17 メアリのお泊まり作戦
ペンドラン侯爵家でのお泊り会の話に思わずのってしまったメアリだが、一つだけ懸念事項がある。
それは、シュミット邸から連絡があるまで黙っていようというクラウディアの提案だ。
陽はだんだんと暮れていき、メアリはどうしてもそわそわと落ち着かなくなってしまう。
基本的にメアリが嘘をつく場合は人に迷惑がかからないことが前提だ。
そのため、フェリクスやシュミット家の人たちに迷惑がかかりかねない今の状況では、いつものほんわかした笑みを浮かべる余裕を失ってしまう。
(ほんの少し、いつもより遅い時間になってしまうだけ。そのまま、一晩お泊りをするだけ……)
なかなか帰って来ないメアリにやきもきし、結局今日は帰って来ないと知ればフェリクスは寂しさを覚えるはずだとクラウディアは言う。
それは本当にメアリを愛していることが前提の計画なのだが、ほんの少しだけ期待してしまう自分もいた。
(寂しいと、思ってくださるかしら)
子どもじみた感情による突発的な行動を咎められはしないかという考えもある。
つい最近、一歩進んだ関係になりましょうと話しをしたところなのだから。
特別悪いことをしているわけではなくとも騙しているようでどうにも気になるメアリはやはり落ち着かない。
窓の外がだんだん暗くなってきた頃、我慢の限界だったのか部屋の外で待機していたカリーナがようやく入室してきた。
「失礼いたします。メアリ様、そろそろお時間が……」
「そ、そうね、カリーナ」
声をかけてもらえて安心するやら緊張するやら。
メアリはチラッとクラウディアに目を向けた。
クラウディアはわかりやすく驚いた顔を浮かべてみせると、一切気負った様子もなくペラペラと喋り出す。
「まぁ、時間というのはあっという間に過ぎてしまいますわね。でも困りましたわ。今日はわたくし、まだまだメアリさんとお話ししたいことがたくさんありますの。そうですわ! 今日はうちに泊まっていきませんこと? わたくし、お友達は多いのですけれど、お泊り会は初めてですの!」
驚くほど自然な無茶振りだった。
クラウディアが普段からこうした無茶を言い慣れているのかと疑ってしまう。
「間に入ることをお許しください、クラウディア様。申し訳ありませんがメアリ様は何も用意をしておりません。準備を整えてから日を改めて……」
「準備など必要ありませんわ。着替えも食事も入浴だって、我がペンドラン侯爵家で全て整いますもの」
「で、ですが」
「ダメかしら。メアリさん、貴女が嫌だというのなら諦めますけれど……」
クラウディアからの流し目と、困惑したカリーナの視線がメアリに集まる。
メアリは罪悪感を抱きながら控えめに告げた。
「カリーナ、あの。私、クラウディア様とお泊りをしてみたいのだけれど……」
「メアリ様……」
叱られるだろうかと覚悟をしていたメアリだったが、意外にもカリーナは困った顔をしつつもどこか嬉しそうに見える。
そのことに少しだけ疑問を抱きつつも続くカリーナの言葉を聞いた。
「かしこまりました。ですが一度シュミット邸に行って報告してこなくてはなりません。一度メアリ様の下を離れることになりますが……」
「まぁ! 優秀な侍女ですわね! 馬車はうちのものをお貸しいたしますわ。侍女が戻るまで、わたくしが責任をもってメアリさんをお預かりしますのでご安心くださいませね」
先に反応をしたのはクラウディアだ。
一度決まってしまえばこちらのもの、と言わんばかりに早口で告げたクラウディアは、そのままメアリの背後に立って両肩に手を置いた。
「せっかくですもの、屋敷の中を案内しますわ。浴室や寝室などの場所を知っていたほうがいいでしょう?」
「あ、ありがとうございます、クラウディア様」
いつになく饒舌で上機嫌なクラウディアに連れられ、メアリはあれよあれよという間に部屋を出て屋敷の中を歩き回ることとなった。
客間、ダイニング、浴室などを順番に案内されている間も、メアリは考え込んでいた。
