表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
完全手動(フルマニュアル)おじさん、ダンジョンの意思?に人間卒業させられました。  作者: 別所 セラ
地球ダンジョン編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/62

第18話 完全手動(フルマニュアル)おじさんは、狂宴を踊る

 視界が赤い。

 怒りで毛細血管が切れたのか、それとも返り血か。

 俺はバールを振るう。

 感情は沸騰したままだが、思考は驚くほど研ぎ澄まされている。


「オラァァァッ!!」


 咆哮と共に叩きつけた一撃が、巨蟲(きょちゅう)の表皮を切り裂く。

 ゴムを何倍にも硬くしたような感触に、バールを持つ手が痺れる。

 だが、止まらない。止まるわけにはいかない。


 鈍い衝撃音が、鼓膜ではなく骨に直接響く。

 だが、直撃ではない。


 巨体から繰り出される攻撃の全てを、俺は紙一重で回避し続ける。

 ナビ子の補助線はない。

 敵の体力ゲージも見えない。

 あるのは、風切り音と、殺気と、この十年で培った勘だけ。


 右か……!


 予備動作なしのテールアタック。

 俺は地面にへばりつくように身を伏せ、その上を巨大な質量が通過するのを感じる。

 風圧で身体が浮き上がりそうになるのを、指を地面に突き立てて耐える。


 これが、本来の俺の戦い方だ。

 誰の助けも借りず、ただ一人で、泥臭く生き残る。

 そうだ。俺はずっとこうやって生きてきたはずだ。

 なのに。


 静かすぎるだろ。


 うるさい警告音が恋しい。

 「効率的ではありません」という小言が聞きたい。

 たった数日なのに、俺はあのポンコツAIに毒されていたようだ。


「チッ……!」


 集中力が乱れた一瞬、魔蟲(まちゅう)の粘液弾が俺の頬をかすめる。

 肉が焦げる、不快な音が鼓膜を打つ。

 痛みはない。アドレナリンが脳を麻痺させている。


「はぁ……はぁ……」


 呼吸が荒くなる。


 (コア)の位置は把握している。

 巨体の内側を、不規則に泳ぎ回る生命の結節点。

 スライム狩りで培った「目」が、その複雑な軌道をずっと捉え続けている。

 だが、届かない。

 体表を覆う分厚い皮と、絶え間なく繰り出される触手のような攻撃が、決定的な隙を塞いでいる。

 付け入る隙のない完璧な防御。


 それに、肉体の限界も近い。

 早朝からのダンジョン探索。

 クイーンとの死闘。

 西東京への超音速往復移動。

 そして、身体強化の限界を超えた怪物(モンスター)の追跡と、守りながらの防衛戦。


 ただの一秒たりとも休んでいない。

 酷使された筋肉はとうに悲鳴を上げ、神経は焼き切れそうだ。

 立っているだけでも奇跡的なほどの疲労が、鉛のように四肢に絡みついている。

 再生能力を持つ怪物を相手に、ジリ貧は明白だった。


 ジリ貧だな。


 だが、引く気はない。

 ここで引けば、こいつは地上へ出る。沙織さんたちを追うだろう。

 俺がここで、食い止めるしかない。

 死ぬまで殴り合う。シンプルな話だ。


 その時だった。


「湊さんッ!!」


 頭上から、凛とした声が降ってきた。

 同時に、真空の刃が長虫(ながむし)の側頭部を切り裂く。


「……あぁ!?」


 俺は目を見開いた。

 瓦礫の山を蹴って、一人の影が戦場に舞い戻ってくる。

 黒髪のポニーテールをなびかせ、日本刀を構えた女剣士。

 舟木葵(ふなき あおい)


「なんで……戻って来たんですか!?」

「戻ってくるって言ったじゃないですか! それに……」


 彼女は日本刀の柄を強く握りしめ、震える声で叫ぶ。


「こんな化け物相手に、恩人を置いて逃げられるわけないでしょう!! 武家の名折れですッ!!」


 俺の隣に着地し、油断なく異形(いぎょう)を見据える。

 その息は上がっていたが、瞳には強い光が宿っていた。


「……はっ、面倒くさい性格してますね」


 俺は憎まれ口を叩きながらも、口元が緩むのを止められなかった。

 一人じゃない。

 それだけで、こんなにも心強いなんて知らなかった。


「来ますよ!」


 クソ虫は標的が増えたことに苛立ち、暴れ出す。

 全方位への無差別攻撃。

 あの触手のような鞭打ちは、予備動作がほとんどない。システムのアシストに頼りきった動きでは、反応が遅れて餌食になる。


(まずい……ッ!)


