27 メアリのいたずら下準備
ノリス領へと旅立つ前に、メアリはたくさん考えてできる限りの仕込みをした。
まず、王女たちとクラウディアへの手紙だ。
彼女たちには自分がノリス領に行っている間、フェリクスの様子を見ていてもらいたい旨を頼んである。
もし会う機会があったなら、それとなく背中を押す程度に止めてほしいとも。
決してメアリがフェリクスに愛を伝えてほしいと思っていることを悟られないように、という点だけは念入りに書いた。
「自然な流れでフェリクス様には気付いてもらいたいし、伝えてもらいたいわ」
こうしてノリス領へと向かう当日、メアリは自室で身支度をしながらカリーナとこれまでの準備について話をしていた。
「今度はいくつ気づいてくれるかしら」
「フェリクス様はよく気のつく方ですから。とはいえ、全部はどうでしょうねぇ」
「ノリス領にいた時も、全部に気づいたわけではなかったの。でも、これは絶対にわからないだろうと思う部分に気づいたりもしたわ」
「想像がつきますね。私もその場にいたかったです」
「いたずらなんか仕掛けて、子どもっぽいと思われてしまわないかしら」
「普段から難しいことばかり考えておられる方です。たまには童心に返り、遊び心を思い出すいい機会だと思いますよ。それにメアリ様のいたずらは害のない、幸せな罠ですから。きっとうまくいきます」
あれこれと相談するうちに、メアリはすっかりカリーナと打ち解けていた。
カリーナが聞き上手だったのもあるが、恋愛話をしたのが親しくなった大きな要因だろう。
カリーナとともにいたずらを仕込むのはとても楽しく、しばらくフェリクスに会えないというさみしい気持ちを紛らせることができた。
フェリクスに愛を告げてもらうための作戦は、メアリ自身のためでもあるのだ。
「結婚式の前日までに、フェリクス様が愛を告げてくださったら私の勝ち。そうでなかったら負けね」
「絶対に勝っていただきたいですね。でも、もし負けてもその時はメアリ様のほうから愛を伝えるのですよね?」
「ええ。……結婚式の前には、ハッキリさせておきたいもの」
フェリクスの気持ちを確信しているからこそメアリは不安にならずにいられるのだが、それでも自分から伝えるというのは緊張するし怖くもある。
「……伝えてもらえなかったら、私に魅力がないんだって自信がなくなるかも」
「自信をなくすことなんてありませんよ! もし伝えてこなかったとしたら、それはフェリクス様が意気地なしなだけです!」
「主人に対して言いすぎよ? カリーナったら」
わずかに残る不安も、カリーナのおかげで笑い話になってくれる。
二人がクスクス笑っていると、メアリの部屋のドアがノックされた。
「メアリ様の準備はお済みですか? そろそろ出発のお時間です」
「ありがとう。すぐに行きます」
マクセンの声がドアの向こうから聞こえてメアリが答えると、カリーナがすぐにドアを開け、大きな荷物をズイッと差し出した。
「はい、これ持って。もう一つあるわ。軽いもんでしょう?」
「まぁ、軽いもんだけど……姉さんよりもメアリ様に頼まれたほうがやる気が出るのに、痛ぇっ、ちょ、乱暴に押し付けるなよ!」
ドアを開けた瞬間から賑やかになる姉弟に、メアリはいつもの光景とばかりに肩をすくめる。
部屋を出る前、チラッと鏡台の上を見たメアリはわずかに頬を緩ませると、再び前を向いて部屋を後にした。
一階に下り、玄関ホールに向かうとそこにはフェリクスの姿があった。
どうやら仕事に行くのを遅らせてまで、メアリが出発するのを待っていてくれたらしい。
胸がほわりと温かくなるのを感じながら歩み寄ると、フェリクスがいつもの笑顔で口を開く。
「忘れ物はありませんか?」
「ええ。もしあっても、向かうのは実家ですからどうとでもなります」
「ノリス伯爵家に着けば問題ないでしょうが、道中は困るかもしれないではないですか」
「大丈夫ですよ。何度もカリーナと確認しましたから。本当にフェリクス様は心配性ですね?」
「メアリだけで長旅は初めてでしょう。心配にもなります」
冗談めかしてクスクス笑うメアリに対し、フェリクスは笑みを引っ込めて心配そうに見つめてくる。
そのことにドキッとときめいたメアリは、出発前のいたずらを決行した。
行動に移すのはとても緊張したが、メアリは勇気を振り絞って大きく一歩足を踏み出し、両手を伸ばしてフェリクスの胸に抱きついた。
メアリの淡い金髪がふわりと舞い、フェリクスは目を丸くして硬直している。
「……二つ、お願いがあります」
「……なんでしょう」
フェリクスの胸に当てた耳から、彼の少し早い心音が聞こえてくる。
ずっとこうしていたい気持ちを押さえながらメアリが囁くように告げると、フェリクスもまた小声で答えた。
「思い出してください。それと、聞かせてください」
「なにを……?」
戸惑うような彼の質問には答えず、メアリはクスッと笑ってから身体を離すとフェリクスを見上げた。
「それでは、行ってまいりますね」
満面の笑みを浮かべたメアリは何ごともなかったかのようにフェリクスから離れると、そのまま振り返りもせずに玄関のドアを通り抜けていく。
後に続くカリーナも澄ました顔で続くと、横目で弟を見ながら素早くメモを握らせた。
気づいたマクセンはメモを握りしめて軽く頷くと、いってらっしゃいませと胸に手を当て軽く頭を下げながら見送った。
メアリはカリーナとともに馬車に乗り込み、窓からゆっくりと動き始める景色をひたすら見つめていたが、数秒後にカリーナの笑う声が聞こえて目線を前に移す。
「ふふ、メアリ様ったら。今さらお顔を赤くなさって」
「もう、からかわないでカリーナ。がんばったでしょう?」
「それはもう。フェリクス様は今頃、なにがなにやらわからず赤面しているかもしれませんね」
「もしそうなら……見られなくて残念」
「さようでございますね」
馬車の中では二人の笑い声が穏やかに響いていた。




