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機装少女アクセルギア  作者: 黒肯倫理教団
二章 The girl who denies fate

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17話 怪我

 一花と七海は仮設住宅に帰っていた。もちろん、クロエも一緒である。

 ギアを外した二人は、寒さに身を震わせる。

「さ、寒いよ七海ぃ……」

「うん、そうだね……」

 仮設住宅に到着するとすぐに、二人はベッドに潜り込んだ。まだ外は明るいのだが、寒さに負けて布団にくるまっている。

 その様子を見て、クロエは仕方ない、といった様子で首を振る。

「仕方ない、アレを出すか」

 クロエはそう言うと、首輪に付いているボタンを押した。するとクロエの前に青い透き通ったウィンドウが表示される。

 その様子を一花と七海が興味深そうに眺める。

「ねえクロエ、なにやってるの?」

「まあ見てろって」

 クロエはウィンドウを操作し始める。何回かの電子音の後、クロエの目の前に光球が現れた。光球はゆっくりとその形を変え、箱型の機械になる。それを見た一花が目を輝かせた。

「ストーブだ!」

 目の前に現れたのは、どこにでもありそうな黒いストーブだった。しかし、クロエはニヤリと笑みを浮かべる。

「コイツは未来の技術で作った暖房機だ。本当は使わないように言われてるんだが、非常時だからな」

 クロエがスイッチを押すと、部屋の温度が一瞬にして春の陽気に変わった。程良い暖かさに、一花と七海が気持ちよさそうにする。

「一瞬で暖かくなるなんて、未来の技術ってすごいんだね」

「ああ、イーターから作ったヒーターだ。性能は完璧だろう?」

「イーターとヒーター……」

 七海が苦笑いする。ちなみに、一花は七海の後ろで大笑いして転げ回っていた。どうやらツボにはまったようだ。

「こんな良い物があったのに、なんで昨日のうちに出さなかったの?」

「未来の技術だからな。ギアの存在だけでも危ないが、こういう日用品に応用できると知れたら、それこそ大変なことになる」

「なるほど」

 七海はヒーターを見る。特に電源があるわけでもないのに、ヒーターは部屋を暖めていた。この技術があれば、環境問題など様々な面での改善が出来るだろう。

 しかし、クロエだけでなく、未来の技術者たちはそれを恐れる。ただでさえ、地球の技術は高いところまで来ている。その上さらにこの技術まで手に入れてしまったら、核よりも強大な兵器が溢れ、取り返しのつかないことになってしまうだろう。

 今回は非常事態だと判断したクロエがヒーターを出した。仮設住宅に防寒対策は十分にはされておらず、この寒さで一花と七海が体調を壊してしまうと、波を乗り切ることが難しくなってしまうからだ。

「七海、あったかいね」

「そうだね」

 嬉しそうに寝転がっている二人を見て、クロエもほっこりする。だが、その後に顔を真剣なものに変えると、仮設住宅を出た。

 空はまだ明るい。波は朝早くに起きたため、まだ夕方にもなっていない。

 クロエは町の方へ向かう。目的地は異変調査部隊の警戒線だ。今日の戦いで負傷してしまった高城の様子が気になり、見舞いに行くのだ。

 町を取り囲む警戒線は、高城が負傷して離れているにも関わらずしっかりと機能していた。どうやら優秀な指揮官がいるようだとクロエは思った。

 クロエは警戒線の中に入っていく。猫であるクロエは、警戒の対象にはならない。そのため、特に障害もなく進むことが出来た。

 少しして、目的地にたどり着く。負傷者を治療するためのテントだ。サイズは大きいが、複数人が収容できるほどではない。隊長である高城専用のテントなのだろう。

 クロエはテントの中に入る。そこにはベッドの上で寝転がっている高城と、その幼馴染みであり副隊長でもある遠藤がいた。

 クロエは猫の跳躍力を活かしてベッドの上に飛び乗る。それに気付いた遠藤が追い払おうとするが、高城が制止した。

「おう、クロエ。見舞いに来てくれたのか」

「ねえ、剛毅。この猫のことを知ってるの?」

「ああ、俺の相棒だ」

「え? どういうことなの?」

 遠藤にはどういう事情なのか分からない。彼女の目に映っているのは、どこからか現れた猫に親しげに話しかける幼馴染みの姿である。長い付き合いだからこそ、猫に対して完全に心を開いているのが分かり、余計に理解出来ない。

