11話 記憶
日の出から少し時間が経過する。空は明るくなってきたが、町はどこか暗い雰囲気に包まれていた。
町の近くの丘にたどり着いた二人とクロエは戦闘準備をする。
「いいか、今回の波は前回よりも敵が多くなるだろうから、危険がないように、互いにサポートが出来る距離を保ってくれ」
「「了解!」」
戦う覚悟を決めた二人の声は力強い。まだ二人は少女だというのに、その覚悟は少女のソレとは思えないほど強いものだった。
自分たちには力がある。力を持つ者としての責任がある。
二人にとって、この戦いは気の進むものではない。前回の波で現実を知った二人は、その恐怖を知っている。特に腕を失った――ギアの治癒力強化で翌日には再生したのだが――ため、その恐怖は大きい。
しかし、自分たちがやらなければ地球は滅ぶだろう。その重い責任感が、二人を動かしている。
これは、創作ではなく現実だ。故に、シナリオなど無い、ハッピーエンドにもバッドエンドにもなり得る。その選択肢を持つのは、力を持つ者だけ。
だからこそ、二人は戦う。恐怖を押し殺し、イーターに立ち向かう。
僅かな違和感。直後、町の中に大きなゲートが現れる。
「う、嘘だろ!?」
ゲートを見たクロエが声を上げる。その顔には驚愕の表情が浮かんでいた。
「どうしたの、クロエ?」
「二回目の波は、あんなに大きなゲートじゃなかったはずだ。あれは四回目の波くらいの大きさがある」
「それって……どういうことなの?」
一花は首を傾げる。
「ゲートは敵の戦力がどれくらいあるかによって大きさが変わる。大きければ大きいほど敵の戦力が強大ってことだ」
現れたゲートは、前回の波の四倍ほどの大きさだった。ゲートの特性については未来で判明しており、正確なものである。
ゲートの大きさを見たクロエは、悪い予感が当たってしまったことにショックを受ける。
前回の波は地球の戦力を測るためであり、今回の波はギアがある状態に合わせて戦力を投入してきた。つまり、こちらの戦力に勝てるように計算されているということだった。
未来では、世界が崩壊したのは二回目の波からだった。それを考えると、今回も同様に二回目でこちらを制圧できるようにしているのだろう。
話を聞いた七海は顔を青くする。
「クロエ、私たちはどうすればいいの?」
「とりあえず、敵を出来る限り減らして欲しい。俺は戦えるやつに心当たりがあるから、ソイツを連れてくる。すまんが、どうにか持ちこたえてくれ!」
「「了解!」」
二人の返事を聞くと、クロエは町の方向へ、否、かつての相棒の元へ走り出した。
その背中を見送った後、一花と七海は互いを見て頷き、ギアを掲げる。
「アクセルギア、インストレーション!」
「ブレイクギア、インストレーション!」
二人の声に反応し、ギアから装甲が飛び出してきた。同時に、着ていた服が光に包まれて消え去り、そこに装甲が装着されていく。一花は槍を、七海は大剣を手に取る。装着が完了すると、装甲に光が走った。
「いくよ七海!」
「う、うん!」
二人は飛行体勢に入る。七海は結局最後まで練習で成功しなかったのだが、少し怖じ気付くも、即座に気合いを入れ直した。飛ぶことが出来なくても、せめて高い跳躍で自衛隊の警戒線を飛び越えようと意識を集中させる。
二人は助走をつけ、一気に飛び出した。大きく跳躍すると、一花は翼を広げて加速し、ゲートの方へ飛んで行く。それに遅れるように、飛べてはいないが、大きな跳躍で七海が一花について行く。
「あ、あれは何だ!」
そう叫んだのは誰だったか、誰にもわからなかった。いや、皆がそう叫んでいたのかもしれない。目の前に現れた異常に意識を奪われながらも、僅かばかりの意識を報告に向け、そう叫んだ。
自衛隊の警戒線の上空をかなりの速度で、何かが飛び越えていったのだ。赤い光と青い光。それは人のようにも見えたが、しかし、それを人だと考える者はいなかった。この地球上には、あのような技術は存在しない。あれは人間の所業ではない。故に、人だという認識を意識の外に追いやったのだ。
