40 フェリクスは妻の策に嵌まる
当日は、空の青が濃い晴天だった。
シュミット侯爵家の結婚式とあって、来賓の顔触れは実に豪華だ。
高位貴族はもちろんのこと王族も全員来ており、場所も王都で唯一の大聖堂を貸し切っている。
神の前で誓い合った後は、列席者の間を通って飾り付けられた馬車に乗り込み、王城まで向かって盛大なパーティーが開かれる予定だ。
夜遅くまで続くパーティーではあるが、新郎と新婦は頃合いを見てシュミット邸へと帰ることが許されている。
メイドたちは夜に向けていつも以上に張り切っているが、彼女たちが望むような展開にはならないだろう。
なにせ誓いのキス一つであんなにも動揺するほどメアリは初心なのだから。
(本人は悔しがっていたが……そんな姿を見られるのも今だけだろうしな)
フェリクス本人はこの通り、今はメアリと結婚できるだけで満たされている。
軽く顔にキスをするだけで恥ずかしがるメアリはきっと今しか見られない。
その姿を脳裏に刻むことで忙しいのだ。
ただ唇にキスをさせてもらえないことだけは、少々残念に思っているのはたしかだった。
すでに仕度を終えたフェリクスは、参列者が集まったところで先に大聖堂内へと足を踏み入れる。すると、あちらこちらからため息が漏れ聞こえてきた。
ただでさえ美しい容姿のフェリクスが結婚式のために正装を着こなしているのだ。
心の声さえ漏れ出なければ完璧な新郎は、薄く微笑みを浮かべるだけで芸術品となり人々の目を楽しませ、心を潤わせてくれる。
見惚れることなく感心したようにフェリクスを見ていられるのは王族や父ウォーレス、それからノリス家の者たちくらいだ。
視界の隅で、メアリの親友サーシャが淡い黄緑のドレスを身にまといつつハンカチで鼻を押さえているのは見なかったことにしてやった。
新婦が入場するという声が響き、大聖堂内はしんと静まり返る。
荘厳な建物の真っ白な空間に静寂が訪れ、より神聖さを増した気がした。
キィ、という音だけを鳴らし、奥の扉が開かれる。
(ああ……美しいな)
なにも遮る物がないバージンロードの先に、純白の花嫁衣装に身を包んだメアリが立っている。
隣に立つメアリの父ディルクが必死で涙を堪えている姿が少し邪魔だったが、ベールの向こう側で照れたように俯くメアリが愛らしすぎてそんなことはどうでもよかった。
メアリの手を取るまでの時間が果てしなく長く感じる。
ようやく目の前にやってきたメアリに手を差し伸べると、わずかに顔を上げた彼女の小さな手が乗せられ、多幸感で満たされた。
射殺さんばかりに睨みつつメアリを引き渡すディルクはもはや無視だ。
「とても綺麗です。メアリ」
二人で手を取り神父の前に立つ際、囁き声でそう告げるとメアリの肩がピクリと揺れて口元の笑みが深くなった。
やや長い神父の言葉を並んで聞き、誓いの言葉を交互に告げる。
「新郎フェリクス・シュミット、新婦メアリ・ノリス。汝ら、病める時も健やかなる時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しき時も互いを愛し、敬い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います」
「誓います」
厳かに式は進み、いよいよ緊張の一瞬がやってきた。
隣には明らかに緊張した様子のメアリが視界に入り、思わず笑ってしまいそうになる。
フェリクスはメアリと向き合って立つと、ゆっくりとベールを上げた。
ベールの下にはすでに顔を真っ赤に染めたメアリがおり、どうして自分の婚約者はこんなにも愛らしいのだろうと天を仰ぎたくなる。
「大丈夫ですよ」
そっと頬に触れ、メアリの顔を上に向ける。
メアリは潤んだ目でこちらを見上げており、泣いているのかとフェリクスは焦った。
「……フェリクス様。私、勇気を出そうと思います」
「え」
次の瞬間、メアリにグイッと腕を引かれてフェリクスはバランスを崩しかけた。
このままではメアリを押してしまうと咄嗟に足に力を込めると、ふいに唇に柔らかな感触。
メアリから口づけをされたのだと気づくのに、数秒を要した。
大聖堂内からはおぉ、という歓声が響く。
フェリクスはじわじわと顔が赤くなっていくのを感じた。
「ようやく、余裕のフェリクス様に仕返しができたわ」
「まったく。君は本当に……」
顔を真っ赤にしながらも、いたずらが成功して喜ぶ少女のように微笑むメアリが愛おしく、小憎たらしい。
フェリクスはグイッとメアリの腰を引き寄せると、今度は自分から彼女の唇を塞いだ。
先ほどの触れるだけのかわいらしいキスではなく、もう少しだけ深く、長く。
大聖堂内はさらなる歓声に沸き、小さな拳で胸を叩いてくるメアリの抵抗をフェリクスは意図的に無視した。
「んぅ……っは、も、もうっ」
「やられっぱなしは性に合わなくてね」
「仕返しの仕返しだなんて、子どもみたいよ!」
「それは申し訳ない。僕は君の前でよく調子が狂うようだ」
ぷくっと頬を膨らませるメアリだったが、すぐにプッと吹き出して笑う。
それを見てフェリクスも思わず笑った。
あまりにも珍しい無邪気な次期宰相様の姿に会場内ではあらゆる声が飛び交っていたが、今はなにも耳に入らない。
せっかく愛し合う夫婦になれた日なのだから、本気の笑顔くらい他の人に見せてやっても構わない。
今日は二人にとって特別な日。
なんだって許してしまえるのだから。
これにて完結となります!
お読みいただきありがとうございました!
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腹黒次期宰相フェリクス・シュミットはほんわか令嬢の策に嵌まる
書籍2巻の発売が決定しております!!
ありがとうございます、ありがとうございます!!(先に言う)
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それでは改めて、最後までお読みいただきありがとうございました!




