15話 自責
二回目の波を乗り切り、一花と七海は安心したせいか力が抜け、その場にへたり込んだ。危ない場面はあったものの、高城のサポートのおかげで怪我を負うことはなかった。
しかし、その高城の様子がおかしいことに七海が気付く。
「大丈夫ですか……っ!?」
のぞき込むように高城を見ると、足に怪我を負っていた。七海を庇って小蜘蛛型と対峙したときに噛まれた傷だ。
傷は深く、血も相応の量が流れていたが、高城は大丈夫だと言って手をひらひらと振った。
「この程度の傷、別に問題はない。それに、もうじき治療班も来るから、治療すれば簡単に治るだろうよ」
高城の言葉に七海は安心する。高城は自分を庇って怪我をした。もし治らなかったならば、七海は自分のことを一生責め続けるだろう。
しかし、ほっと息を吐いて安堵の表情を浮かべる七海に対して、高城の表情は暗い。
「……だが、しばらくは戦えそうにないな」
高城は足を恨めしそうに見つめる。小蜘蛛型の牙は骨まで達していて、ほとんど切断されていた。少しでも力を入れたら、そのまま足が取れてしまうのではないか。高城は恐ろしくなるが、目の前の少女たちにそれを見せまいと暗い表情を取り払う。
「治るまでしばらくかかるだろうが、波の終盤辺りには復帰出来るはずだ。それまで、大変だろうが、俺無しで耐えてくれ」
二人は頷く。
高城はこの二人ならば自分がいなくとも大丈夫だろうと考えていた。
特に一花は、蜘蛛型を相手に真正面で戦えるほどの力を持っている。ギアの扱いも慣れてきたらしく、蜘蛛型にとどめを刺すときの一撃はそれ以前の攻撃よりも遙かに高い威力を持っていた。
七海に関してはまだ心配なことが多かった。戦闘面においては一花には及ばずとも十分に戦えている。しかし、戦闘時の七海の表情は恐怖一色に彩られていた。この先の戦いに耐えられるのか、高城は心配だった。
少しして、治療班が現れた。それを率いて走ってくるのは、モデルのように美人な女性だった。女性の美しさに、同性である一花と七海も思わず見惚れてしまう。
女性――高城の幼馴染みである遠藤玲奈は、高城の元に駆け寄ると突然抱き付いた。その光景に、その場にいた皆が固まる。
「剛毅! 突然町の方に走っていったから心配したのよ! それに、急に治療班をよこせって命令までして……うぅ、ひっく……」
やってくるなり怒鳴るような口調で言うが、段々と語気が弱くなっていき、ついには泣き出してしまった。ころころと変わる遠藤の態度に、高城もどう対応すればいいのか分からずに困惑する。
治療班の人たちは見慣れているらしく、多少困惑するもすぐに表情を戻し、微笑ましいものを見る目をしていた。だが、当事者ですらない一花と七海の理解は追いつかない。
「あのさ、七海」
「ん、なに?」
「わたしたちはもう帰ってもいいのかな?」
「うーん、良いかもね」
「ま、待ってくれ! 俺だけおいていかないでくれ!」
「剛毅、剛毅ぃ……うぅ……」
出来上がったカオスな空間にタイミング良く足を踏み入れてしまったクロエは、関わりたくないという感情をこらえて輪の中に入る。
クロエに気付いた高城がアイコンタクトで「俺はもう行くから、また後で連絡をくれ」と伝える。クロエも頷いた。
高城が治療班に自分を本部まで運ぶようにと命令する。そこでようやく遠藤が離れた。そして、少し落ち着いたのか、周りをきょろきょろと見回して一花と七海の存在に気付いた。
「剛毅、あの子たちは誰……?」
「ああ、あの子たちは……」
高城が説明しようとするより早く、一花が前に現れて自己紹介をする。
「わたしは彼の愛人です!」
その行動を見て、クロエと七海が頭を抱えた。
「ねえ剛毅……それって、どういうこと?」
「い、いや、誤解だ! 俺に幼女趣味はない!」
「けれど、あの子がそう言ってるわよ? もしかして、援助交際とかしてないわよね?」
