32 メアリの楽しみすぎる朝
翌日。
ゆっくり休んでもらうため起こさないようにと指示を出されていたようだが、メアリはいつも通りの時間に目が覚めた。
カリーナに間に合うようであれば朝食はフェリクスと摂りたい旨を伝えると、いつも以上にいい笑顔で頷かれてしまう。
(昨日のあれ、カリーナに見られていたのよね。うぅ、恥ずかしいっ)
昨日のあれとは、うっかりメアリの自室でフェリクスと抱きしめ合ってしまったこと。
カリーナは優秀で空気の読めるメイドなのでその話題に触れてくることはないのだが、あれ以来やたら笑顔なのだ。
何を思って微笑ましげに見てくるのかなど、察しの良いメアリでなくとも気づく。
一方、フェリクスはカリーナに見られていたとわかった時も特に反応を見せることなく大人の態度を崩さなかった。そのことがメアリには少しだけ悔しい。
(でも、今日はあのお願いを聞いてくださるのよね……? 時間をくださいと言われたけれど、どこかに出かけるのかしら)
実のところそれが楽しみすぎて、緊張のあまり早く目覚めてしまった。
それ以上に、メアリが仕掛けた数々のいたずらに気づいてくれたことが何よりうれしい。
目覚めたばかりの今も、胸がドキドキしっぱなし。
メアリは、今日という日を無事に過ごせるか今から心配になってしまう。
「失礼します、メアリ様。フェリクス様もこれから朝食とのことでしたので、ご一緒できますよ」
「本当? よかった」
「ええ、よかったですね。今日は朝からずっとフェリクス様と一緒ですものね」
「も、もうカリーナ! あまりからかわないで」
「ふふっ、失礼いたしました。でも、私はとてもうれしいのです。シュミット家のお坊ちゃまと婚約者様の仲が良くて」
そう言われてしまってはもうメアリには何も言い返せない。
からかっているのではなく心から喜んでくれているのがわかるだけに、メアリに残るのは恥ずかしさと居た堪れなさだけだ。
「今日は誰も邪魔をいたしません。フェリクス様がご一緒なら護衛も必要ありませんしね。ただ、お出かけする周辺に私兵は待機することになりますが」
「フェリクス様はお強いものね。あまりそうは見えなかったから驚いたけれど」
「見るからに頭脳派ですし、実際そうですからね。けれど幼い頃からなんでもこなす方でした。マクセンは一度も勝てたことがなくて挑んでは悔しがっていましたよ」
「まぁ。マクセンも強いのでしょう?」
「ええ、一応。シュミット家の護衛の中では勝てる者はいないかと思います」
「……フェリクス様がいれば護衛が必要ないと言うのもわかった気がします」
つまり、シュミット邸だけでいえばフェリクスが最も強いということだ。
もちろん、その時の状況や武器の有無などによっても変わってくるとは思うのだが、メアリの想像していた以上にフェリクスの能力が高く、改めて驚いてしまう。
「ナディネ姉様も勝てなさそうね」
「女性騎士団に入団されたお姉様ですね? 新人騎士には負けないと思いますよ。中堅騎士になると厳しいでしょうし、束になられたら負けると思いますが」
「あくまで護身用に鍛えていらっしゃるのでしょう? 十分すぎると思うわ」
「……ナディネ様とは私も一度お手合わせ願いたいですね」
「えっ」
どこか好戦的な表情と雰囲気を纏って微笑むカリーナを見て、メアリは思う。
(シュミット家の者は、全員戦う術を持っていたほうがいいのかしら?)
少々斜め上の考えだったが、前に町で襲われかけたことを思うともう少しいざという時の対応力を上げておきたい。
フェリクスとの時間の緊張を和らげるためにも、今日この件について相談してみるのもありでは、と考えながらメアリは食堂へと向かった。
「おはようございます、メアリ。ゆっくり休めましたか?」
「おはようございます、フェリクス様。ええ、おかげさまで」
食堂につくとすでにフェリクスが着席しており、いつも通りの挨拶を交わす。
ただし、互いに内心の緊張を表に出していないだけで実際はかなり必死で取り繕っている。
これまでずっと愛し合う二人を演じつつ本心を隠してきたため、そう簡単には素直になれないのだ。
しかも確信しているとはいえ、まだ想いをはっきり伝え合っているわけではないこの状況。
その上、今日決着がつくということも察し合っている今、二人の間には過去最高の気まずさがあった。
「今日は出かける予定ですが、まだ疲れが残っているようであれば無理はなさらないでくださいね」
「いえ、無理はしていません。これでも体力には自信があるのです」
「そうでしたね。メアリは意外と身体を動かすのを好んでいますからね」
「お転婆だと言ってもいいのですよ?」
「おや、せっかく遠回しに言ったのに」
「やっぱりお転婆だと思っていたのですね? 事実ですけど……」
「嘘はつけませんからね。ですが、それもメアリの魅力の一つだと思っていますよ」
せっかく我慢していたというのに、今の一言でメアリの頬がパッと赤く色づいていく。
どうやら今はフェリクスが優勢なようだ。
メアリは今日一日で、少しでもたくさんフェリクスをドキドキさせてやると意気込んだ。
朝食後、仕度を済ませて二人は早速、町用の馬車に乗り込む。
今日は町の入り口で馬車を停めてのんびり歩いて回ると聞き、町を歩くのが好きなメアリは喜んだ。
特にここ数日はずっと馬車に乗っていたのもあって、とにかく歩きたかったからだ。
馬車の窓から外を眺める。
今日は空も晴れ渡っており、気持ちの良い風の吹く心地好い日和だ。
つい先日までいたノリス領と違って空気が澄んでいるわけではないが、やはり外を歩くのはいい。
特に、好きな人と二人なら格別だ。
「手を」
馬車から降りる際、フェリクスがそう言いながら当たり前のように手を差し伸べてくる。
たったそれだけで胸がときめいてしまうメアリだったが、できる限りそれを表に出してしまわないよう、ほんわかとした笑みを浮かべてお礼を告げつつ手をとった。
改めて見ると、フェリクスの手の大きさがよくわかる。
メアリが拳を作ったら完全に覆ってしまえるほどだろう。
別に手を取られるのは初めてではないのに、今日という日が特別だからだろうか、妙に意識してしまったメアリは密かに頬を染めた。




