13 フェリクスと天の声
その日の夜、王宮の一室では王妃による説教が淡々と繰り広げられていた。
お叱りを受けているのはイェルカとウルスラの二人。昨日の今日だというのにまったく反省の色を見せていない王女たちに対して、今日は王妃が直接注意を促している。
それもこれも、娘や妹に甘い陛下や王太子がまったく当てにならなかったせいでもあった。
「王族たるもの、権威の使いどころは慎重にならなくてはなりません。貴女方には自覚が足りていないようです。フェリクス卿に多大なる迷惑をかけたこと、重く受け止めねばなりませんよ」
「はい……」
「申し訳ありませんでした、お母様。しっかりと胸に刻み、反省いたしますわ」
「その言葉、昨晩も陛下の前で告げたそうですね。残念ながら、今回はそれでよしとはまいりません。これよりしばらくの間、お茶会は禁止します」
「そんな!?」
「いくらなんでも酷いです、お母様ぁ!」
途中までしおらしく話を聞いていた王女たちだったが、お茶会の禁止を告げられた途端その表情に絶望を浮かべて声を上げた。
王妃は、説教だけではまた同じことを繰り返す王女たちの性格をよく知っているのだ。
予想通りの反応が返ってきたことに頭を抱えた王妃は一度大きなため息をつくと、再び王女たちに雷を落とした。
「お黙りなさい! 貴女たちの言動は王女として、いえ一人の淑女として恥ずべきことです! 乙女のようにはしゃぐなとは言いませんが、まさかフェリクス卿の前でまで同じ態度をとるなど……母はとても恥ずかしい!」
バッと扇子を広げて顔を隠した王妃に、さしもの王女たちもかなり落ち込んだ様子を見せた。
「……申し訳ありませんでしたわ。謹んで罰をお受けします」
「私もです。ごめんなさい、お母様……」
「はぁ……素直でよいことです。日々をただ無為に過ごすのではなく、王女として相応しい行いとは何かを考えなさい。いいですね?」
こうして、長々と続いた王妃によるお説教は王女たちの睡眠時間を二時間ほど削って終了した。
さすがに本気で反省した二人は、とぼとぼとした足取りでイェルカの部屋へと足を運ぶ。
二人きりになった室内でしばしの沈黙が流れた後、イェルカが深刻な表情で静かに口を開いた。
「仕方ありませんわ。ウルスラ、すぐに手紙を書きますわよ」
「そうですね。私たちが動けない以上、頼みの綱はクラウディアさんしかいませんし」
「ええ、作戦は継続ですわ。でも反省はしましょう。勉強も頑張りますわよ!」
「うぇぇ……わかりましたぁ」
反省はしてもめげることのない二人は、ある意味で王女として相応しい精神力を持っているようだった。
◇
同日ほぼ同時刻。
シュミット邸ではフェリクスとメアリが日課となりつつある夜のティータイムを過ごしていた。
朝も早くから王城に向かってしまうほどいつも忙しいフェリクスが、メアリとの時間を少しでも作るためにと用意した大事なひととき。
そこでは互いに、一日にあった出来事などを報告し合うようにしている。
しかも今日は珍しくフェリクスがメアリに花束を買って帰ってきた。
黄色の小さな花の中に、数本ある淡い水色の花束はまるでメアリの表現したようで、ほんのり頬を染めてお礼を告げた彼女を見てからというもの、フェリクスは上機嫌だ。
とはいえ、話の内容は今日一番頭を悩ませた王女たちのこと。
メアリとともに内容をすり合わせたことで、ようやくフェリクスは彼女たちの意図を知った。
「と、昨日のお茶会で話していたのです。作戦を練ってはいましたが、まさか行動に移されるとは……」
「なるほど、そういうことでしたか」
「フェリクス様がお茶会に誘われていたなんて。驚きました」
「王女殿下方は行動力がおありですから。とはいえ、ああいう場は苦手なので困ったのはたしかですね」
作戦会議のことを知っていれば今日の行動もある程度想定し、事前に阻止できたかもしれないが、今さら言っても仕方のないこと。
何が一番困ったことになったかと言えば、メアリが責任を感じて少々落ち込んでいることだった。
「私がうまく嘘をつけなかったせいでこんなことになってしまったのですよね。それに、昨日の内に教えていれば……ごめんなさい」
「謝ることはありませんよ。嘘をつくのが心苦しい気持ちは僕にもわかりますから」
「……フェリクス様が?」
「なんですか、その反応は。傷つきますよ?」
まるで普段から嘘をついていると思っているかのような言い方に、フェリクスは片眉を上げて恨みがましげにメアリを見る。
しかし肩をすくめて「ごめんなさい」と愛らしくメアリに告げられては、それ以上は何も言えなくなってしまった。
困ったように微笑んだフェリクスを前に、メアリは一度座り直し、改まった様子で再び口を開く。
「実はもう一つ気になっていることがありまして。ペンドラン侯爵令嬢なのですが……」
「っ、何かされたのですか!?」
クラウディアの名が出た瞬間、フェリクスは思わず椅子から腰を浮かせてしまう。
大丈夫だろうと判断してあの場を立ち去ったが、その後に何かあったのかもしれないと思うと気が気ではなかった。
これまで散々クラウディアに困らせられてきたフェリクスは、どうしても過剰に反応してしまうのだ。
しかし、メアリは慌てたように両手で手を振りそれを否定した。
「い、いえ! そういうわけではなく! その。どうも私たちが本当に愛し合っているわけではないのではと疑いを持たれている気がするのです」
「ああ、そうでしたか。安心しました。……いえ、それは由々しき事態ですね」
「はい。ただの勘ですから、違うかもしれないのですが」
「メアリの洞察力は素晴らしいですからね。間違いないと思っていたほうがよいでしょう」
何かされたわけではないと知ってほっと椅子に座り直したフェリクスだったが、状況としてはあまりよろしくない。
クラウディアの社交界での影響力はすさまじい。思い込みが激しく少々暴走気味になってしまうことがあるが、彼女のカリスマ性には目を見張るものがあり、常に流行の最先端にいる。
クラウディアが愛用しているといえば品物が飛ぶように売れ、彼女が流した噂は瞬く間に広がっていく。
そのせいで、一時期はフェリクスとクラウディアの婚約が秒読みという噂が広がったこともある。
噂を否定するのにかなりの労力を割いたことはフェリクスの記憶に新しい。
あの騒動があったせいで、父ウォーレスがフェリクスに婚約させようと焦り始めたようなものだ。
そんな彼女が「フェリクスとメアリの仲が演技である」と言おうものなら、以前の時以上に厄介なことになるのは目に見えていた。
「そこで、ご提案があります」
「聞きましょう」
当時の苦労を思い出して頭を抱えるフェリクスにとって、メアリの一言はまさに天からのお告げのように聞こえた。