 警告しようとした、その時だった。

 舟木さんの動きが、俺の予測を裏切った。


「シッ!」


 風魔法で加速した斬撃が、巨蟲(きょちゅう)の触角を両断する。

 原種特有の毒素により、システム補正が不安定になっているはずだが、彼女はそれを技術(テクニック)でねじ伏せている。


「私は貴方みたいなフルマニュアルの変態じゃありませんが……実家で叩き込まれたんで、そこそこやるんですよ!」


 システムのアシストに、幼少期から叩き込まれた古武術の身体操作を乗せた、ハイブリッドな戦闘スタイル。

 いわば「セミ・マニュアル」。

 舟木葵(ふなき あおい)のポテンシャルは、極限状態で開花していた。


「……はっ、十分変態でしょ、それも」


 湊は憎まれ口を叩きながらも、その口元を緩めた。


          ◇


 それは、月明かりの下で繰り広げられる、死と生の舞踏だった。


 一方は、災害そのものと化した巨大な魔蟲(ワーム)

 対するは、その影で踊る二つの小さな命。


 システムと身体操作を融合させた、舟木葵の神速の剣技。

 そして、その隙を縫うように叩き込まれる、湊の泥臭くも鋭い一撃。


 秩序と混沌。

 静と動。

 本来交わるはずのない二つの才能が、極限状態で奇跡的な噛み合いを見せていた。


 だが、それでも。

 絶望の壁は、あまりにも高く、分厚い。


 推定レベル420。

 白金級(プラチナ)中位。

 地上であれば小規模な軍隊すら単騎で壊滅させる、歩く大災害。


 対するはこちらも、レベル300を超える黄金級(ゴールド)上位の二人。

 本来なら、連携すれば格上相手でも食らいつけるだけの実力はある。

 だが、このランク帯におけるレベル100の差は、絶望的なまでに重い。


 その圧倒的な「存在強度」の前では、二人の抵抗は、分厚い鉄板を素手で叩くような徒労にも思えた。

 物理法則をねじ曲げる概念的な暴力が、ただそこに在るだけで、下位の存在を圧殺していく。

 システムに定められた、残酷なまでの格の差。


          ◇


 負けてはいられない。

 彼女が作った隙に飛び込み、バールを振るう。

 二人の攻撃が、交互に巨躯(きょく)を削っていく。

 だが――。


「硬い……!」


 舟木さんが顔をしかめる。

 浅い。傷はつくが、すぐに再生してしまう。

 クイーンを捕食して得たエネルギーは伊達じゃない。


 焦りが、致命的な隙を生む。

 連携の歯車が、わずかに狂った瞬間だった。


「――っ!?」


 舟木さんの悲鳴。

 視界の端で、彼女の華奢な体が紙屑のように吹き飛ばされるのが見えた。

 瓦礫の山に叩きつけられ、鮮血が舞う。


「舟木さん!!」


 カバーに入ろうとする俺の目前に、分厚い肉の壁が立ちはだかる。

 バールで受け止めるが、衝撃が肩の関節を軋ませ、膝を砕きにかかる。


 重い。

 さっきよりも、一撃が重い。

 いや、俺の握力が、限界を迎えているのだ。


 目の前で、肉塊(にくかい)の傷ついた表皮が湯気を立てて修復されていく。

 まるで映像の逆再生を見ているかのような、理不尽な再生速度。

 こちらの攻撃は、すべて無駄だったと言わんばかりの光景。


 足元から、冷たい泥水のような絶望が這い上がってくる。

 このままでは、ジリ貧どころか、あと数分と持たない。

 二人まとめて、この怪物の養分になる未来しか見えない。


(もっと、働いておけばよかったか……)


 場違いな後悔が、泥水のように思考を浸食する。

 定時でスライム狩りを切り上げる日々。

 もっと泥臭く、もっと貪欲に、社畜のようにダンジョンに潜り続けていれば。

 こんな時に切れるカードの一つや二つ、手に入っていたかもしれないのに。


 ……社畜?


