18 メアリと夜の王都
(フェリクス様……お仕事でお疲れでしょうに、私を探しに行くなんて)
計画に乗ってしまったために、忙しいフェリクスの仕事を余計に増やす結果となってしまったことにメアリの胸は酷く痛んだ。
全てが終わるまで待っていることしかできない自分が歯痒く、座って待っているのも落ち着かず、メアリは窓辺に近づいた。
「王都は、夜でも明るいのね」
ノリス領と違って、こんな時間になっても営業している店が多いからだろう。
外灯も多く、手持ちの明かりがないと足下も見えなくなるノリス領の夜とは比べ物にならない。
田舎で育ったメアリは王都の人達よりも夜目が利く。
門扉近くでクラウディアの指示の下、たくさんの使用人たちが忙しなく動き回っている姿がよく見えた。
余計にメアリ一人だけがのんびり待機しているのが申し訳なくて仕方なくなった頃、部屋のドアがノックされ先ほどのメイドが入室してきた。
ペンドラン家の使用人は皆とても外見がよく似ている。
服装や髪型も統一されており、背丈もだいたい同じくらいで、誰が誰だか把握するのに苦労をするのではないかとメアリはぼんやりそう思った。
「失礼いたします、メアリ様。クラウディア様がご自身も探しに行かれるとのことで、メアリ様には引き続き屋敷で待機していてほしいと」
「えっ」
先ほど、確かにクラウディアが門扉の前にいたのをメアリも確認している。
まさかあのまま町に向かったとでもいうのだろうか。
「メアリ様、こんなことを私のような者が頼むのはおこがましいのですが、どうか私と一緒にクラウディア様を連れ戻していただけませんか?」
メアリはメイドの顔をじっと見つめた。
今にも泣きそうな顔をしており、心底クラウディアが心配なのだという気持ちが伝わってくる。
(ずいぶんクラウディア様を慕っているのね)
目を伏せ、一度呼吸を整えたメイドは再び口を開く。
「きっと、クラウディアお嬢様は責任を感じておられるのです……メアリ様が一緒なら、きっと素直に屋敷に戻ってくださいます」
メイドは涙声になっており、俯いているためもしかしたらすでに泣いているのかもしれなかった。
そんな彼女を見て、メアリは静かに口を開く。
「行き先はわかっているの?」
「は、はい。大体は……」
「そう。……わかりました。行きましょう」
「あ、ありがとうございます! ここからなら裏口の方が近いので、ご案内いたします」
ふんわりと微笑んだメアリが優しく告げると、メイドはパッと顔を上げてすぐさま動き出す。
その後をついて行く際、メアリは気持ちが急いてメイドと軽くぶつかってしまった。
「ああ、ごめんなさい。慌ててしまってはダメね」
「いえ! お気持ちはわかりますので。さぁ、こちらへ」
メアリはメイドと微笑み合うと、気を取り直して部屋を後にした。
夜の王都は、やはり明るい。
メアリは建物の間から覗く夜空を見上げ、これだけ明るいと星があまり見えなくて残念だとぼんやり思いながら呟いた。
「……やっぱり、罠だったのね」
メアリはメイドに案内されるがまま裏口から町へ出ると、彼女の指示に従って夜の町を進んだ。
暗い道を選んでいることに早い段階で気づいたメアリは常にメイドのことを意識していたが、道を覚えることに意識を向けている間に彼女は姿を消していた。
つまり、メアリは夜の王都に置き去りにされたのだ。
だが、薄々そんなことではないかと感じていた。
だからこそ、道を覚えることに集中したのだ。
「妙な提案だと思っていたけれど……クラウディア様の指示、とは思えないのよね。独断かしら」
夜の王都、しかも人通りの少ない路地に一人でいるというのに、メアリは落ち着いたものだ。
侯爵令嬢として恥じぬ行いをとあれほど心掛けているクラウディアが、客人を置いて軽率に夜の町へ向かうわけがない。
それに真正面から立ち向かうクラウディアが、こんなに遠回しで卑怯な罠を仕掛けるとも思えなかった。
メイドのクラウディアを思う気持ちは本物だろうが、思いが強すぎて暴走しているように見受けられる。
涙声ではあったが、メアリが了承の返事をした時に顔を上げた彼女の目に涙の跡がなかったのも気になった。
要するにメアリは最初からこれが罠だと疑っており、あえてそれに乗ったのだ。
(もしかしたら本当にフェリクス様が見つかるかもしれないし、それに……)
そこまで考えたところで、背後に複数人の気配を感じてメアリは後ろを振り返る。
見るといかにも素行の悪そうな風体の男たちが舌なめずりをしながらメアリを取り囲もうとしていた。
「貴族のお嬢様かぁ? こんな夜に一人でいるなんて……訳ありだな?」
「違いねぇ! なぁ、匿ってやるからこっちに来な、お嬢様」
じりじりと近付いて来る男たちを前にして、メアリはキュッと口を引き結ぶ。
(物語に出てくる悪役って、実際にいるものなのね)
思わず感心してしまったが、今はそれどころではない。
メアリはふわりと微笑んで簡潔に答えた。
「ごめんなさい。急いでいますので、失礼します」
「おっと、そうは……って、速ぇ!?」
メアリは言葉を言い切る前に踵を返し、すぐさま走り出す。
ほんわかとした雰囲気に油断していたのか、取り囲んでいたというのに男たちは真横を駆け抜けたメアリに反応できず、追いかける足も出遅れていた。
(物語でこんなシーンを読むたびに、いつも思っていたのよね)
グズグズしていないで、隙を作ってすぐに走り出せばいいのに、と。
メアリは幼い頃から田舎で駆けまわって育った身。ドレスで木登りだってできるほどお転婆だ。
加えて、近衛騎士団の副団長を務める父の意向で護身術も少しだけ身につけている。
ナディネほどではないが、メアリも逃げ切るくらいはなんとかできるよう仕込まれていた。
(でも、地の利はあちらにあるわ。どうにか大通りに出られればいいのだけれど)
逃げたせいでせっかく覚えた道も意味はなく、大人数を相手にすることだってメアリにはできない。
胸の奥に湧き上がりそうになる恐怖心をグッと抑え込みながら、メアリは周囲の景色を確認しつつ王都の入り組んだ路地を走り続けた。




