10話 相棒
町は静まりかえっていた。これから来るであろう波の存在も知らず、ただ、静寂に包まれている。
日は昇り始め、辺りは明るくなりつつある。これだけならばいつも通りの朝なのだが、今日の朝はいつもとは少し状況が違った。
町の中はほとんど無人だった。避難勧告が出されてから、ほとんどの人間は町の外に避難している。もっとも、なぜ避難するのか、という理由は誰も知らない。情報規制がかかっているために町の人たちは避難勧告が出されたということしか知らないのだ。
そして、その静まりかえった町を囲むようにして待機する自衛隊。彼らはこの町で起きた異変について調査するために来ている。大事ではなかったが、なにか危険な気配を察知した自衛隊の高城剛毅は「大は小を兼ねる」とのことで多くの戦力を投入した。その部隊は異変調査部隊と命名されており、いくつもの部隊で構成された大規模なものとなっている。
異変について、彼らが把握しているのはわずかしかない。突如として現れた化け物と、それらを倒した人型の何か。この情報ですら目撃者が少なかったために曖昧だった。
皆が休息をとる中、一人だけ、起きている者がいた。この町の警戒するための部隊である異変調査部隊、それを纏める人物である高城剛毅だ。彼はこの異変調査においても鍛錬を欠かさず、今朝も鍛錬に励んでいた。まだ空は薄暗いが、そんな生活に慣れた体は眠気の一つも感じない。
やがて日が昇り、地平線から太陽が完全に現れる。懸垂が百回に届こうかというときに、高城は何か危険な気配を感じた。再び感じたその感覚は、以前よりもさらに強かった。
刹那、脳裏に映像が流れる。荒れ果てた町、巣くう化け物、手に持った銃のようなものでそれらと戦う。そして、隣には自分に話しかけてくる黒い猫がいた。
「なんなんだ、今のは……?」
その一瞬の出来事に首を傾げるが、それ以上の映像は流れない。だが、妄想だとは思えないほど鮮明で、それが現実であることを否定できなかった。
危険な気配は時間の経過とともに膨らんでいく。否、近づいてくるように感じた。
「高城隊長、どうかしましたか?」
いつの間にか、自分の顔をのぞき込むように部下が目の前に立っていた。その人物は女性自衛官で、名前は遠藤怜奈といい、高城とは幼なじみである。ちなみに、齢は互いに三十二である。
「い、いや、なんでもない。気にしなくていい」
「そうですか? 顔、すごい青ざめてますよ?」
言われてみてはっとなる。気付けば、手のひらは汗でぐっしょりと濡れ、背中を冷や汗が伝う。
先ほど見た光景に、体は恐怖を同時に感じていた。以前起きた事実を思い出すように、体は震えていた。
「そうか……」
高城は少し考えた後、顔を上げる。
「怜奈、全部隊に戦闘態勢に入るように伝えてくれ!」
「えっ? でも戦闘許可は……」
「責任は俺が持つ。急いでくれ!」
いつの間にか時間外での口調で喋っていたことに気付き、高城は慌てて口を押さえる。幸いにも近くには他に誰もいなかった。
「……はあ、わかりました、高城隊長」
怜奈はため息を吐きつつも、高城の表情から何かを感じ取ったらしく、戦闘態勢への移行を全部隊に伝えに行った。ふと、そのため息にどこか懐かしさを感じ、高城は首を傾げた。
高城剛毅――未来でクロエの相棒を務めた男である。