 思考の(おり)に、何かが引っかかる。

 そうだ。昨日、そんな冗談を口にしたはずだ。

 脳裏に蘇る、我が家の空気と、ビールの味。

 そして、騒がしくてお節介な、あのナビゲーターの声。


 血と脂にまみれた指先を滑らせ、インベントリを開く。

 ずらりと並んだ無機質なアイテムリスト。

 その中に、異質な輝きを放つ三つの文字列が鎮座していた。


『働き蟻の献身』

『兵蟻の闘志』

『闘争ホルモンの結晶』


 覚えている。

 あいつが読み上げた、不穏で、それでいて力強い説明文を。


『働き蟻は社畜の鑑で、兵隊蟻は戦闘狂か。アリの世界も大変だな』

『ですねー。どちらも素材として使えそうです。明日の戦いに役立つかもしれませんよ』


 ――王のためなら、肉体が崩れようとも動き続ける狂気的な忠誠心の結晶。

 ――侵入者を排除するために戦い続けた闘争本能。

 ――生命維持のリミッターすらも強制解除する危険な劇薬。


 どれもこれも、副作用で死にかねない劇薬だ。

 まともな探索者なら、見向きもしないだろう。

 だが。


『副作用は怖いですけど、ステータス上昇量は凄まじいですから』


 あいつの言葉が、背中を叩く。

 全部乗せだ。

 副作用? 知ったことか。

 どうせこのままでは、二人仲良く怪物の餌だ。


(……上等だ)



 震える指先が、三つの劇薬を実体化させる。

 琥珀色の液体が入った小瓶。

 赤と黒の、禍々しい輝きを放つ結晶体。


 死ぬ気で働け。

 死ぬ気で戦え。

 そして、命を削ってでも力を絞り出せ。


 後のことなど、どうでもいい。

 今、こいつをぶっ殺せるなら、命の一つや二つ、燃やしてやる。


(残業代は、コイツの命で支払わせてやる……!)


