16 メアリとかつての敵対相手
初めてクラウディアからの誘いがきた時は、正直なところメアリも少し警戒していた。
自分はあまり良く思われていないという自覚があったため、王女たちとのお茶会で会った時に誘ってくれたのは社交辞令だと思っていたからだ。
まさか本当に誘ってくれるとは、という思いとともに、クラウディアがずいぶん律儀な人だと思ったものだ。
それが今では毎日のように遊びに行く仲となっている。
これまでは毎回シュミット家の馬車で移動していたが、帰りはペンドラン侯爵家の者に任せるくらいにはシュミット家の者たちも彼女を信用するようになっていた。
「まぁ、わたくしを警戒していらしたのね」
「はい、ごめんなさい」
「構いませんわ。正直に話してとメアリさんに頼んだのはわたくしですもの。それに、そう思っていたことはわかっていましたわ」
「けれど、クラウディア様も私を良く思っていなかったのは事実でしょう?」
「……結構言いますのね。その通りですわ」
頻繁に会っている内に、二人はいつの間にか名前で呼び合うほど親しくなっていた。
とは言ってもクラウディアが実際に親しい友人だと思ってくれているかまではメアリにもまだわからない。
だが、気兼ねなく本音を言える仲になったのは進展といえるだろう。
「クラウディア様。そろそろ教えていただけませんか?」
「あら、何をですの?」
「どうして私を毎日のように遊びに誘ってくださるのか、です。王女様方に頼まれましたか?」
実のところ、メアリはずっとそれが気になっていた。
何か裏があると思っているからこそ、最後の一枚だけはクラウディアとの間に壁を隔てているのだ。
だいぶ親しくなってきた今、メアリはようやく話を切り出した。
クラウディアは数秒ほどメアリを見つめた後、肩の力を抜いて呆れたように告げる。
「……貴女って、本当に見かけと違いますわね。ほんわかした令嬢かと思って接したら痛い目をみますわ」
「痛い目になど遭わせませんよ?」
「……そういうことではなくてよ」
鋭いと思えば今のように鈍感な部分もあるメアリに、クラウディアは本日何度目かわからないため息を吐いた後、少々目を泳がせながら言葉を続けた。
「王女殿下方に頼まれたのは事実ですわ。けれど、わたくしだって暇ではありませんの。メアリさんと会いたくないと思っていたら、こんなに誘いませんわ」
「では、私と会いたいと思ってくださっているのですか?」
「もう、そこは掘り下げて聞くところではございませんわ!」
ツンツンした態度ながらほんのり頬を赤く染めるクラウディアに、メアリはふわりと嬉しそうに微笑む。
クラウディアが素直ではなく、誤解されやすい令嬢だということはすでにわかっていた。
きっと彼女なら答えてくれる。そう確信したメアリは話を戻した。
「それで、王女殿下方はどうしてそんなことをクラウディア様に頼んだのでしょうか」
「メアリさんとフェリクス様の背中を押してほしいと。わたくしは意見を出すだけで、直接なにかをする気はありませんでしたのに。事情が変わったのですわ」
「え」
「以前、お話しましたわよね。フェリクス様から愛の言葉を言われていないのでしょう? それでも、見れば愛されていることくらいわかりますのに……メアリさんにはその自信がないように見えますの。違いまして?」
図星を指されたメアリは息を呑む。
ただ、メアリとフェリクスは演技で愛し合っているように見せているだけのため、自信がないのも無理はないことだ。
メアリが愛されているように見えるのは演技だからに他ならない。
クラウディアはまんまと騙されてしまっているのだ。
それが狙いではあるのだが、今となっては心苦しくて仕方がなかった。
しかしそれを言うわけにもいかないメアリは、わずかに目を伏せてクラウディアの言葉の続きを聞いた。
「愛の言葉を、直接フェリクス様に言われたことがないからですの?」
「それは……お互い様ですし」
「わたくし、言わなくても伝わるという考えも、言わない意気地なしも大嫌いですの。でももっと嫌いなものがありますわ」
「もっと嫌いなもの、ですか?」
「ええ。愛を伝えてくれないからといって、愛を疑う人ですわ。愛していないと言われたわけでもありませんのに、なぜ悪いほうへ考えますの?」
クラウディアの話は前提からして違っているので少々ズレている。
だが、今の言葉はメアリの心に沁みた。
「勘違いかもしれません」
「恋なんてものは勘違いでしかありませんわ。それにたとえ勘違いなのだとしても、その気にさせた相手が悪いに決まっていますわよ。メアリさん、わたくし貴女は思っていた以上に強かだと見直したのですけれど、ずいぶんと臆病ですのね。ガッカリですわ」
容赦のない言葉をぽんぽん告げてくるクラウディアだったが、今のメアリにはちょうどよかった。
(そうよ。愛していないと言われたわけではないわ。むしろ最近は少し意識してもらえているはず。私ったら、愛してもらうためにがんばると決めたはずなのに、どうして後ろ向きになっていたのかしら)
有能な次期宰相様に釣り合わないなら、釣り合うような女性になればいい。
いつまでも演技でしか愛してもらえないなら、それが本気になるまでアピールすればいい。
そう思っていたはずなのに、クラウディアや王女殿下という素敵な女性と出会ったことで、知らず内にメアリは弱気になっていたのかもしれない。
(彼女は私とフェリクス様の関係を疑っていたのではなく、腹を立てていたのね。当然だわ。こんな弱気でいたら、良い策だって考えられないではないの)
ここへ来て、まさかクラウディアに勇気をもらえるとは思っていなかったメアリはギュッと胸の前で手を組んだ。
「……私は、負けず嫌いなのです。自分から言うより、フェリクス様から言わせたい」
思いがけないメアリの返事に、クラウディアは一度目を大きく見開いた後コロコロと声を上げて笑った。
彼女がここまで笑う姿を初めて見たメアリは少し驚いたが、先ほどとは打って変わって自信に満ちた表情で微笑んでみせる。
「メアリさんったら、腹の探り合いがお好みですのね。次期宰相夫人としては必要な性質かもしれませんわね?」
「ありがとうございます、クラウディア様」
「まぁ、褒め言葉として受け取ったのね? やっぱり面白いですわ、メアリさん」
メアリとしては、自分に腹の探り合いなどできるわけがないと思っていたが、クラウディアに言われて初めて向いているかもしれないと気づく。
特にそういったことに慣れているフェリクス相手に勝てる自信はないのだが、この件に関して頭脳は必要がない。
自分の察する能力でもって、勝手に始めたこの勝負にどう勝つかを考えればいいのだ。
「そろそろ頃合いですわ。本格的にフェリクス様を嫉妬させましょう」
「頃合い、ですか? 何か案がおありなのでしょうか」
その時、クラウディアのほうから興味深い話題が振られる。
やや身を乗り出し気味にメアリが問うと、クラウディアはチラッと窓の外に視線を向けた。
陽が沈み始め、いつもならそろそろシュミット邸へと帰る時間だ。
クラウディアは窓から視線をメアリに戻すと、蠱惑的に微笑んだ。
「メアリ。今日はこの後、わたくしの屋敷に泊まっていきなさいな」
クラウディアの言葉を理解するまで、メアリは数秒ほどぽかんと口を開けたままにしてしまった。




