23 メアリの策略
メアリに示されたメイドはビクッと肩を震わせたかと思うと慌てて声を上げる。
「ち、違います! 私はそんなこと……! 他の者と間違えられたのでは?」
「メアリさんを疑うわけでも彼女を庇うわけでもありませんけれど……実際、我がペンドラン家の使用人は全員、似たような背格好で同じ服に同じ髪型で揃えておりますの。わたくしでも急ぎの時は覚えていないほどですのよ?」
震える使用人を一瞥した後、クラウディアも用心深くそう告げる。
メイドは格好だけでなく髪色や瞳も似たり寄ったりの茶髪であったし、そもそも使用人をしっかり記憶する貴族自体ほとんどいない。
(だが、メアリなら覚えているのだろうな)
彼女の観察眼はとにかく鋭い。
特に今回は、最初からメイドが怪しいと思っていたのだから余計に特徴をしっかり記憶していたことだろう。
メアリがふわりと笑みを深めたのを見て確信したフェリクスは、自分も思わず口角を上げてしまった。
「確かに皆さん似ていらっしゃいますね。けれど私、人の顔を覚えるのが得意なのです。彼女で間違いありません」
「酷いですわ! 私、メアリ様とは今が初対面ですのにっ」
「初対面、ですか。……クラウディア様。少しお耳を」
しかし、ここまでしらを切ったメイドがそう簡単に認めるわけもない。
メアリは何かを諦め、そして決意したようにフッと短く息を吐くと、そっとクラウディアに何かを耳打ちした。
クラウディアが戸惑いながらも了承したのを確認し、メアリは再びメイドに目を向ける。
メイドの強気な視線はそのままだったが、メアリは気にすることなく口を開いた。
「クラウディア様、お願いします」
「わかりましたわ」
メアリの言葉を聞いて一つ頷いたクラウディアは、つかつかとメイドに近づいておもむろに彼女のポケットに手を入れる。
驚くメイドを無視してクラウディアがポケットから手を出すと、その手にはエメラルドのイヤリングが乗せられていた。
「なっ……!? なんですか、これ! 私は、私は知りません!」
「そうでしょうね。だってそのイヤリングは、私が貴女のポケットに入れたのですもの」
ふわりと微笑むメアリはすっと顔の前に垂れる髪を耳に掛けた。
左耳にはエメラルドのイヤリングが揺れており、右耳にはなにもない。
メアリの言葉と姿に目を見開いたメイドは、ぱくぱくと口を開け閉めさせている。
屋敷の外に連れ出す際、軽くメアリとメイドがぶつかったあの時に入れられたのだと気づいたのだろう。
「私と貴女は初対面、でしたか? なぜ初めてお会いした貴女のポケットに、私のイヤリングがあるのでしょう?」
笑顔で告げるメアリの言葉に、メイドはもはや何も言えずその場に膝をついた。
「っ、すぐにあのメイドを捕らえておきなさい! それからお父様に面会の連絡を。わたくしが直接説明して必ず彼女に厳しい罰を与えますわ!」
「はっ!」
クラウディアの指示により、ペンドラン侯爵家の護衛兵士たちがメイドを連れて部屋を出ていく。
(これは、予想以上だ)
呆れたような、感心したような視線をメアリに向けていると、気づいた彼女がバツの悪そうな笑みを浮かべた。
「せっかくいただいた大切なイヤリングをこのようなことに使ってしまって、申し訳ありません」
「貴女という人は、本当にいつも僕を驚かせますね。いいのですよ。イヤリングもメアリの役に立てて本望でしょう」
二人が軽く微笑み合っていると、指示を出し終えたらしいクラウディアがメアリたちに歩み寄り、神妙な顔で口を開いた。
「……メアリさん、わたくしは貴女を見くびっておりましたわ。貴女以上に、フェリクス様の婚約者として相応しい女性はいませんわね。ほんわかして見えて、恐ろしい方!」
「あら。身内でも容赦なく罰する判断を瞬時に下せるクラウディア様のほうが恐ろしいですよ?」
「言いますわね? ……ふぅ。メアリさん、そしてフェリクス様。本日は我が家の者が多大なるご迷惑をおかけいたしましたわ。後日、必ずお詫びさせていただきます」
ペンドラン侯爵家の夜は長そうだ。
当然、メアリのお泊りどころではないだろう。
深々と頭を下げるクラウディアを前にフェリクスはメアリと目配せすると、了承の返事を伝えてペンドラン侯爵家を後にした。
