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機装少女アクセルギア  作者: 黒肯倫理教団
二章 The girl who denies fate

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18話 舞姫

「バーストギア、インストレーション!」

 静寂に包まれた町に声が響いた。その中心にいるのは、三人目の適応者だ。

 黒い装甲は相変わらず露出が多く、しかし、少女がそれを見て抱いた感想は格好いいだった。黄の光が装甲を走ると、思わず頬が緩んでしまう。

 少女は変身が終わると、思考を切り替える。

 辺りは闇に包まれていた。煌々と輝く月が淡く世界を照らす中、その夜の世界の中に少女はいた。その姿は、地上に舞い降りた月のようだった。

 少女はギアの力を確認するために動き回る。さすがに攻撃は危険なために確認は出来なかったが、身体能力の把握は一通り出来た。

 確認を終えた少女は高く飛び上がり、電信柱の上に立った。

 少女は月を眺め、ため息を吐いた。町を見下ろす少女の表情は、彼女自身にも分からない。しかし、それが負の表情であることは理解出来ていた。

「これで、良いのかな……?」

 少女が呟く。しかし、その問いに返答は無く、言葉は虚空に溶けていった。

――寒い。

 少女は身を震わせる。身を刺すような冷気が少女を襲っていたが、そのせいではない。少女は、ギアの装甲に身を守られて寒さを感じないはずだった。

――心が寒い。

 手にはあっと息を吹きかけた。その微かな温もりは、すぐに失われる。それが寂しくて、悲しくて。しかし、少女はその考えを振り払う。

「大丈夫、私は弱くはない。仲間なんて、居なくても……」

 居なくても構わない。その言葉が紡がれないのは、少女の心のどこかに仲間をも止める意思があるからだろうか。

 後悔の念を振り払うように、少女は頭を左右に振った。

 少女は何度も否定する。己の考えを、仲間を求める心を否定する。

「駄目、仲良くなったら、また失う……」

 少女の頬を、一滴の雫が伝った。己を押し殺してまで仲間を拒んだのだ。そのときの光景を思い出す。

 差し出された手を拒み、拒絶の言葉を言ったときの相手の表情は、今も脳裏に焼き付いていた。小さな少女の、悲しそうな表情。もう片方の少女の、苛立った表情。

 良心の呵責に少女は頭を抱える。嫌われるのは悲しい。けれど、仲良くなってから失うのはもっと悲しい。この戦いには死が付きまとう。いつ死ぬかも分からない状況で、仲良くなるわけにはいけないと、少女は思っていた。

