20話 嫌悪
少しして、七海が目を覚ました。
クロエは出掛けているらしく、部屋の中には七海と一花しか居なかった。一花はまだ眠っている。
「ん、ふぁ……」
七海は大きく伸びをする。体を伸ばし終えた七海は着替え始めた。
爽やかな朝だった。しかし、七海の表情は暗い。目の下には隈もあった。
淡い水色のパジャマのボタンに手をかけながら、七海は昨日のことを思い出す。そして、表情を曇らせた。
――高城さんは、私のせいで怪我をしてしまった。
七海は蜘蛛型の攻撃にあっさりと捕らえられてしまった。そして、それを庇った高城が負傷してしまう。
クロエ曰く、高城は当分戦うことは無理だろうとのことだった。高城は七海の前ではそんな深刻そうな表情をしていなかったため、七海もそれほど深刻な怪我だとは思っていなかった。
高城は生身の人間である。そのため、ギアの装甲も無しに攻撃を受けたのだから、足が千切れなかっただけでもマシな方だった。
七海はギアの装甲に守られているため、高城の受けた攻撃の威力の高さを知らなかった。軽く噛まれた程度にしか見えていなかったのだ。
高城は自分を心配させないために、罪悪感を感じさせないために明るく振る舞ったのだ。昨日、それに気が付いた七海ははっとなった。
高城の見舞いに行ってきたクロエは、舞姫を探しに行く前に高城の様子を報告に来てくれたのだ。それ以降、七海はずっと罪悪感に苛まれていた。
パジャマから着替え終わると、七海は鏡の前に立った。仮設住宅にはもともと無いものだが、これは七海の親が持ってきてくれたものだ。
七海は鏡に映っている自分を見る。そこには弱々しい表情で佇む自分の姿があった。
自分の弱さが憎い。自分の考えが憎い。
鏡に映る自分を見ると、こちらを睨みつけていた。鋭い視線が七海に突き刺さる。
その視線が自分に向けられているものだと気付いた途端、七海は愕然となって頭を抱えた。自分は、こういう視線を向けられる人間だったのかと。
七海は高城に庇われた。もし高城が庇ってくれていなかったら、自分は死んでいたかもしれない。そうでなくとも、酷い怪我を負っていただろう。
一花は自分と違い、怪我をすることもなく戦っている。その様子には余裕も感じられるくらいだった。対して、自分はどうだろうか。何度も足を引っ張ってしまい、完全にお荷物状態になってしまっている。
自分の弱さが憎い。一花のように強くなりたい。だが、その答えが見つからない。今の七海にあるのは、自分しかブレイクギアを扱えないという責任感だけだった。
「私は強い……私は戦える……私は……」
自分に言い聞かせるように、七海は何度も呟く。呟けば呟くほど自分が強くなれるような気がして、何度も何度も呟く。
「ん、ふわぁ……」
「っ!?」
不意に聞こえてきた一花の欠伸で我に返る。そして、自分が何をしていたのかを思いだして怖くなった。
(どうかしちゃってるよ、私……)
七海はため息を吐く。鏡には目を泣き腫らした七海がいた。
「あ、おはよう七海」
「う、うん。おはよ」
気分を切り替えるため、いつも以上の明るい声で返した。そんな七海を見た一花が首を傾げる。
「七海、目が赤いよ? 怖い夢とか見たの?」
「えっ……ああ、うん! そんな感じだよ」
慌てながらもどうにか誤魔化す。一花は七海の様子を不思議に思ったが、いつも以上に明るい様子だったため大丈夫だろうと思った。
「そういえば、今日は波は来ないんだよね」
「うん、クロエが言ってたよ」
一花が言う。
「ならさ、久しぶりに遊びに行かない?」
「うん! 行く行く!」
七海の誘いに一花が嬉しそうに頷く。
「じゃあ、千尋も誘って買い物にでも行く? ついでにどこかで遊んだりとかも良いかもね」
「それなら、ゲームセンターに行きたいなあ」
「それも良いね、そうしよっか」
「うん!」
そう決まると行動は早かった。二人は準備を手早く済ませると、千尋を誘いに行った。




