞ?」
「べ、別にプレゼントじゃないわよ。ただ、気が向いただけで……」
舞姫は目を逸らす。もっと棘のある態度で遠ざけようと思っていたはずが、気が付いたら優しい態度をとってしまっていた。
舞姫はゲーセンでの出来事を思い出す。自分が太鼓を叩く姿を、目を輝かせて見つめてくる一花。UFOキャッチャーをやったときに、尊敬の眼差しで見つめてくる一花。ウサギの鞄をあげたときに、嬉しそうに笑う一花。
舞姫の頭の中が一花の姿で埋め尽くされていく。そして……
「ふへぇ……」
舞姫は惚けた顔でにへらと頬を緩めた。幸せそうな、とろけるような表情で舞姫はうっとりとする。
クロエはジト目でそれを見つめる。
(うわ、やばい人だ……)
恍惚とした表情で、舞姫は現実から遠ざかっていく。舞姫の頭の中には、夢の国が広がっていることだろう。
クロエは面倒になって、放置することにした。声をかけることもせず、タブレット型端末を操作する。
しばらくして、舞姫が元の世界に戻ってきた。はっと我に返ると、舞姫は顔を赤くする。
「やっと戻ってきたか」
「くっ……」
クロエの視線が辛くなり、舞姫は視線を逸らした。
「まあ、そんなことよりも……」
クロエはタブレット型端末をしまうと、舞姫に向き直る。
「どうしても、一花たちと仲良くすることはできないのか?」
「……無理よ」
舞姫は苦々しい声色で呟いた。その様子から、本心ではないことが窺える。
クロエはもう一押し何かが必要だと思い、考えるが、浮かばなかった。舞姫がこれほどまでに避ける理由について、クロエには見当も付かない。
だからこそ、聞かなければならないとクロエは決意する。
「なあ、舞姫」
「な、何よ」
「何でお前は、一花たちを避けるんだ?」
「…………」
舞姫は沈黙する。答えたくない、という感情が滲み出ていた。
「これから先、戦いは激しくなっていくだろう。お前はまだ戦ったことがないから分からないかもしれないが、いつ死人が出てもおかしくない状況なんだ」
「それが、何だって言うのよ……」
「このままだと、確実に誰かが死ぬことになる」
「…………」
舞姫は目を伏せる。頭では理解しているのだが、それでも、仲良くする、という行動に移ることができない。
「このまま誰かが死んだら、お前は必ず後悔するだろう」
「仲良くなったら、余計に辛いじゃない……」
舞姫からこぼれた本音に、クロエは耳を傾ける。
「私は、幼い頃に両親を亡くしているのよ。しかも、目の前で」
「何があったんだ……?」
「通り魔に遭ったのよ。そのときに、私を守ろうとして死んだわ」
「そう、か……」
予想はしていたが、やはり、辛い話であった。クロエは気まずくなり目を伏せたくなるが、それを堪えて舞姫の目を見続ける。舞姫が一花たちと仲良くする僅かな可能性を逃さないために。
「たまたま通りがかった人のおかげで、私だけは助かったわ。両親は助からなかったれど……」
そう話す舞姫の姿は弱々しかった。心に溜め込んだ辛さを吐き出すように、言葉を紡いでいく。
「死んだのは、弱かったからよ。もし力があれば、死ななくて済んだかもしれないじゃない」
その瞳に映るのは、後悔だ。舞姫は力が及ばずに死んだ両親を責めているのではなかった。むしろ、幼く非力だった自分を責めていた。
「その日から、私と仲良くなった人は、皆死んでいった。私は……私は、何度も失ってきたのよッ!」
悲しみが膨れ上がり、破裂する。叫ぶように、舞姫は心の内に秘めた負の感情を解き放っていく。
「今回だって、いつ死ぬか分からないじゃないッ! なのに仲良くなんてしたら、余計に……失うのが余計に悲しいじゃない……」
「そんなことにはさせない」
「……?」
クロエが呟く。急に言葉を発したクロエを見て、舞姫は首を傾げた。
「心配しなくても、一花たちは強いぞ。それこそ、人類で並ぶ者はいないほど強い。弱くなんか、ないんだ」
「でも、イーターはもっと強いんでしょ? だから、貴方はタイムスリップしてきたんじゃない!」
「ああ、確かにイーターは強いな。だが、俺たちの方が、もっと強い……いや、もっと強くなる」
「そんなわけ……」
「ギアの力には無限の可能性が秘められている。それこそ、イーターなんか比べ物にならないほど、強い」
クロエの言葉には気迫があった。一花たちが強いと信じさせてくれるほどに力強かった。
「だが、まだギアの力を引き出し切れてはいない。それに、イーターは数が多い。こっちの数は少ない。だからこそ、舞姫。全員の連携が重要になってくるんだ」
「……クロエの言いたいことは分かったわ」
「それじゃあ、仲良くしてくれるか?」
「……それはまだ、無理よ」
その言葉を聞いて、クロエががっくりと肩を落とす。しかし、舞姫の言葉は終わっていなかった。
「だから、一花たちが本当に強いのかを見極めさせて。一花たちが死なないって安心できたら、仲良くするわ」
舞姫の言葉は、多少の条件付きではあるが、肯定と言っていいものだった。クロエは頷く。
「ああ、分かった。それなら、すぐにでも仲良くできるだろうな」
「ずいぶんと自信があるのね」
「そりゃあ、もちろん」
クロエが不敵に笑ってみせる。その表情からは一切の不安も感じられなかった。
「次の波は明日の正午だ。それより前に、自衛隊の警戒線に来てくれ。高城に呼ばれたって言われれば通じるはずだ」
「分かったわ」
舞姫は頷くと、くるりと背を向けた。
「じゃあ、また明日な」
クロエの言葉に舞姫は無言で頷くと、そのまま去っていった。前進したことを感じ、クロエは満足そうに頷いた。