いずれにせよ、謎の飛行物体が飛び越えていった、という事実は高城の元へ伝わる。
「やはり、何かヤバい事が起きているのか……?」
高城は首を傾げつつ、これまでに入った報告をまとめながら思考する。
(あの町の中に突然現れた空間の避けたようなやつは何なんだ? それから少しして謎の飛行物体……か。まるでテレビの中の話みたいだ)
高城は考えるが、しかし、答えは出ない。彼の持つ情報は、正解を導き出すにはあまりにも少なすぎた。
状況を把握できないことに苛立ちを感じつつ、高城は唸る。そこに、遠藤がやってきた。
「高城隊長。監視の方から報告が上がっています」
「内容はなんだ?」
「例の空間の裂け目から何かが出てきました。熱源反応があるのと、見た目から生命体と思われます」
「見た目? どんなやつなんだ?」
「犬型のものが二十体と、鳥型のものが十体。それと、巨大な蜘蛛型のものが一体います」
「多いな……怜奈、ヒュドラ参型を持ってきてくれ」
「……ヒュドラ参型? 聞いたことがないですけど……」
「ん……?」
そう返され、高城は首を傾げる。そもそも、ヒュドラ参型という言葉自体、どこから来たのかわからない。しかし、何故だか、自分はそれを知っている気がした。
「……悪い、忘れてくれ。それで、イーターの様子はどうだ?」
「イーター?」
またしても疑問形で返され、高城はいよいよわからなくなる。先ほどから、自分の口から自然と流れてくるこの言葉は何だろうか。初めて口にした言葉のはずなのに、何故だか言い慣れている気がした。
「と、とりあえず、全部隊に武器を構えて待機するように伝えてくれ。向こう側に攻撃意志がある場合、容赦なく攻撃してくれ」
「わかりました」
高城の様子に違和感を抱きつつも、遠藤は伝達に向かう。
高城は大きくため息を吐いた。
何か、自分の中に全く知らないはずの記憶があった。体験したことのない、しかし、何故かその記憶を知っている気がした。
先ほど見えた映像に意識を集中させる。周りの物音を意識の外に追いやり、記憶のパズルを組み立てていく。時間が経つにつれて鮮明に思い出せるようになっていき、そして、気付く。
「俺は……タイムリープしたのか?」
「そうみたいだな」
高城の独り言に対して、どこからか返答が来た。物音を意識の外に追いやっていたせいか、近くに来ていたことに気がつかなかった。
そして、高城はかつての相棒の名を口にする。
「クロエか」
「久しぶり……と言うべきか? その様子じゃ、さっき思い出したばっかりみたいだな」
物陰から現れたクロエは、高城の顔を見ながらそう言った。壮絶な戦いの記憶を思い出した高城は、ひどく疲れているようだった。高城は苦笑いを返す。
クロエは当然といったように高城の横に腰掛ける。高城もそれを拒むことはない。
「まだ、全部は思い出せてはいない。所々抜けてはいる。だが、必要最低限のことは思い出した」
「そうか」
「なあ、クロエ」
「ん、なんだ?」
「お前は翻訳機能付きの首輪もあるみたいだし、タイムスリップだったんだろう? 何故俺はタイムリープなんだ?」
「記憶が曖昧な状態のお前にはキツいかもしれないが、それでも聞くか?」
「ああ。教えてくれ」
「そうか……」
クロエは、少しだけ間を置き、頭の中で内容をまとめる。
「俺がタイムスリップすることになった時の記憶はあるか?」
「ああ、覚えている。確か、イーターに居場所がバレて、攻め込まれたんだったか?」
「ああ。そして、もうこれ以上は持たないってところまで追い詰められたんだ。扉を一つ挟んだところには既にイーターが来ていた。もはや人類は絶滅寸前。量産化は出来ていなかったが、それでもギアは四つ出来ていた。僅かな望みを託されて俺はタイムスリップすることになったんだ。なんで俺が選ばれたかというと……」
「タイムパラドックスか」