 心の中で、不在の相棒に宣言する。

 栓を噛みちぎり、琥珀色の液体を一気に煽った。

 続いて、二つの不気味な結晶を奥歯で粉々に噛み砕き、無理やり嚥下した。


 直後。

 心臓が、内側から肋骨を叩き折るような勢いで跳ねた。


「ぐ、がッ……!」


 食道が焼ける。

 胃袋の中で溶岩が爆発したような熱量が、血管という血管を駆け巡る。

 全身の筋肉が収縮と膨張を繰り返し、ミシミシと悲鳴を上げた。

 視界が赤く明滅し、世界の色が反転する。


 痛い。熱い。

 だが、力が――際限なく溢れてくる。

 アドレナリンが脳髄を犯し、恐怖も痛みも、すべてを「闘争本能」という薪にくべて燃え上がらせていく。


「ぐ、うゥゥゥゥッ!!」


 口から白い蒸気が漏れる。

 限界を超えた負荷に、骨がきしむ音が聞こえる。

 だが、悪くない。

 これなら、イケる。


「湊さん!?」


 黒髪の剣聖が驚愕の声を上げる。

 俺はニカリと笑って見せた。


「決めるぞ! 舟木さん!」


 俺たちは同時に地を蹴った。

 最後の、狂宴の始まりだ。


          ◇


 速い。

 風になったなどという生易しいものではない。

 大気の壁を強引にねじ伏せ、音すらも置き去りにする暴力的な加速。

 長虫(ながむし)の鞭のような攻撃が、止まって見えた。

 俺はそれを紙一重で躱し、すれ違いざまにバールを叩き込む。


 分厚いゴムの塊を無理やり引きちぎるような、粘着質な破壊音。


 重い手応え。今度は弾かれない。

 超高密度の筋肉繊維をバールが食い破り、その奥にある組織を破壊した感触が手に残る。

 巨蟲(きょちゅう)が悲鳴を上げる。

 再生する隙を与えない。


「させません!」


 舟木さんが最大出力の風魔法を放つ。

 暴風の刃が巨躯(きょく)の足を止め、姿勢を崩させる。


「今です!!」


 彼女の声が響く。

 絶好の好機。

 異形(いぎょう)の巨体が大きくのけぞり、その無防備な腹部――(コア)の位置が晒された。


 視界の中央に、その一点だけが焼き付く。

 周囲の風景が消え、音も消え、世界には俺と「それ」しか存在しない。


 ここだ。

 ここしかない。

 愛おしいほどの殺意が、指先の一本一本にまで漲る。


 俺は限界を超えた脚力で踏み込んだ。

 三年間。

 来る日も来る日も、スライムの核を狙い続けてきた。

 何万回、何十万回と繰り返した、俺の身体に染み付いた動作。

 泥を啜り、嘲笑に耐え、ただひたすらに「殺す」ことだけを磨き上げた日々。


 完全手動(フルマニュアル)の俺が、この距離で、止まった的を外すわけがない。


 喰らえ。砕けろ。死に晒せ。


 勝ちだ。


 確信した、その瞬間だった。


 唐突に。

 まるで映像の一時停止ボタンを押したかのように、捕食者(プレデター)の動きが静止した。

 防御もしない。回避もしない。

 ただ、その無数の複眼が、俺を通り越し、背後の舟木さんへと向けられた。


 悪寒が走る。

 コイツ、まさか――。


 魔蟲(まちゅう)の複眼が、醜悪に歪んだ気がした。

 それは、明確な知性と悪意を持った「嘲笑」。


『学習済ミ』


 そんな思考波が、直接脳内に叩き込まれた。


 コイツもまた、俺を見ていたのだ。

 俺が「困っている人間を見捨てられない」という、致命的な習性を持っていることを学習していたのだ。


 核を晒したのは、誘いだった。


 鼓膜を劈くような咆哮と共に、巨大な顎が、動きを止めていた舟木さんへ向かって解き放たれた。

 彼女は魔法を放った直後の硬直で動けない。


 コイツ……ッ!どこまで空気が読めねぇんだ。ゴミにも限度があるだろ。


 核を突けば勝てる。

 だが、その一瞬の間に、助けに来てくれた彼女は食われる。


 俺の身体は、思考よりも早く「正解」を選んでいた。

 突き出しかけていたバールの軌道を、無理やり変える。

 筋肉が悲鳴を上げ、腱が断裂する音が聞こえた。

 それでも構わず、俺は全力で舟木さんを突き飛ばした。


「え……?」


 舟木さんの呆然とした顔が、スローモーションで遠ざかる。

 彼女の代わりに、その巨大な顎の射程圏内へと踏み込んだ。


 世界が閉じる音がした。


 暗黒。

 そして、粘りつくような感触。


『捕マエタ』


 脳内に、嘲笑うような思考が響いた。


「みなと、さ……?」


 思考の空白は、刹那。

 彼女は剣聖(けんせい)

 戦場において、感情に吞まれて立ち尽くすことが最大の罪であることを知っている。

 だから、絶望を意志でねじ伏せ、即座にその身を弾けさせた。


「今、助けますッ!!」


 だが、その声もすぐに途絶える。


 音が、世界から切り離される。


 風の音も、瓦礫の崩れる音も、彼女の叫びも。

 すべてが唐突な静寂に飲み込まれる。


 空間がねじれ、視界がブラックアウトする。

 三年前の再演。

 俺を呑み込んだ怪物は、独特な浮遊感と共に、満足げにその場から消失した。


 後に残されたのは、月明かりに照らされた廃墟と、呆然と立ち尽くす一人の女性だけだった。

09話に登場したアイテムたちです。

【働き蟻の献身:エピック】

分類:特殊素材 / 魔石

効果:所持者のスタミナ回復速度を微増させ、限界を超えた動きを可能にする。

説明:王のためなら、肉体が崩れようとも動き続ける狂気的な忠誠心の結晶。限界を超えた労働を可能にする。


【兵蟻の闘志:レア】

分類:特殊素材 / 魔石

効果:戦闘中の反応速度と判断力を一時的に向上させる。

説明:女王の命に従い、侵入者を排除するために戦い続けたソルジャーアントの闘争本能が結晶化したもの。装備に組み込むことで、戦闘時の集中力を高める効果がある。


【闘争ホルモンの結晶:エピック】

分類:消費アイテム

効果:一時的に全ステータスを上昇させる。副作用として効果終了後、一定時間はステータスが激減する。

説明:女王を守護するためなら、自らの肉体が崩壊することも厭わない決死のホルモン結晶。生命維持のリミッターすらも強制解除する危険な劇薬だが、その効果は絶大。


【読者の皆様へのお願い】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます! もし「面白かった」「続きが気になる!」と少しでも思っていただけたら、


下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に評価していただけると嬉しいです。 ブックマーク登録もあわせてお願いします!


「評価」が更新の原動力になります。 1分もかかりませんので、何卒よろしくお願いいたします! ↓↓↓↓↓↓↓

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
3度目の足手まといか
流石に足手まといすぎてちょっと...。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