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完全手動(フルマニュアル)おじさん、ダンジョンの意思?に人間卒業させられました。  作者: 別所 セラ
地球ダンジョン編

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第11話 完全手動(フルマニュアル)おじさんは、空を飛ぶ

本日、12時10分と18時10分の2回更新です。

 今日の仕事はハードだった。

 黄金級(ゴールド)中位相当の原種(オリジン)、しかも精神攻撃を使ってくる厄介な相手。

 まぁ結果として、俺は無事に帰宅したわけだが。


 リモコンを手に取り、テレビをつける。

 バラエティ番組でも流して、脳死状態で笑おう。

 ソファを立ち、キッチンへ向かう。

 冷蔵庫を開けると、冷気が頬を撫でた。

 数ある缶の中から、よく冷えた一番搾りを手に取る。

 これのために生きていると言っても過言ではない。


 指先に力を込める。

 空気が抜ける爽快な音と共に、白い霧が吹き出した。

 小気味よい音。弾けるホップの香り。

 喉が鳴る。

 缶の表面に浮かぶ結露が指先を濡らす。至福の冷気を、疲れた体に染み渡らせようとした――その時。


『――緊急速報です』


 無機質なチャイム音が、黄金色の時間を切り裂く。

 画面を埋め尽くす、毒々しい赤と黒のテロップ。

 冷えたビールが、急激にぬるく感じられた。


 アナウンサーの緊張した声が、広すぎるリビングの空気を一変させる。


『先ほど午後4時頃、西東京市の住宅街で突如、大型のモンスターが出現しました!』

『現場付近にダンジョンは確認されておらず、スタンピードではないとみられています! 地中から突如現れたとのことです! 近隣住民の方は直ちに避難を――』


『マスター! 緊急事態です! 今すぐ出る準備を!』


 脳内でナビ子が叫ぶ。

 冷えた缶を握りしめたまま、画面を凝視する。


「スタンピードじゃないんだろ。……休日出勤はもう終わったんだよ。それに西東京なんて管轄外だ」


『現場は西武池袋線、ひばりヶ丘駅周辺です! 現在、近隣住民への避難勧告が――』


「……ひばりヶ丘? おいおい、嘘だろ……」


 聞き覚えのある地名に、眉間の皺が深くなる。

 そこは昨日、俺が訪れた場所。猪狩先輩のマンションがある土地。

 嫌な予感が背筋を駆け上がる。


原種反応(オリジン・シグナル)を確認……ワームです!』


 追撃するようなナビ子の言葉。

 手のひらに伝わるアルミ缶の冷たさが、一気に心臓まで凍りつかせたようだった。


「なんで……ひばりヶ丘なんだよ」


 思わず漏れた独り言。

 日本だけで何千、何万という町がある。その中で、よりによって俺が昨日行ったばかりの、知り合いがいる場所を選ぶなんて。

 まるで、誰かが意図的にシナリオを書いているかのようだ。

 あるいは、俺という人間に憑りついた「悪運」が、磁石のようにトラブルを引き寄せているのか。


『直接地上へ現れました!』


 食い入るように画面を見る。

 土煙が晴れ、その姿が露わになった。

 アスファルトが不自然に消失し、円形に抉り取られた地面から、巨大な影が鎌首をもたげている。

 ミミズのような環形動物のフォルム。だが、その先端にあるのは、無数の牙が回転する丸鋸のような口だ。

 吐き気を催すような腐肉の臭いが、画面越しに漂ってきそうなほどおぞましい。


「……穴がない? 地面を掘って出てきたんじゃないのか?」


 部屋を飛び出し、廊下を疾走しながら問う。

 通常、地中型モンスターが現れた後は、巨大なトンネルが残るはずだ。

 だが、映像にはそれがなかった。まるで、空間そのものが削り取られたかのように、唐突にそこに出現していた。


『あれは『次元捕食』です。空間ごと齧り取って移動しています。だから物理的なトンネルが残りません!』