「断じてしてない! あの子はまだ小学生だぞ? 子どもの冗談をいちいち気にするな!」
「失礼な、わたしは中学生だよ!」
「そんな馬鹿な!?」
再び始まったカオスな光景に、クロエはため息を吐く。今度はカオスの外側にいる七海は、一花を助けずに他人のフリを貫いていた。薄情な少女だった。
ようやく誤解が解けると、治療班が高城を担架に乗せ、異変調査部隊の本部に運ぶ。遠藤もそれについていった。去り際に遠藤が一花に笑顔を見せてから去っていったが、それが「ふざけたことをするな」という威圧的な意味が込められていたことに一花は気付かない。むしろ、満面の笑みで手を振り、遠藤の威勢を削いだくらいだった。
ようやく落ち着くと、クロエは場を仕切り直す。
「二人とも、よくやってくれた。お疲れさん」
「わたし、頑張ったよ!」
「でも、高城さんが……」
一花は胸を張るが、七海の表情は対照的だった。高城が怪我をしたのは自分を庇ったからだと、七海は自責する。クロエは七海の表情に気づき、フォローを入れる。
「七海、お前も十分頑張ったよ。今回は相手が悪かっただけで、死人が出なかっただけでも良い方だ」
「だって、高城さんは私を庇って怪我をしたんだよ? 私がもう少し上手く戦えてたら、あんな事には……」
今にも泣き出しそうな七海に、隣にいる一花もどうすればいいか分からず、ただあたふたとしていた。
「私が、弱かったから。だから、高城さんが怪我を……」
「ちがうよ! 七海は弱くなんてないもん!」
一花が珍しく、真面目な表情で抗議した。何に対する怒りなのか、その表情は険しい。
「七海は強いよ! あんなにこわい化け物と戦ってるんだもん!」
「でも、私は一花みたいには戦えてないし……」
パチン、と音がした。一花が七海の頬をビンタした音だった。突然のことに呆然とする七海を、一花はその頭を抱え込むように抱きしめた。
「七海は強いんだよぅ……どうして分かってくれないの……」
気付けば、一花は泣いていた。涙が頬を伝う。顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくる姿に、七海は困惑する。
一花にとって、七海は憧れの対象だったのだ。いつもしっかりとしていて頼りになる。最初の波の時、動けなくなった一花の手を引いてくれたのも七海だ。一花にとって、七海は命の恩人であり、そしてヒーローでもあった。
その七海が、こんなにも弱い姿を見せている。一花はヒーローが悪役に倒される姿を連想し、感情を抑えられなかった。
なんで、どうしてと嗚咽しながら一花が呟く。そんな一花の姿に、七海は心を痛める。
「い、一花!」
「うぅ、えっ……ひっく……んえ?」
「私は大丈夫だから! ほら、この通り!」
七海が体を動かし、一花に笑ってみせた。一花はその様子を見て顔を明るくさせる。
「ほんとに、大丈夫……?」
「本当だって、大丈夫だから」
「良かった……」
一花は涙を拭うと、ようやく笑顔を見せた、その姿に七海も安心する。
しかし、クロエは七海のメンタルの弱さがどうにも気になってしまう。出会ったときと比べ、七海の表情は僅かだが暗くなっている。一花はともかくとして、七海本人が気付いていないのは問題だった。
この先のことを考えると、過剰な恐怖を持っている七海はどこかで立ち止まってしまうのではないか。責任感の強さからここまで頑張ってはいるが、本格的に波が始まったときに、戦い続けられるのかクロエは心配だった。
クロエはため息を吐く。考えていても仕方がない。戦うのは本人なのだから、七海自身の気力に賭けるしかないだろうと結論付け、思考を止めた。
二人が落ち着いた頃を見計らって、クロエは口を開く。
「さて、もう大丈夫そうだな」
二人は頷く。クロエはそれを見ると、後ろを振り返りながら言う。
「なら、三人目の適応者を紹介するぞ」
クロエの言葉の後、一人の少女が現れた。
一章終了。
次回から二章に入ります。




