37 フェリクスとメアリの可愛い悩み
食事を終え、テーブルには食器の代わりに書類の束が広がっていた。
ウォーレスが帰宅した理由の一つでもある、結婚式のことをメアリ含めて相談するためだ。
「式の準備やドレス選び……花嫁側は婿の母とともに準備するのが一般的だが。我が家にはその役目を果たせる者がいない。とはいえ、メアリの母君であるユーナ夫人はノリス領を任されておられる。多忙ゆえ頼むのも忍びなくてな」
ウォーレスが申し訳なさそうに言うのを聞いて、メアリは首を横に振る。
実のところメアリからも同じような話を聞かされていたフェリクスは、彼女が答える言葉がわかったような気がした。
「おそらく母なら、遠慮などなさらないでくださいと言うかと思います。せっかく家族になるのですもの。協力するのは当たり前でしょう?」
「……フェリクス。まさかお前がこんなにも心根の優しい女性を妻に迎えるとはな」
「貴方に似たのですよ。素敵な女性を迎えたのは父上もでしょう」
「ふん、まだ式は先だと言うのに、ずいぶんと私を泣かせるようなことを言うではないか」
「泣いても構いませんよ? 見なかったフリは僕もメアリも得意ですから」
「抜かせ」
頑固な父はきっと式当日も涙を見せることはないだろうが、フェリクスにはウォーレスが心から感激していることは伝わっていた。
死に別れてずいぶん経った今も、父が母を心から愛し続けていることを本当の意味で理解したのは最近だ。
おそらく、フェリクス自身が愛することを学んだからだろう。
それを教えてくれた愛しい存在にふと目を向けると、メアリが一枚の紙を凝視しながらどことなく動揺している姿が目に入る。
「メアリ、どうしましたか?」
「い、いえ。なんでもありませんっ」
「なんでもないという様子ではないでしょう。何を見て……」
声をかけられ、慌てたように顔を上げたメアリだったがその程度で誤魔化されてやるフェリクスではない。
メアリが見ていた書類に視線を落とすと、彼女がなにを見て動揺していたのかがすぐにわかった。
「あ、あ、あの。その」
「何も言わなくて大丈夫です。よくわかりましたから」
「ん? どうした。何か問題でもあったか?」
「いえ、問題はありません。ただ、僕とメアリで話し合いが必要な箇所があっただけです」
メアリが見ていたのは、結婚式当日の進行表だ。
そして動揺していたのは、誓いのキスの項目。
ほんわかして見えてしっかり者のメアリだが、こういった面ではまだまだ初心な少女なのだと実感させられ、フェリクスはどうしたものかと一人頭を悩ませた。
書類をまとめ、ある程度この先のスケジュールを決めたところでそれぞれが部屋へと戻っていく。
フェリクスは一度自分についてきてほしいとメアリに告げ、二人で自分の執務室へと向かった。
「メアリ」
「ごめんなさいっ」
話を切り出そうと名前を呼んだだけでメアリはなんの話かをすぐに察したようで、突然頭を下げてきた。
これには面食らったフェリクスだったが、苦笑を浮かべるとそっとメアリの肩に手を置いて身体を起こさせる。
「なぜ謝るんだ。僕が怒っているとでも?」
「怒って、ないの?」
「心外だな。怒る理由がないだろう」
実際、フェリクスにはメアリがここまで謝ろうとする意味がわからない。
誓いのキスに動揺してしまったこととフェリクスが怒ることがなぜ繋がるのか、と。
だが続くメアリの言葉で、ようやく彼女が慌てている理由がわかった。
「誓いのキスを、私が嫌がっていると思われていないかと……」
つまり、フェリクスとのキスを嫌がっていると勘違いされては困るとメアリは思っているわけだ。
むしろ今の言葉はフェリクスにとってはうれしいとしか思えず、からかいたくなる衝動に駆られて口元に笑みを浮かべてしまう。
「ん? メアリは嫌がっているのか?」
「ち、違うわ!」
「では、嫌ではない?」
「う、あの。嫌では、ない、です」
耳まで顔を赤くして俯くメアリを、フェリクスは今すぐにでも抱きしめてしまいたかったがこのままでは話が進まないため必死で堪えることとなった。