「……空間ごと、だと?」


 声が低くなる。

 空間ごと削り取るということは、物理的な硬度など意味を成さないということだ。

 どんなに堅固なバリケードを築こうが、どんなに頑丈なシェルターに逃げ込もうが、空間ごと「無かったこと」にされて終わる。

 完全な防御不能攻撃。

 背筋が凍るような悪寒が走る。


『マスター、視覚情報を共有します!』


 視界の端に、ナビ子が地球情報集積庫(アカシックレコード)から入手したであろうニュース映像がウィンドウとして展開される。

 そこには、悪夢のような光景が広がっていた。

 以前、自律進化(スタンドアロン)の真っ白な最終審査場で見た再現体(レプリカ)は精々10メートル級だった。

 だが、映像の中の怪物は優に30メートルを超えている。マンションを見下ろすほどの巨躯。


『奴は原種のモンスターです。エネルギーを蓄え、成長しています!』


 ワームが身をよじらせる。

 狙いは、一際大きな高級マンションだ。

 ぬらりと光る粘液にまみれた巨体が、建物を締め上げようとする。


 マンションの壁に触れた瞬間、まばゆいスパークが闇を裂いた。

 ワームの巨体が、見えない壁に弾かれてのけぞる。


「……おい。あれ、先輩のマンションだよな?」

『はい! マスターの張った守護結界が防いでいます! 地上におけるマスターの魔力密度はシステムによる制限を受けないため、原種(オリジン)ワームといえど容易には突破できません!』


 俺の守護結界は、物理・魔法の両面において最強クラスの強度を誇る。

 中途半端な攻撃なら、核シェルターよりも安全だ。

 だが。


『ですが、このままでは……!』

「あぁ、分かってる。出るぞ」


 映像の中でクソ虫が苛立ったように咆哮する。

 その口から、赤黒いエネルギーが漏れ出していた。空間すら喰らう捕食者の顎。いかに俺の結界といえど、無限に耐えられるわけではない。

 それに、結界の中にいるのは安全でも、一歩外に出れば――。


 手の中で、置いてくるのを忘れたアルミ缶が悲鳴を上げた。

 握りつぶされた金属が軋み、中身が弾け飛ぶ。

 階段の床に黄金色の水溜まりが広がり、辺りにビールの匂いが充満した。


「……お前が来てから、ビールが無駄になって仕方がない」


 濡れた手を振り払い、廊下の突き当たりにある非常扉を蹴り開ける。

 外はすでに夕闇が及んでいた。

 本来なら見えるはずのない距離。だが、俺の目には――遥か西方で、世界を歪めるほどのどす黒い魔力の柱が立ち昇っているのが、はっきりと見えていた。


「でも、今回はいい。……あのクソ虫を殺せるなら、安いもんだ。出るぞ」


『空を飛んで行きましょう! 最短距離で!』

「スキルがないからそんなの使えねぇよ」


 俺は完全手動(フルマニュアル)だ。システムからスキルを借りられない以上、「飛行」なんて便利な魔法は使えない。


『男は黙ってマニュアルとか言ってるのに! 空を飛ぶ方法くらい、ハワイでお父さんに教わってないんですか!』

「俺には頭脳は大人、身体は子どもみたいな便利な親父はいねぇんだよ! ……今そんなこと言ってる場合か!」

『では魔力で足場を作って、最速で行きましょう。それならできますか? ただし、衝撃波などで周りに被害を及ぼさないように』


「簡単に言ってくれるな……」


 魔力の足場を作るだけなら簡単だ。だが、それを高速移動の反動に耐えられる強度で、しかも周囲への被害を抑えながら連続展開するとなると話は別だ。

 針の穴を通すような精密制御を、全力疾走しながらやれと言われているに等しい。

 だが、やるしかない。


「あぁ、……善処する」


 非常階段の手すりに足をかける。

 イメージするのは、空中に浮かぶ見えない階段。

 魔力を圧縮し、物理的な硬度を持った「場」を形成する。


(角度よし、圧縮率よし、座標固定――起爆)


