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腹黒次期宰相フェリクス・シュミットはほんわか令嬢の策に嵌まる  作者: 阿井りいあ
二人は婚約者編

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14 フェリクスの駆け引き


 一も二もなくフェリクスが答えると、メアリはふんわりと微笑んで告げた。


「私たち、もう一歩進んだ関係になりませんか?」


 思っても見なかった一言に、フェリクスの時間が停止する。

 ともすれば愛の告白にも聞こえる言葉だったが、これまでのメアリを知っているフェリクスはすぐにそういう意図はないと結論をだした。


(勘違いしてはダメだ。冷静に、言葉の真意を探れ)


 とはいえ、相手はフェリクスが恋をしている相手。

 内心では心臓が飛び出さんばかりに動揺しており言葉の真意など探れそうにない。


 観念したフェリクスは、正直に質問を投げかけることにした。


「一歩進んだ関係、とはどういうことでしょう?」

「えっと。長年お付き合いを続けていると『飽き』がくる時期があるらしく、そこで関係が終わってしまう方々がいるのだそうです。そこを乗り越えるとまた絆が深まるのだとか」

「……なるほど。確かに、愛し合う二人の演技がいつも同じようなものになっている気はしています。そこに新鮮味がないのかもしれませんね」

「でしょう? だから、少し変化が必要だと思いまして」


 やはり予想通り、メアリの言葉に告白のような意味はなかったようだ。

 純粋に作戦として提案をしただけにすぎず、本人は自分の一言がこんなにもフェリクスを動揺させたとは微塵も思っていないだろう。


 自分一人だけ意識して慌ててしまったことに悔しさを覚えたフェリクスは、今後の注意を促すとともに意趣返しとしてきちんと指摘することにした。


「とはいえ、先ほどの言い方だと色々と誤解を招きかねませんよ?」

「……あっ」


 フェリクスの言葉を聞いてしばし考え込んだ後、メアリはポッと頬を染めて小さく声を上げる。

 どうやら、フェリクスの言いたいことを正確に理解したようだ。


 メアリは鋭い少女だが、時に迂闊な言動をしがちだ。

 婚約者たるフェリクスが相手ならまだしも、他の男の耳にでも入って勘違いなどされたら大問題になりかねない。それ以前に、フェリクスが不快だ。


 今後メアリ自身が危険な目に遭わないためにも、それによってフェリクスが嫉妬しないためにも必要な助言であることはたしかだった。


 だがここまで顔を赤くして恥ずかしがる様子を見て、少しだけかわいそうに思えてくるのはフェリクスがメアリに惚れ込んでいるせいだろうか。


 もじもじした様子のメアリは、ちらっと視線だけでフェリクスを見上げると言い訳がましく呟いた。


「今後は気を付けますが、聞いていたのはフェリクス様だけですし……たとえ誤解されても大丈夫ですね?」


 フェリクスは、心臓をぎゅっと鷲掴みにされた感覚を覚えた。


(それは、僕なら誤解だと気づくという意味か? それとも……誤解されてもいいということか? ああ、参ったな。自分に都合の良い解釈をしてしまいそうだ)


 言葉を失ってじわじわ顔を赤くしていると、メアリはいたずらっぽく笑う。


「……ドキッとしました?」

「っ! そう、ですね。不覚にも」

「ふふっ」


 どうやら、十歳も年下の少女にフェリクスはからかわれたようだ。


(心臓に悪い)


 先ほどからフェリクスはやられっぱなしだが、考えてみればメアリの発言を指摘したことでフェリクスのほうが先にメアリを赤面させている。


 こうしたくだらないやり取りに心が浮き立つのを感じている自分が妙におかしく、フェリクスはフッと笑いながら冗談めかして告げた。


「そういうメアリも、気づいた瞬間にドキドキしたのでは? まだ顔が赤いですよ」

「それは、そうです。不覚にも」

「引き分けですね?」

「はい、引き分けです」


 互いに顔を見合わせ、二人はクスクス笑った。


「さて、話を戻しましょう。メアリ、具体的な案は考えついているのでしょうか」

「それが、残念ながら思い浮かばないのです。思うのですが、恋仲同士っていつでもどこでも触れ合っているというわけではないですよね? そういう方々もいるのかもしれませんが」


