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腹黒次期宰相フェリクス・シュミットはほんわか令嬢の策に嵌まる  作者: 阿井りいあ
二人は婚約者編

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33 メアリの街歩きデート


「疲れを感じたらすぐにおっしゃってください。今日は少し歩くことが多いので」

「ありがとうございます。そろそろ身体を動かしたいところだったので、ちょうどいいです」

「おや、いらぬ気遣いだったようですね」

「そんなことはありませんよ。最近は馬車に乗りっぱなしで身体が鈍っていますから、すぐに疲れてしまうかもしれません」

「なるほど。では、いつでも抱えて歩けるように心構えをしておきます」

「ふふっ、大げさですよ。フェリクス様」


 他愛のない話や軽口がこんなにも楽しい。

 カリーナや護衛と一緒に町を歩く時とは、景色もまったく違って見える。


 フェリクスにはメアリを連れて行きたい場所があるらしいが、それ以外は特に決めていないようで、メアリが気になる店に立ち寄ったり休憩したりとのんびり歩いてくれた。


 貴族街ではなく、一般商業区域をメインに気の向くまま歩けるというのはメアリにとってとても楽しい時間だ。


「ノリス領にいる時のような感覚で王都を歩けるとは思いませんでした」

「今後はこうした機会もたまに作りましょう。気晴らしになりますしね」

「フェリクス様もですか?」

「もちろんです。目的もなく王都を歩くのは僕もしたことがありませんからね。メアリのおかげで新しい楽しみを見つけられましたよ」

「それならよかったです」


 もしかしたらこれはただメアリを気遣って言ってくれているだけかもしれないが、それでも自分を想ってくれていることがヒシヒシと感じられて嬉しくないわけがない。


 その後も、メアリはフェリクスを振り回す形で目についた場所に連れて行った。


 平民と同じように屋台で売られている串焼きを頬張り、新鮮なフルーツを食べ歩く。

 露店に並ぶアクセサリーに目を輝かせ、手作りの籠細工、絵師の描く風景画をじっくり見て回る。


 普段は気になっても横目で見て通り過ぎていた場所を、二人で思う存分堪能した。


「まるでメアリは蝶のようですね。次から次へと別の花に飛んで、疲れを忘れてしまっていませんか?」


 フェリクスに問われ、ハッとする。確かに足が少し疲れてしまったかもしれない。

 メアリは恥ずかしそうに微笑むと、素直に休憩したい旨を伝えた。


「ごめんなさい。はしゃぎすぎました」

「いいのですよ。時間も疲れも忘れて楽しんでくれているということですから。お誘いした甲斐があるというものです」


 午後は少し身体を動かすことになると聞いている。

 ここで疲れ果てては本末転倒だ。


 とはいえ、この程度で疲れ切ってしまうほどメアリはやわではない。

 少し長めに休憩をとれれば午後は再び元気に動き回れるだろう。


「昼食場所は予約しています。目的地の近くでもありますから、そこでゆっくり食事をしましょうか」


 そんな考えなどお見通しと言わんばかりにタイミングよくフェリクスから告げられ、メアリは思わずクスッと笑う。

 フェリクスもまたにこりと笑みを深めると、メアリを気遣うようにこれまでよりもっとゆったりとした足取りで昼食場所まで向かった。


 予約していた店は草花で彩られたガーデン風のカフェで、フェリクスが選んだ店にしては少々意外な外観だ。


 いや、おそらくメアリのことを思って選んでくれたのだろう。そうでなければドレスコードの必要な高級レストランだったに違いない。


 もしそういった店だったら、メアリは緊張してかなりお淑やかな令嬢になっていただろうが、この店ならリラックスして過ごすことができる。


 フェリクスの配慮に感謝しつつ、メアリは食事をしながらノリス領に滞在していた時のことを彼に話して聞かせた。


「王都で過ごした経験からか、うちの領の時間は本当にゆっくり流れているのではないかと思ってしまいました」

「僕も初めてノリス領にお邪魔した時は同じことを思いましたよ。ユーナ夫人やフランカ嬢、それからサーシャ嬢はお変わりありませんでしたか?」

「はい。三人とも相変わらずでした。母とフランカ姉様にはたっぷり叱られてしまいましたが……」

「心配していたでしょうから、そこは仕方ありませんね」

「ええ。その後は甘やかされ過ぎて困ってしまいました。どこへ行くにもフランカ姉様がついてきて……母には私に怪我がないか全身チェックされました。もう小さな子どもでもないのに」

「それはそれは。……どこにも怪我はありませんでしたか?」

「フェリクス様までっ! ありませんでしたよ。何度もお伝えしたでしょう?」


 ぷくっと頬を膨らませ、思わず子どものように文句を言ってしまう。

 少し前まではフェリクスに意識してもらおうと背伸びばかりしていたが、最近ではありのままの姿を見せられるようになってきた。


 フェリクスの前でなら、きっと素のメアリも受け入れてもらえると思えるようになったのもあるが、一番の理由はありのままの自分を好いてもらいたいという思いがあるからこそ。


 実際、フェリクスは呆れた顔をすることも見下すような様子もなく、穏やかな表情でメアリを見つめてくれている。


 ノリス領に発つ前にも何度か見たことはあったが、今日は一段とあの目をすることが多い。

 そのエメラルドの瞳の奥にある彼の本当の気持ちを察する度、メアリの心はどうしようもなく震えた。


「えっと、そうだ。サーシャにも心配されましたよ。でもあの子はどちらかというとフェリクス様の活躍に目を輝かせていました。そこまでフェリクス様がお強いとは思っていなかったようです」

「ああ、僕は戦う術を持っているだけでそれが本業ではありませんしね。帯剣しているわけでもありませんし、よく驚かれます」


 穏やかで物腰柔らかく、表向きのフェリクスは争いごととは無縁の紳士にしか見えないが、メアリは本気になったフェリクスの姿を知っている。


(今あの時のことを思い出してしまうなんて)


 今日はドキドキさせられっぱなしで悔しいメアリは、反撃を試みた。


「……です」

「はい?」

「あの時のフェリクス様、すごくかっこよかったです」

「っ」


 ピタリと食事の手を止めたフェリクスの耳が、ほのかに赤くなっているのがわかる。

 どうやら反撃が成功したとあって、メアリは小さく微笑んだ。


「メアリに褒められると、くすぐったいですね。ありがとうございます」

「あっ、もちろん普段のフェリクス様も素敵ですよ?」

「……わかりました。降参です。あまり褒めないでください」

「ふふっ」


 甘酸っぱくも緩やかに時間は流れ、二人は予定通り長めの昼食をのんびりと楽しんだ。


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