 高城がクロエに目線をやると、クロエは「いいのか?」といった様子で首を傾げる。高城は頷いた。クロエも頷く。

「えっと、はじめましてだよな? 俺はクロエだ」

「えっ!? ね、猫がしゃ、喋った!?」

 遠藤が驚き戸惑う。事情を知らない一般人ならば当然の反応だった。

「えと……遠藤怜奈です?」

「ああ、よろしくな」

 遠藤は未だに状況が把握出来ない。それを見た高城が、まずは落ち着くようにと言う。

「ほら、怜奈。深呼吸を十回してみろ」

「え? う、うん。すう、はあ。すう、はあ……」

 律儀に十回こなすと、遠藤は落ち着いたようだ。

「もう大丈夫。それより、この喋る猫……クロエは何なの?」

「こいつはさっき言ったとおり相棒だ」「もう、それだけじゃ分からないってば」

「それを今から話す。これから話すことは信じられないかもしれないが、全部事実だ。真剣に聞いてくれ」

「う、うん……」

 真剣な表情をしている高城を見て、遠藤は軽い話ではないのだろうと感じ取り姿勢を正した。

 高城は未来でのことを話す。説明の不足しているところはクロエが注釈を入れ、ほとんどの知識を共有すると、遠藤は顔を青くさせる。

「それじゃあさ、その……未来では、私は死んでたの?」

「ああ、死んでいた」

「そっか……」

 高城が苦々しく言うのを見て、遠藤は嬉しそうに微笑む。自分の死よりも、高城が自分が死んだことを気にしてくれた、ということの方が大切らしい。

「まあ、その話はいいよ。それより、この後はどうするの?」

「この後は、かなり辛いだろうが、異変調査部隊と四つのギアのみで戦う」

「なんで他の国の軍隊を呼ばないの? 助けを求めれば、動いてくれる国もあるはずなのに」

「それは出来ない。小型のイーターでさえ、核を打ち込んでやっと倒せるくらいだ。それを実行すれば、この町どころかこの国が終わってしまう。それに、核ですら小型を倒すのが限界だから、使うメリットはない」

「なら、異変調査部隊も無力なんじゃないの?」

「戦闘面においてはそうだろうな。ただ、ギアの技術の漏洩を防ぐことは出来る。この技術の情報が漏れれば、それこそ世界が終わる」

 高城は深刻そうな表情を浮かべる。遠藤もその表情を見て、実際にギアの力を見たわけではないが、その危険性を理解した。

「なるほどね、分かったわ」

 そう言うと、遠藤が急に立ち上がる。何だろうかと高城とクロエが視線を向けると、遠藤は自信に満ちた表情を返した。

「私も出来る限りのことはするわ。だから、剛毅はゆっくり休んでて」

 そう言うと、遠藤はテントを飛び出していった。嵐のように去っていく遠藤を高城とクロエは見送る。

「……大丈夫なのか?」

「まあ、大丈夫だろう。あいつはあいつで優秀だからな。俺が保証する」

 自信満々、といった表情で高城が言う。クロエは苦笑いで返した。

「そうか。まあ、お前がそこまで言うなら大丈夫だろうな。遠藤に未来のことを教えたのも、それだけ信頼しているからか」

「それもあるな。単純に、事情を知っている奴が少ないから、増やしたいってのもあるんだが」

「だからこそ、遠藤なんだろう?」

「……はあ、そうだ」

 高城が頬を掻きながら頷く。身近な人物の生存率を上げたいと思ったのだろう。

「まあ、遠藤も優秀そうだし、大丈夫か」

 クロエは警戒線の様子を思い出す。統率の取れた動きをしており、少しでも異変があればすぐに対応できるだろう。

 クロエはとりあえずは安心だろうと考え、話題を変える。

「それより、怪我の方はどうだ?」

「ああ、それなんだが……思っていたよりヤバいみたいだ」

 高城はベッドに固定された足を恨めしそうに見つめる。

「骨までやられてるらしいから、波には間に合わないかもしれない。いっそのこと、切り取って義足にしようかと思うんだが」

「それはやめとけ。自分の体なんだから、大切にしてやれよ」

「まあ、そうなんだがな……」

 高城は頷くも、納得できていないようだった。

「もし、このまま寝ているだけで終わったら、俺は必ず後悔する。足を失うよりも遙かに、な」

「はあ、そうか……」

 高城の真面目さにクロエはやれやれと首を振った。

「まあ、お前がそれで良いなら止めないけどさ」

「ああ、後悔はしない」

 高城の表情は真剣なもので、すでに覚悟をしているようだった。クロエも納得すると、ベッドから降りる。

「俺もそろそろ行くよ」

「そうか、気を付けろよ」

「ああ」

 クロエはテントから出た。空は赤く染まり、ちょうど地平線に沈んでいくところだった。


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