 気が付けば、涙が止まらなくなっていた。止め処なく溢れる涙を拭って、拭って、五度目に拭った辺りで、涙を抑えることが出来ないと悟る。

 少女は手で顔を覆って泣いた。その手に残る拒絶の感覚、差し出された手を振り払った時の感触がまだ残っており、少女はその手を退かす。

「確か、一花……だったよね」

 手を差し出してきたときの無邪気な表情を思い出す。まだ小学生――これは勘違いなのだが――だというのに、あんな化け物を相手に戦っているのだ。

 そんな少女の手を自分は振り払ったのだ。罪悪感に苛まれる。

 しばらく自問自答を繰り返し、ようやく涙が収まると、少女は再び町を見据える。

「大丈夫。私は強いから、このくらい耐えられる」

 自分に言い聞かせるように呟く。そして、仲間を求めようとする心を振り払う決意をする。

 少女は俯いていた顔を上げるとと手に力を込め、胸の辺りで握る。そして視線を月に移し、凛とした声で誓う。

「私はその考えを否定する!」

「何言ってるんだ?」

「えっ……きゃあ!?」

 急に聞こえた声に振り返ると、そこにはクロエがいた。急に声をかけられ、バランスを崩した少女は電信柱から落ちてしまう。

「おい、大丈夫か……?」

「大丈夫、よッ……このくらい……ッ」

 変身をしたままの状態だったため、体にダメージはないようだった。

「それより、何の用?」

 少女は体勢を立て直すと、棘のある言葉遣いに戻す。

「お前が二人を拒んだから、説得に来たんだけどな……」

「けど、何よ?」

「まさか、変身して電信柱の上で決め台詞を言っているとは思わなくてな」

「なっ!?」

 少女は顔を赤くして慌てる。まさかその瞬間だけを見られるとは思っていなかったため、自分の行動を思い出して恥ずかしくなった。

「これって、もしかして……中二病ってヤツか?」

「断じて違うっ!」

 少女は否定した。

「まあ、別に構わないけどな」

「その哀れむような目は止めてっ!」

 クロエの視線が辛くなり、少女はうずくまって悶える。

「そんなことは置いといて……」

 クロエが仕切り直す。その様子が真面目なものに変わり、少女は身構える。

「なんで、あいつ等を拒んだんだ?」

「別に良いじゃない。仲良くしなければならない、なんて規則は無いんでしょう?」

「確かに無いけどな。でも、それだと連携が取れないだろうし、なによりお前の命に関わる」

「…………」

 正論を言われ、少女は黙ることしか出来ない。

「孤立した状況だと、助けることすら難しい場面もあるだろう。お前だって、一人で死ぬのはイヤだろ?」

「別に、嫌じゃない……」

「ウソだな。お前は怯えてるし、それに寂しそうだ」

「そんなこと、人間じゃない貴方に分かるわけないじゃない!」

 そう言って、はっと気付いた。自分がとても酷いことを言ってしまったことに。

「確かに、俺は猫だ。分からないこともあるだろうな……」

「うっ……言い過ぎたわ、ごめんなさい」

 少女は素直に非を認め、謝罪する。クロエは今までの少女の態度からそういった言葉が出るとは考えていなかったため、少し驚く。

「ああ、気にしなくて良いぞ」

 クロエは笑顔で返し、それが本心であることを伝える。少女はそれを見て安堵した。

「話を戻すが……お前には何かしらの事情があるのかもしれないけれど、だからといってこのままの状況で放置するわけにはいかない」

「それは、無理よ……」

 少女は苦々しく呟く。理解はしているのだ。協力して戦う方が遙かに安全で、危険の少ないと言うことを。

 だからこそ、葛藤する。失うのは怖い。嫌われるのも怖い。答えの出ない問答に、悩み続ける。

「少しだけでも良い、一人で戦おうとしないで、協力してほしい」

「協力はするわ。でも、それ以上は求めないで」

 少女の拒絶の言葉に、クロエは「そうか……」とだけ返す。しかし、クロエは少女の声の震えに気付いていた。

(可能性はある、か……?)

 少女が一花たちに心を開くかもしれない。少女の考えを変えるのは大変だろうが、一花が仲良くなりたいと意気込んでいたのを考えるともしかしたら、とクロエは思った。

「せめて、名前だけでも教えてくれないか?」

「それは無理」

 少女は即座に否定した。

「名前くらいは良いだろう? じゃなきゃ、通信の時とか不便だし」

「仕方ないわね……」

 少女は観念したように肩を竦めた。そして、口を小さく動かした。

「……?」

 口は動いていたが、音が聞こえてこなかった。クロエは自分の耳がおかしくなったのかと考えたが、風の音も聞こえているし、確認のために自分で地面を踏んだときの足音も聞こえた。

 となれば、少女が言葉を発さなかったというのが答えだろう。何故そんなことをしたのか疑問に思いながらも、クロエが少女に視線を戻す。少女は再び肩を竦めた。

「仕方ないわね……」

 再び、クロエの元に少女の名前は届かなかった。微かにごにょごにょと言っているらしいが聞き取れない。

 クロエはジト目で少女を見つめる。少女は再度肩を竦める。

「仕方ないわね……」

 しかし、少女の名前は届かなかった。やはり何かを言っているようだが、声が極端に小さくて聞き取れない。クロエが訝しげに少女を見つめると、少女は再び肩を竦める。

「仕方な……」

「早く言えよ!」

 痺れを切らしたクロエが吼える。このままだと一生この問答を繰り返し続けることになるかもしれない。クロエは本気でそう思った。

 少女の方もようやく観念したらしく、肩を竦めた。

「……舞姫まいひめよ」

「えっ?」

 思わず情けない声が出てしまった。クロエは聞き間違えでないか確かめるために、もう一度尋ねる。

「も、もう一回頼む」

「だから、舞姫まいひめよ! 榊舞姫さかきまいひめ!」

「あー……」

 クロエは気付いてしまった。少女――舞姫が一花たちと仲良くしようとしない理由に。

 名前を言い切った舞姫は顔を逸らしていたが、顔が赤くなっているのは夜の暗闇の中でも分かるくらいだった。

(よほど、舞姫という名前が恥ずかしいんだろうな……)

 クロエは憑き物が落ちたような清々しい表情になる。

「名前くらいで悩むなよ。一花も七海も、そんなこと気にしないぞ」

「なんか誤解してない!?」

 クロエはすっきりとした顔で去っていく。その場に残された舞姫は、どうして良いか分からず、立ったままでいた。

 誤解をされてしまったみたいだが、とりあえず納得させることは出来た。今はそれだけで十分だろうと舞姫は結論付ける。

 クロエが居なくなると、辺りは静けさに包まれた。微かに環境音があるくらいである。

「何なのよ、まったく……」

 寂しさを誤魔化すために、そう呟いた。


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