31 フェリクスの出迎え
王城を出た後のフェリクスは忙しかった。
メアリを迎え、同時に彼女の願いを叶える準備を万全にしておきたかったからだ。
まずは贈り物の準備をするため、シュミット邸へと帰る前に町へ向かう。
婚約お披露目パーティーの時にも世話になった宝飾店に寄り、服飾店に向かい、メアリが好みそうな飲食店、それから花屋に向かう。
最後に特別な贈り物をするために、とある場所へ。
思いつく限りのことをしておきたかったが、フェリクスにはあまりこの手の知識はない。
かといって、今度ばかりはマクセンや他の者に頼りたくはなかった。
第一、マクセンが知る世間一般的に喜ばれるようなセッティングをメアリが喜ぶとは思えないのだ。
(メアリならどうすれば喜ぶかを考えれば、自然と答えが浮かぶものだ)
フェリクスにはわかる気がした。
メアリがどんなものを好み、どういったことを避けたがるのかが。
全てわかるとまで自惚れるつもりはないが、そういった感性はフェリクスとよく似ている。
(おそらく大切なのは、相手のことを思いながら準備をすることなのだろうな)
メアリはいつだってフェリクスのことを考えて小さな気遣いを見せてくれていた。
食べ物の嗜好や、どういった状況を嫌がるかを把握し、使用するものがどういった場所にあれば便利かを考えて用意をする。
(メアリは仕事のできる使用人と同じスキルを持っている)
元も子もない考えではあるが、そもそもメアリはフェリクスが望んで迎え入れた婚約者で、ここまで細やかな気配りなどする必要がない立場だ。
実際、ノリス家にいる時は自分を選んでもらうという目的があったからこそ動いてくれたのだろうが、目的を達成した今、メアリがフェリクスに好かれようと努力する理由はない。
最低限、婚約者としての振る舞いを身につけつつ、愛し合う婚約者を装っていればそれでいいのに、シュミット邸に来てからもメアリはフェリクスが喜ぶだろうことを考えてずっと動いてくれていたのだ。
(つまり、もうずっと前から僕を想ってくれていたということ)
メアリの気持ちに気づいてからというもの、これまでの行動を思い返せば返すほどあらゆる物事にそれが事実だという説得力が増す。
そのことがフェリクスの心を最も揺さぶった。
メアリの好意は全て演技で、自分は恋愛対象として見られていないとずっと思ってきた。
(だからこそ必死で彼女を振り向かせたいと足掻いてきたというのに。そんな自分があまりにも滑稽で、実に愉快だ)
後にも先にも、人に振り回されて楽しいと思えるのはメアリだけだろうとフェリクスはつくづく思う。
だがやられてばかりなのは性に合わない。
これは反撃の下準備なのだ。
フェリクスはその後あらゆる手配を終え、メアリを迎える時を待った。
翌日、事前にメアリの帰りが遅くなることを聞かされていたフェリクスは、早々に夕食を共にすることは諦め、メアリを早く休ませるためそれぞれ自室で軽く食事が摂れるようにと手配した。
長旅の疲れも出るだろうことを予想し、メアリの体調を優先させたいと考えたフェリクスは、彼女の様子を見て出かける日を一日延期することも視野に入れている。
日が暮れかけた頃、ようやく待ちわびた馬車がシュミット邸の前に停車すると、フェリクスはわざわざ門扉の前まで迎えに行き、馬車から下りるメアリに手を差しだした。
まさかここまで迎えに来てくれるとは思っていなかったのだろう、メアリは目を丸くして驚いている。
「どうかしましたか? メアリ」
「い、いえ。ありがとうございます」
何食わぬ顔で微笑みながらフェリクスが告げると、メアリはすぐにふわりと笑ってフェリクスの手を取った。
メアリが危なげなく地面に下りると、フェリクスは彼女をエスコートしながらゆっくりと屋敷に向かって歩き出す。
「お疲れでしょう? 今日は早めに休めるよう手配しました」
「それは助かります。馬車の移動は楽しいですが、どうしても疲れが溜まってしまいますから」
「わかります。僕もノリス領へ向かった経験がありますからね」
「そうでした」
クスクス笑うメアリを注意深く観察する。
わずかに疲れが残っているようだが、恐らく明日には元気になっていることだろう。
フェリクスはホッと肩の力を抜くと、引き続きメアリに話しかけた。
「メアリ、貴女が出立する前に僕に言ったことを覚えていますか?」
まさか直球で話題に出されるとは思っていなかったのだろう、メアリは再び目を丸くしてフェリクスを見たが、すぐにパッと正面を向いて冷静に言葉を返した。
「ええ、それはもちろん」
ほんのりと頬を染めている様子が実に愛らしい。
久しぶりに会えたこともあってメアリを抱きしめたい衝動に駆られたフェリクスだったが、グッと堪えて笑みを維持した。
メアリの部屋まで辿りついたところで、フェリクスはピタリと足を止める。
不思議そうに見上げてくるメアリを微笑ましげに見ながら、フェリクスはドアを開けた。
「わ……」
開けた瞬間、ふわりと漂う香りとともに目に飛び込んできたのは部屋中に飾られた美しい花々だった。
そうはいっても小さな花束が部屋のあらゆる場所に飾られている程度で、豪華すぎず、香りが主張しすぎることもない。
驚かせるためというのならもっと派手にするのがセオリーだが、それでも十分メアリの部屋をいつもより華やかに彩っていた。
花屋や使用人たちによる「もう少し花を多くした方が良いのではないか」というアドバイスを断って、フェリクス自身が決めたことだ。
メアリは豪華に飾られているより、さりげない美しさを好む。
アドバイス通りにしていたとしてもメアリはとても喜んだだろうが、フェリクスはメアリに心から喜んでもらいたかった。
疲れて帰ってきた時、部屋いっぱいに花があったら休むどころではないと自分なら思うという考えもある。
注意深く観察したメアリの目はとても輝いており、花に近づいて香りを楽しむ姿はかなりリラックスしているように見受けられた。
フェリクスはメアリに近づき、耳元に口を寄せて囁く。
「いたずらのお返しです」
「っ!」
ビクッと肩を揺らし、耳を押さえて振り返ったメアリの顔は真っ赤だ。
言葉も返せずにいるメアリの手を取り、フェリクスは指先にキスを落としてから肝心なことを告げる。
「メアリの望みを叶えてみせます。ですから明日は僕に、貴女の時間をくださいませんか?」
自分にここまでロマンチックな演出ができるとは思ってもいなかった。
だが不思議と照れはなく、ごく自然に体が動き、言葉が出てくる。
「は、はい」
「では、今日はゆっくりお休みください。ああ、花は好きなようにしてくださいね。メイドに言えば望む通りにしてくれるでしょう」
「わかりました。あ、あの、フェリクス様」
「はい?」
「……お花、とても嬉しいです。ありがとうございます」
作られたいつものほんわかとした笑みではなく、心から嬉しそうに笑うメアリを見てしまってはフェリクスももう我慢などできようもない。
メアリの手を軽く引き寄せると、そのまま優しく抱きしめる。
サシェではない本物のメアリの香りと温もりがフェリクスを癒してくれた。
「どういたしまして。それからメアリ」
「は、い」
「……おかえり」
「ただいま、です」
おずおずと背中に回されたメアリの手は、次第に力が込められぎゅっとフェリクスを抱きしめてくる。
必死に縋りつくような、甘えてくるようなメアリの行動に愛おしさが募る。
二人はしばらくの間、会えなかった寂しさを埋めるように互いの存在を感じ合った。