 以前フェリクスがメアリの策に嵌まった時は、すでに計画を立てていたメアリ。

 だが今回はまだ思い浮かんでいないからこそこうして相談してくれているのだと思うと、フェリクスも嬉しいと感じる。


 やはり、策には嵌められるより練るほうがずっと面白い。


「人前でそう頻繁に触れ合ったりはしないでしょうね。特に貴族は心証が悪くなりますから」

「そこなのですよ。特別何かをしようとすると、逆効果になりかねません。実は私、町へ買い物に行く時に恋仲同士の二人を見つけては観察をしていたのですけれど」

「……そんなことをしていたのですか」

「あっ、目的は買い物ですよ? 護衛の方やカリーナからは離れませんでしたし、そのついでと言いますか……」


 ほんわかとして見えて、メアリはかなり行動力がある。

 ここ最近は頻繁に町へ出ていると聞いてはいたが、ただ王都に慣れるためという理由以外にも調査をしていたとは思ってもみなかった。


 感心しているフェリクスをよそに、メアリは観察した結果を考察しつつ教えてくれる。


「親しげに手を繋いだり腕を組んだりする二人が多かったのですけれど、たぶんそれだけではなくて……醸し出す雰囲気が違う気がしたのです」

「ふむ、雰囲気ですか」

「ええ。互いが互いのことを深く想っているのがなぜか伝わるのです。……それが私たちに必要なのかもしれません」


 二人の間に数秒ほど沈黙が流れる。

 醸し出す雰囲気が必要、という意味をお互いよく理解しているからだ。


 一度軽く息を吐いたメアリが、意を決したように話を続けた。


「でも、それってお互いに本気で想い合っていないと無理ではないですか」

「……その通りですね」

「だから悩ましいのです」


 結局、自分たちは偽物の愛し合う二人なのだ。

 本気で愛し合う者たちには到底敵わないことは考えずともわかる。


 そうはいってもフェリクスはメアリを本気で想っている。

 それだけでなく、いつかはメアリと本当に愛し合う二人になりたいと思っているところだ。


(踏み込んでみるか)


 フェリクスは一度目を伏せてからまっすぐメアリを見つめた。


「では、本気で想い合ってみますか?」

「え」


 口元には僅かに笑みを乗せ、瞳は真剣に。


 別にフェリクスは今メアリに愛を告げようと思っているわけではない。

 驚いた様子のメアリを見て満足したフェリクスは、フッと笑うと説明を続けた。


「日頃から、時々相手のことを思い出すようにしてみるのですよ。自然と相手のことを考えることになるでしょう? メアリはどうかわかりませんが、僕は貴女を思い出すと楽しい気持ちになりますから。いずれそういう雰囲気というものが出てくるかもしれません」


 フェリクスの話を聞いて、ハッと我に返ったメアリは僅かに頬を染めた。

 さすがにメアリがどう思ったのかまでは読めなかったが、少しでも意識してもらえたのならそれでいい。


「なるほど。でも、その。本気で想われたら迷惑になりませんか? フェリクス様はそういうのは……不快に思われる方でしょう?」


 言いにくそうに告げるメアリに、今度はフェリクスが目を丸くする。

 フェリクスのことをよくわかってくれているという嬉しさと、まだこちらに対して遠慮のようなものがあることへの不満。


 天秤が僅かに不満に傾いたフェリクスはさらに踏み込むことにした。


「鋭いですね。たしかに、なんの関係もない相手から想われるのは不快ですが……メアリを迷惑に思うことはありませんよ」


 恋愛対象として意識してもらえるのなら想いを悟られても構わないが、フェリクスは内心でかなり緊張していた。


 メアリから目を逸らすことなく、ただひたすら反応を待つ。


 照れたように軽く俯く様子から、悪い反応ではなさそうだとフェリクスは胸を撫でおろした。


「メアリのほうこそ、嫌ならそうと言ってくれて構いませんよ?」

「まさか! 嫌ではありません。私も……フェリクス様を思い出すと楽しい気持ちになりますから」


 慌てたように顔を上げてそう言ったものの、メアリはいつものようにふわりと笑っている。

 まだ顔は赤いが動揺を見せないメアリの真意を、フェリクスは読み取りきれなかった。


(やはりメアリは手強いな。ポーカーフェイスが僕以上に巧みかもしれない)


 ひとまず、今日の駆け引きはここまで。

 フェリクスはいつもの胡散臭い微笑みを浮かべてみせた。


「……では、そういう方向で」

「はい。そういう方向で意識してみます」


 ただし二人の間に漂う雰囲気は、どことなくぎこちないものであった。


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― 新着の感想 ―
あーーーーー!もーーーーー! そこからもう一歩進めよー、二人共よォ!
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