21 フェリクスとメアリの真意
大通りへ出ると、フェリクスはしっかりとメアリの手を握りしめながらペンドラン侯爵邸へと向かった。
メアリが勝手にどこかへいなくなるような娘ではないことはわかっているが、彼女を勝手に連れ去ろうとする不届き者はいる。
特に夜は同伴者がいても隙を見て手を出そうとする愚か者も多いのだ。
(それに今は……少しでも彼女に触れていたい)
あんなに恐ろしい思いをするのはもう二度とごめんだった。
フェリクスが僅かにメアリの手を握る力を強めると、メアリもまた強く握り返してきたのがわかる。
思わずメアリに視線を落とすと、眉尻を僅かに下げたメアリが申し訳なさそうに微笑んでいた。
ドキッと心臓が跳ねたフェリクスだったが、それを誤魔化すようにひとつ咳をすると、メアリに向かって質問を投げかけた。
「後でゆっくり事情を聞きたいところでしたが……先にこれだけは聞かせてください。なぜ夜の町に一人でいたのですか?」
「ああ、それは……」
メアリから聞かされたあまりにも酷い話に、フェリクスは思わず絶句する。
侯爵家の使用人が客人の令嬢を危険にさらすとは信じられないことだ。
もっとフェリクスの言葉を失わせたのは、そのことを気にした様子もなくあっけらかんとメアリが語ることだった。
「貴女は使用人に騙されたのですよ!? なぜそんなに平気な顔をしていられるのですか!」
声に怒気が混ざってしまうのは仕方のないことだ。
ただ、メアリが悪いわけでもないのに声を荒らげてしまったのはよくない。
フェリクスはすぐに反省し、目を丸くしてこちらを見上げるメアリに謝罪した。
「……すみません。悪いのは貴女ではないのに」
「いえ。心配してくださったのですよね。ありがとうございます」
どう考えても今のはフェリクスが悪いというのに、怒るどころか笑顔でお礼まで言われてしまった。
やはりメアリのこととなると余裕を失ってしまう自分に、フェリクスは頭を抱えたくなる。
「なぜ平気な顔をしていられるか、ですよね。私だって腹を立てていますよ? ただ、最初から使用人の言ったことが嘘だとわかっていましたから」
「……は?」
ニコニコと告げたメアリの衝撃的な言葉に、フェリクスは思わず声を漏らした。
嘘だとわかっていて夜の町へ人探しに行ったというのだろうか。
さすがに真意が読めず、フェリクスは黙ってメアリの言葉の続きを待った。
「クラウディア様が一人で探しに出たということはまずあり得ないと思ったので、そこは心配していませんでしたが……万が一、本当にフェリクス様が私を探していたらどうしよう、と思ったというのが一つ。そしてもう一つの理由が本命です」
「本命ですか? 聞きましょう」
「罠にはしっかり嵌まってあげた方が、未然に防いだ時よりも犯人をしっかり罰してくれるでしょう?」
その場で「貴女の言うことは嘘だ」とメイドに告げ、話を終わらせるのは簡単だ。
ただしその場合、未遂で終わったメイドの処分は厳重注意で終わってしまうだろう。
だがあえて罠に嵌まり事件が起きた後となればその責任と罪はグッと重くなり、メイドにも相応の処分を下さざるを得なくなる。
メアリは、それを狙っていたのだ。
「クラウディア様が呼んだ客人である私に対してあまりにも態度が悪かったですし、彼女は嘘をつき慣れていました。おそらくこうした客人への対応は一度や二度ではないのだと思います」
メアリの考察にフェリクスはまたしても言葉を失った。
(カリーナが隠してくれていたというのに、使用人のことにも気づいていたのか)
メアリの言葉はさらに続く。
「今回の件はフェリクス様が助けにきてくださらなければもっと大事になっていたでしょう。今後、私だけでなく他の人にまでこういった事件を引き起こしかねません」
「メアリは、メイドから嘘をつかれた時にそこまで危惧したのですか」
「考えすぎかとも思ったのですが……他の誰かに何かが起きてからでは遅いので」
ニコニコと微笑みながら語ったメアリだったが、声には確かな怒りも感じられた。
メイドが騙してきたことに対する怒りではない。
大きな事件に繋がりかねない軽率な行動を起こしたことが許せない様子だった。
「……貴女という人は、恐ろしい女性ですね?」
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
思わず口からついて出たフェリクスの冗談交じりの褒め言葉に、メアリはふわりと微笑んだ。
先ほどまでの怒りは消え、メアリの肩の力も少し抜けたように見える。
フェリクスは一度長い息を吐いた後、困ったように眉尻を下げるとメアリに懇願した。
「メアリの判断は正しい。けれど自分の身を危険にさらすような行動は褒められたことではありません。貴女は女性であり、僕の大切な婚約者なのですよ? 二度と危険なことはしないでください。僕の寿命が縮みます」
「そう、ですね。わかりました。……本当にごめんなさい」
「もう謝罪は良いのですよ。さぁ、反撃の準備はよろしいですか?」
謝罪を受け入れた後、一瞬で悪い笑みを浮かべたフェリクスに対し、メアリはきょとんとした顔を向けた。
「あまりこんな言い方はしたくないのですがね。……メイドごときがずいぶん舐めた真似をしてくれたようですから、きっちり報いを受けていただきましょう。管理不行き届きのペンドラン侯爵家もね」
「……恐ろしい次期宰相様ですね?」
「お褒めの言葉、ありがたく頂戴いたします」
ほんの少し裏の顔を見せてしまったフェリクスだったが、メアリは先ほどの自分と同じ冗談を返す余裕をみせている。
彼女なら怖がらないとわかってはいたものの、改めてメアリの器の大きさを実感したフェリクスは満足げに微笑んだ。