未来ではタイムパラドックスを恐れたため、過去に飛んでも大丈夫な者がギアを過去に届ける候補として選ばれた。その候補の条件は一回目の波の時点で生まれていないもの、もしくは波の発生地である町から大きく離れた所で暮らしていたものという条件だった。
その条件になった理由は、同一人物が同じ時間、場所に存在することによって因果律に矛盾をきたす可能性があったからだ。タイムマシン自体が急造のもので、安全性やタイムパラドックスについてほとんど解明されていないため、少しでも危険性を少なくするために選ばれたのがクロエである。
「ああ。この時代だと俺はまだ生まれてはいない。だから、それを考えて俺が選ばれたんだ」
「なるほどな。それで、なんで俺はタイムリープしたんだ?」
「ああ、それは……」
クロエは高城の顔を見る。高城は黙って頷いた。
「俺がタイムスリップをするとき、基地はギリギリだった。俺の他に四人、ギアを過去に届ける候補がいたんだが、そいつらも殺されたんだ。俺一人だとさすがに厳しいだろうから、お前がタイムリープすることになったんた」
「なるほどな……ッ!?」
話を聞き終わると同時に、頭の中を膨大な量の情報が流れる。イーターに征服され、逃げまどう未来の自分たちの姿。その何十年分の記憶が頭の中を濁流のように流れ、情報の整理が追いつけずに酷い頭痛となる。
高城はイーターに征服された時間軸では波の対応に当たるためにゲートの近くに来ていた。タイムスリップの場合、この時間軸での自分と出会う危険性があった。そのため、タイムリープしたのだと、思い出す。
「高城、大丈夫か!?」
先ほどよりも多くの情報を整理したため、高城の顔は酷く疲れているようだった。冬だというのに、額を汗が伝っていた。
「あ、ああ……どうにかな」
高城は苦笑いをしつつ、手をひらひらと振って無事を伝える。その様子を見て、クロエは安堵する。
「高城。記憶を取り戻したお前に、頼みがある」
「ん、なんだ?」
額の汗を袖で拭うと、高城はクロエの顔を見る。その表情は真剣で、高城はそれを見て大勢を整えた。
「今、ギアを持った二人の少女が戦っている」
「二人だと? ギアは四つあるはずだろう?」
「ああ。まだ二人しか適応者は見つかっていない」
「適応者か……」
高城は頭を抱える。未来でギアを作ったとき、扱える者はいなかった。ギアには適応率があり、それを付けるにはその適正ラインを超えなければならない。
「俺はしばらくは適応者を探しに行く。それまでの間、この波を彼女たちと抑えてくれ」
「ああ、それは構わない。ただ……」
「高城、ヒュドラ参型は持ってきてあるぞ?」
クロエが首輪に手を触れると、目の前に小さな空間の裂け目が現れた。イーターの現れるゲートを応用した、いわば亜空間倉庫のようなものである。
クロエはそこに手を入れると、中からヒュドラ参型を取り出した。ヒュドラ参型は全体が銀色に塗装されており、三つの銃身を持つ大型の銃である。
銃身から撃ち出されるエネルギー弾は、同時に三体の敵に狙いを定めることも出来、また、その三発をまとめた高威力のエネルギー弾にも出来る、ギアにも劣らない武器である。
強度も高く、撃ち出されるエネルギーに耐えられるように、全てのパーツがギアのものと同じ素材で出来ている。
高城はこのヒュドラ参型を持ち、様々なイーターを倒してきた。ギアのように身体能力を上げることは出来ないが、高城は持ち前の身体能力でカバーする。
高城はクロエからヒュドラ参型を受け取ると、その感触を確かめる。
「これならいけそうだ」
「高城、彼女たちを頼んだぞ」
「ああ、任せろ!」
高城はヒュドラ参型を携え、町の方へ向かう。その姿を見た遠藤に何をする気かと尋ねられるも、命令通り待機していろとだけ伝え、町の中へ入っていく。
高城の顔には、笑みが浮かぶ。前回とは違い、自分たちにはイーターを退けるだけの力がある。今度は負けない、そう自分に言い聞かせ、高城はゲートに向かい走っていく。