さすがに様子に気づいたクラウディアは一度立ち止まると、両手を腰に当ててメアリに向き直る。
「なにを不安に思っていますの? 少し連絡は遅くなりましたけれど、貴女の侍女に手紙を持たせましたでしょう。たまにこういう日があっても許していただけるよう、これまでずっと丁寧にご連絡差し上げておりましたのよ?」
「えっ、前からこの計画を立てていたのですか?」
「もちろんですわ。計画などなくとも先方に心配をかけぬよう連絡するのは当たり前のことですけれど……シュミット侯爵家に対しては特に念入りに気を遣いましたわよ」
メアリの知らないところでクラウディアは裏でとてもがんばってくれていたようだ。
ここまでされてはメアリも腹を括るしかない。
実のところ、大きくなってからの友人とのお泊り会はメアリも初めてで心が浮き立っているのだ。
一番の親友であるサーシャでさえ、身分違いとう壁があるため互いの家に泊ったことは幼い頃にしかない。
せっかくなら楽しもうと気持ちを切り替えてはみたものの、どういうわけかなかなかカリーナが戻らない。
「少し戻って来るのが遅いですね……何かあったのでしょうか」
「きっとフェリクス様に色々と聞かれているのですわ。連れ戻そうとするかもしれませんわね……それはそれでお二人の仲を深めるには良い展開ですけれど」
「確かに恋愛小説で見たことのある展開ではありますが……現実で同じことが起こるとは思えません」
「まぁ、夢がありませんのね。ヒーローがヒロインを奪い返すのが物語の鉄板ですのに」
そこまで話したところでクラウディアがなにか閃いたようにぽんと手を打つ。
首を傾げるメアリを前に、クラウディアは口元に笑みを浮かべて告げた。
「暗くなると心配ですものね。うちの者に貴女の侍女がまだ来ていないか、少し周辺を見に行ってもらいましょう」
「えっ、いいのですか? ご迷惑では……」
「メアリさんを預かると申し出たのはわたくしですもの。最大限の配慮をするのは当然ですわ」
さらっと自分の肩にかかる髪を手で払ったクラウディアは、すぐさま使用人に声をかけた。
指示された使用人たちは返事をすると、すぐ動き出してくれる。
「なにからなにまでありがとうございます、クラウディア様」
「構いませんわ。さ、今のうちに夕食にいたしましょう。そろそろ用意ができる頃ですわ」
親切な使用人たちに頼もしいクラウディア。
メアリは安心して今日という夜を過ごすことを決めた。
夕食を食べ始めて数分後、使用人に声をかけられたクラウディアが驚いた様子で声を上げた。
「わかりましたわ。メアリさんにはわたくしが伝えますから、貴方たちは念のため馬車の支度をしておいてちょうだい」
「かしこまりました」
一礼して去っていく使用人を見送っていると、クラウディアが席を立ってメアリの下に歩み寄ってくる。
(私の名前が出ていたし、シュミット家から何か伝言があったのかもしれないわ。馬車の用意ということは、お泊りはダメだったのかしら)
そう当たりをつけてメアリは話を待っていたのだが、クラウディアから聞かされたのは予想もしていなかった内容だった。
「メアリ。落ち着いて聞いてくださいまし。フェリクス様なのですが……どうやら連絡の行き違いがあったみたいで、メアリがまだ町にいると思って探しに行かれたそうですわ」
「えっ」
「きっとメアリが心配で仕方ないのですわ。……ごめんなさい。わたくしがもっと早くに連絡をしていればこんなことにはなりませんでしたのに。完全にこちらの落ち度ですわ」
「いえ、そんな。連絡が行き違うことはよくありますから、お気になさらないでください」
「気にしますわ! わたくしがギリギリまで待ちましょうなんて幼稚な提案をしたばかりにこうなってしまったのですもの。わたくし、使用人にフェリクス様を探すよう指示を出してきますわ!」
クラウディアはメアリに部屋で待っているよう言い残し、急ぎ足で退室して行く。
メアリはただその後ろ姿を見送り、部屋で待っていることしかできなかった。