◇
夜の事件があったせいで、今日という一日がとてつもなく長かったように感じる。
シュミット邸に帰ってきて、カリーナを筆頭にメイドたちから手厚く世話を焼かれたメアリは、一人になった寝室でお行儀悪くベッドに倒れ込んだ。
「疲れたわ……」
この一言に尽きる。まさか夜の王都を、それも路地を一人で走り回ることになろうとは夢にも思っていなかった。
目下の心配はこの事件を耳にした父ディルクが怒り狂わないか、その流れでノリス領にいる家族からの連絡がたくさん届くのではないかということだ。
決して彼のせいではないのに、家族が彼を責めやしないかということがメアリにとっては最も気がかりだった。
「わざわざ罠に嵌まるんじゃなくて、その場で指摘していればこんなに迷惑をかけることにはならなかったわよね。大失敗だわ」
夜とはいえ、道をしっかり覚えてさえいればすぐにペンドラン侯爵邸に戻れるという甘い考えがメアリにはあった。
ここが田舎ではなく王都であり、危険がいっぱいだということはわかっていたのに、どこかで大丈夫だろうと高を括っていたのだ。
平和な田舎暮らしが長いからこその油断といえよう。
普段であればもう少し冷静に判断が下せたかもしれないが、あの時メアリは腹が立っていた。
フェリクスの婚約者として舐められたことが、自分でも驚くほど我慢ならなかったのだ。
たしかに身分的には釣り合わないかもしれないが、フェリクスの隣に立って彼を支えられるようこれから努力していくつもりだ。
ペンドラン侯爵家の使用人の中には例のメイド以外にもメアリを見下すような目で見ている者が多かったが、恐らく彼ら彼女らだけではないのだろう。
貴族界でも有名なフェリクスの相手なのだから、周囲から「不釣り合いだ」と思われることも覚悟の上で、今後の行いで誰もが認める相手になってみせると決めていたはずだったのに。
「私も、お父様に似て短気よね。はぁ……本当に、大失敗」
フェリクスと本当は思い合っていないという事実が、メアリをとにかく焦らせている。
反撃できてスッキリはしたものの、シュミット家に迷惑をかけてしまったことを思うとそもそもの行動を後悔せずにはいられず、メアリはベッドにうつ伏せになって枕に顔を埋め一人唸る。
もっと嫌になるのは、大いに反省すべきなのにどうしてもフェリクスのかっこいい姿が脳裏に過ることだった。
路地裏で男たちに追い詰められ、髪を引っ張られて大ピンチになった時、まるでタイミングを見計らったかのように颯爽と現れたフェリクスがあっという間に男たちを倒してしまったこと。
心配したと言って、強く抱きしめてくれたこと。
驚くほどフェリクスの心拍数が速く、彼の手が震えていたこと。
メアリは気づいてしまった。
「フェリクス様は、私のことを異性として好きになってくださっていたのね。いつから……?」
直接そう告げられたわけではないが、たしかにあの時メアリにはフェリクスの気持ちが伝わった。
そして、自分の気持ちも伝わるようにと願いながら彼の背中に手を回し、胸に顔を埋めたのだ。
フェリクスの力強い抱擁、囁かれた低めの声、温もりや香り。
あの時のことを思い出して、メアリは顔を真っ赤に染めて両手で顔を覆った。
何度も何度も繰り返し思い出してしまい、フェリクスの思いを知った今、余計に愛おしさが募っていく。
女性として意識してもらおうとこれまで地道な努力をしてきたが、そのどれかが功を奏したのだろうか、一体いつから好きになってもらえていたのだろうか、など疑問は尽きないが、それらを知るには直接聞いてみるほかない。
だが、メアリは悔しかった。
「フェリクス様ったら、素敵すぎてずるいわ。私ばっかり、ますます恋をしてしまう……」
ぷくっと頬を膨らませ、メアリは枕を抱えてころんと横に転がった。
シュミット家に来てからというもの、自室で一人の時でさえ気を張る日々が続いていたが、今はまるで実家にいた時のようだ。
気が済むまでベッドの上で転がりながら悶えたメアリは突然ガバッと起き上がる。
「まずは今日の軽率な行動をもう一度改めて謝罪しないと。それから、新しい作戦を考えるわ!」
散々転がったせいで髪がボサボサなまま、メアリは一人決意した。