 踏み込んだ瞬間、非常階段の鉄板が悲鳴を上げた。

 深さ数センチまで陥没した金属の足場を蹴り捨て、俺の体は砲弾となって宙へ射出される。


 重力が地面に引き戻そうとするより早く、次の一歩を踏み出す。

 虚空に展開された魔力の足場。そこを全力で踏み抜く。


 大気が破裂した。

 遅れて発生した衝撃波が、物理的な質量の壁となって周囲へ叩きつけられる。

 魔力で相殺しきれなかった余波が、眼下の街路樹をなぎ倒し、ビルの窓ガラスを共振させる。


『衝撃波などで周りに被害を及ぼさないように!』

「うるせぇ! 今は一秒が惜しいんだよ!」


 ナビ子の忠告など知ったことか。

 さらに魔力を圧縮し、虚空を爆破するように踏み抜く。

 加速。

 加速。

 さらに加速。


 上野から西東京まで、直線距離で約25キロ。

 電車なら一時間近くかかる距離を、俺は亜音速で駆け抜ける。


 眼下で、帰宅ラッシュの人々が空を見上げるのが見えた。


「おい、なんだ今の音……?」

「窓ガラスが……!」

「鳥? いや、人が飛んで……馬鹿な、あんな速度で人間が動けるわけがない」


 常人には、ただの黒い残像にしか見えないだろう。

 だが、その場に居合わせた高ランク探索者たちは違った。

 頭上を通過した瞬間、肌を焼くような圧倒的な魔力の余波に、本能的な恐怖を感じて震え上がっていた。


「(な、なんだ今の……『化け物』か……?)」


 それは、人の形をした災害そのものだった。


          ◇


『クソッ、堅イ……! ナゼ壊セナイ!』


 巨大なワームは苛立っていた。

 原種の女王蟻を食らい、力を増したはずだった。地上に出れば、柔らかい肉が食べ放題のはずだった。

 だが、目の前の「餌箱」――マンションを覆う透明な殻が、どうしても破れない。

 空間ごと削り取ろうとしても、謎の力場がそれを弾き返す。


『ナラバ、他ヲ食ウ。……匂イガ、移動シテイル』


 ワームの感覚器官が、微かな熱源を捉える。

 マンションの中からではない。外だ。

 どうやら、獲物の一部は殻の外に逃げ出していたらしい。


『小サイガ、同ジ匂イダ。アッチカラ先ニ食ウカ』


 ワームがマンションから離れる。

 ズルリと長い巨体をくねらせ、地響きと共に移動を開始する。

 コンクリートと鉄骨を噛み砕く音が、不快なリズムを刻む。

 標的は、近くの公園を走る二つの影。


          ◇


 崩壊する街の中を、猪狩沙織は必死に走っていた。

 呼吸はとうに限界を超え、喉の奥から血の味がする。

 それでも、右手だけは万力のように固く握りしめていた。

 繋いだ手の先には、七歳になる息子、翔太がいる。


「ママ、いたい! 手がいたいよぉ!」

「……っ、ごめんね! もう少しだから!」


 翔太の悲鳴混じりの訴えに、沙織は涙をこらえてさらに力を込める。

 緩めれば、この小さな命は一瞬で瓦礫の山に飲み込まれてしまう。

 優しくしてあげたいのに、痛めつけるようにしか守れない。その無力さが、胸を抉る。


 直前まで、公園で笑っていたはずだった。

 それが今や、見慣れた街は瓦礫の山と化し、逃げ惑う人々の悲鳴が反響する地獄へと変わっていた。

 背後で、マンションが軋む音がする。

 あの巨大な怪物が、自宅を――夫との思い出が詰まった場所を、玩具のように弄んでいる。


(誰か、誰か……!)


 だが。


 突如、足元のアスファルトが内側から爆ぜた。

 地雷でも踏んだかのような衝撃。爆風に煽られ、二人はもつれるように転倒する。


「きゃっ……!」

「うわぁぁぁん!」


 土煙の向こうから、ぬらりと巨大な影が鎌首をもたげる。

 ビルの3階よりも高い位置にある頭部。

 回転する無数の牙が、グラインダーのような騒音を立てている。


『ミツケタ』


 脳に直接響く、捕食者の歓喜。

 その瞬間、沙織の時間は凍りついた。


 逃げられない。

 本能が、冷徹に「死」を宣告する。


「……翔太」


 沙織は震える体で、泣き叫ぶ息子を抱き寄せた。

 自分の背中で、少しでもこの子の視界を塞ぐように。

 せめて、最期の瞬間、恐ろしい怪物の姿を見なくて済むように。


(あなた、助けて……!)


 亡き夫の顔が脳裏をよぎる。

 頭上で、怪物が口を開く気配がした。

 死の匂いがする粘液が、ポタポタと周囲に降り注ぐ。


 沙織は震える手で息子の耳を塞ぎ、その小さな頭を自身の胸に押し付けた。

 せめて、砕かれる音を聞かせたくない。

 その一心だけが、彼女に残された最後の母性だった。


【読者の皆様へのお願い】


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音速を越えて駆け付けたヒーローが減速せずに突っ込むとどうなるかってCG動画見たことあるけど、少なくとも一般人は吹き飛ばされるんだよな……。理性は残ってるかな。
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